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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年12月号

当事者からの意見

脳性マヒの立場から
制度と絡め、より重度の判定を!!

春田文夫

脳性マヒという全身性の障害をもって生まれて、早くも63年という人生を歩いて来たのであるが、この障害は何年何十年お付き合いしても、何とも好きになれない障害である。まあもっとも、どんな障害だろうが、ご自分の障害が好きという障害者もいないであろうが、「障害は個性なり」と言ってみたところで、私自身は「厭(いや)な個性だなあー」である。

脳性マヒにもさまざまなタイプがあるようだが、私はアテトーゼタイプと言われる、不随意運動がメインの障害であって、私の場合、特に下肢に顕著に現れているのである。

この不随意の状態は日ごと・時間ごとに変わるのである。そして、この変化のコントロールが何年何十年やっていても、ナカナカうまくできないことである。

障害そのものが、目の前で見ている間に変わっていく障害というのは他にはなく、結果として容姿・容貌も一定することはなく、アピアランスの面でも一番不利益を蒙(こうむ)る面がある。

かなりリラックスしている時と、かなり緊張している時、とではまるで別人のように異なり、人生の大事な場面でマイナスに働くことが多く、たとえば入学試験や就職試験の時・たとえばお見合いの席の時・生産現場でプレッシャーがかかった時等などである。

私の身体障害者手帳の等級もまた極めて不安定であって、幼少時は2級、高校・大学辺りは5級、そして、東京都心身障害者福祉センターを退職する50歳間際で上肢3級・下肢3級であるから、総合等級はまた2級、といった按配(あんばい)である。

何しろ、いろいろ議論があるにせよ、私は脳性マヒという障害は、雇用・就労等の社会参加を考えた時に、かなりの重いハンディキャップであるので、言語障害や視覚障害や知的障害や精神障害も含めてもっているものはすべて診断書を集めて、より重度の手帳を所持すべきと考えているのである。そのように助言もしてきたのである。

幸いにも私は60を過ぎた現在も毎日行く職場があり、収入もそれなりに稼いでいるから、年金や手当て等の福祉制度とも無縁で済んでいるが、特に言語障害を併せもつ脳性マヒ者は重い障害と認定して、その分の所得保障制度の確立を急ぐべきと考えている。

私の今現在の「怯え」は、「二次障害」という頚椎から来るさまざまな形で登場する新たな障害の発生である。こちらのほうの研究も急いでほしい大きな課題である。

(はるたふみお 日本チャリティプレート協会常務理事)