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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年4月号

高次脳機能障害支援モデル事業の解説

中島八十一

はじめに

けがや病気により脳に損傷を受けた方では、一見平常に戻ったように見えても、退院後になって初めて家族から「単なる怠け者になってしまった」とか「人が変わってしまった」と気付かれる方がいます。そのