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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年1月号

フォーラム2005

脳外傷後遺症実態調査の報告

橋本圭司

はじめに

外傷性脳損傷(以下脳外傷)に伴う後遺症は、身体的障害のみに限らず、前頭葉、側頭葉損傷が主な原因である神経心理学的障害や、心理社会的障害、情緒障害と多岐にわたります1)2)結果として、入院治療のみではすべての問題を解決することができず、引き続き外来で継続的に関わるケースも多いのが現状です3)

一方で、過去に日本において、慢性期脳外傷者についての実態を裏付ける大々的な調査は、筆者らが渉猟しえた範囲ではごく少なく、1999年には、名古屋市総合リハビリテーションセンター(以下名古屋リハ)により、脳外傷者327名を対象として、主に高次脳機能障害者の実態調査4)が行われました。阿部らはその報告書の中で、当時の実態を支援するために、1.高次脳機能障害の正しい認定、2.高次脳機能障害者のための相談援助機関の養成、3.地域生活を総合的に支援するシステム作り、の3つの必要性を考察しました。その後、2001年から3年間、国(厚生労働省)の施策として高次脳機能障害支援モデル事業5)6)7)が行われ、高次脳機能障害診断基準の作成に至りました。

本研究では、日本脳外傷友の会(2000年4月1日に結成)の会員を対象としたアンケート調査を行い、高次脳機能障害支援モデル事業前後の脳外傷当事者・家族のおかれている社会状況の変化、および現時点のニーズを把握し、今後のわが国における脳外傷リハおよび社会支援のあり方について考察しました。

対象

調査の対象は、郵送アンケートを行った日本脳外傷友の会会員1707名中、提出期限内に回答のあった後天性脳損傷者の家族779名(回収率45.6%)。そのうち脳外傷者の家族は635名。脳外傷当事者(以下当事者)の平均年齢は35.3±13.5歳、男性501名(78.9%)、女性134名(21.1%)。アンケートに回答したご家族は、平均55.6±10.0歳、両親が71.0%(父13.7%、母57.3%)、配偶者が19.8%(夫3.6%、妻16.2%)、子どもが3.3%、兄弟・姉妹が2.4%、その他が3.9%、回答なしが0.5%でした。当事者の性別・年齢分布を図1に、受傷原因(86.0%が交通事故)、受傷から現在(2004年8月31日)までの期間(平均8.5±7.5年)を図2に示しました。

調査方法

本研究は、日本脳外傷友の会と東京医科歯科大学の共同研究として行われ、計41問からなるアンケート用紙を、日本脳外傷友の会正会員団体、準会員団体の各事務局にそれぞれ送付しました。より客観的な評価を目的として、アンケートの回答者は、原則当事者のご家族としました。また、個人データの流出を防ぐために、アンケート用紙は各事務局から各会員に発送し、無記名回答としました。

対象について、意識不明の期間、救急病院入院期間、アンケート回答時(2004年8月31日)現在の身体障害の種類、現在脳外傷に関して定期的に受診している診療科、受傷後施行された通院リハ治療の内容、現在の社会参加状況について調査し、日常生活能力障害はFunctional Independence Measure/Functional Assessment Measure(FIM/FAM)を用いて8)評価しました。社会福祉サービスについては、障害者手帳の取得状況、受傷後利用された福祉施設の種類、障害年金・損害保険の受給状況と種類などについて調査しました。

結果と考察

(1)介護者なき後の受け皿の問題

脳外傷当事者の平均年齢が35.3±13.5歳と若い一方で、回答者(介護者)の平均年齢は55.6±10.0歳と高い傾向にありました。当事者の男女比は、4対1の割合で男性が多く、回答者(介護者)は、母親が57.3%と圧倒的に多い結果となりました。今後、介護者のさらなる高齢化が予想され、介護者なき後の社会的受け皿の欠乏が予想されます。グループホームや自立の家など、当時者の自立生活が可能となるようなシステムの構築が望まれます。

(2)重度脳外傷者に対する医療間連携の必要性

急性期に明らかな意識不明の期間があった当事者は全体の9割以上、救急病院の入院期間3か月以上が約5割を占めた一方で、意識不明なしは5.4%、意識障害3か月以上は9.1%でした。また、依然、失調、片マヒ、言語障害、てんかんなどのさまざまな症状を抱えた当事者がいます。現在受診中の診療科としては、リハ科、脳外科が多く、1999年の名古屋リハによる同様の家族会に対する調査4)では、精神科の受診状況は16.2%でしたが、今回は28.2%と増加していました。リハ科、脳外科が多かったことは、後遺症の種類が身体障害、言語障害や他の高次脳機能障害、てんかん、などが多いことからも理解できます。また精神科の受診率が増加していたことは、高次脳機能障害を精神障害として障害者手帳や障害年金を認定する傾向や、感情のコントロールなどについて精神科の投薬治療が一定の成果を上げている可能性を示唆しています。しかし依然として、精神科の関わりがリハ科、脳外科に比べて少なく、今後、同科との連携が期待されます6)。重度脳外傷者の効果的医療には、診療科の枠を超えた包括的治療体制を要すると考えられます。

(3)通所リハ資源の欠乏

身体障害者手帳所持者は60.8%、精神保健福祉手帳28.3%であり、精神保健福祉手帳所持率は、5年前の5.2%から大幅に増加しました。また、持っていないが18.9%に減少しました。障害年金の種類は、肢体不自由58.4%、精神障害48.0%、音声・言語・嚥下機能障害は15.7%でした(図3)。障害年金のうち48.0%が精神障害で申請が行われていることは、高次脳機能障害支援モデル事業による各種啓発活動の成果と言えるでしょう。通院治療では、OT(62.5%)、PT(56.7%)、ST(52.6%)が多い一方で、心理(36.5%)、認知リハ(18.9%)は少ない傾向にありました。現在診療報酬の対象となっていない、心理士、医療ソーシャルワーカー、ジョブコーチなどが専門性を発揮できるような、さまざまな障害像に対応できる診療報酬の改定、および高次脳機能障害の支援に対応した、日頃利用可能な通所リハ資源の増加が望まれます。福祉施設利用では、利用したことがない(49.4%)、身体障害者施設(33.1%)、精神障害者施設(6.8%)、知的障害者施設(4.6%)でした。

(4)就労支援

現在の社会参加状況は、病院治療・訓練中23.0%、何もしていない19.5%、福祉的就労14.6%、一般就労(新規)9.8%、一般就労(復職)4.9%であり、一般就労率14.7%(受傷後平均8.5年経過時)でした(図4)。1999年の名古屋リハの調査4)では、一般就労率14.6%(受傷後6.11年経過時)、2004年の神奈川リハ病院の調査9)では一般就労率は11.1%(受傷後2年~5年経過時)であったことと比較しても、脳外傷者の社会復帰率は依然低い結果でした。このことからも、脳外傷者の就労支援体制は依然未整備で、医療・福祉・労働・教育・地域社会などを巻き込んだ包括的、継続的支援を要することが伺えました。

(5)脳外傷者の障害像

FIM/FAMを用いた現状の日常生活能力障害の評価では、社会的交流、問題解決、記憶、市街地移動、情緒、障害の自覚、就労能力、見当識、注意、安全判断といった項目で低い得点が目立ちました。運動能力の項目に比べ、コミュニケーション能力や社会認知能力を要求される項目で依然問題を抱えている割合が高い結果となりました。

図1:脳外傷当事者

図2:脳外傷当事者の背景

図3:障害者手帳・障害年金

図4:社会参加状況

まとめ

脳外傷当事者および家族のニーズとして、1.日ごろ利用可能なリハ資源、2.就労支援、3.介護者なき後の支援、などが浮き彫りとなりました。これらのニーズを実践・統合する意味でも、今後日本で、救急・脳外・精神・リハ医療、さらには福祉・労働・教育分野をも巻き込んだ、広く学際的なネットワークの構築が急務と考えています。

(はしもとけいじ 東京医科歯科大学難治疾患研究所被害行動学研究部門)

【文献】

1)大橋正洋:脳外傷リハビリテーションの課題.リハ医学37:121―128、2000

2)益澤秀明:「脳外傷による高次脳機能障害」の特徴.脳の科学24:655―663、2002

3)橋本圭司、渡邉 修、大橋正洋・他:脳外傷者に対する通院プログラムの試み.リハ医学40:699―706、2003

4)頭部外傷後の高次脳機能障害者の実態調査報告書.名古屋市総合リハビリテーションセンター脳外傷リハビリテーション研究会、名古屋、1999

5)中村健二:高次脳機能障害支援モデル事業の目的と創設の経緯.リハ研究116:27―32、2003

6)重籐和弘:高次脳機能障害支援モデル事業について.リハ医学8:908―911、2001

7)藤井紀男:高次脳機能障害支援モデル事業の現状と課題.リハ研究116:7―10、2003

8)Hall KM, Hamilton BB, Gordon WA, et al: Characteristics and comparisons of functional independence Measure, and functional assessment measure. J Head Trauma Rehabil.8:60-74,1993

9)橋本圭司、岡本隆嗣、大橋正洋:リハビリテーション専門病院における脳外傷リハビリテーション―就労・就学予後予測因子の検討―.神経外傷2004;27:(印刷中)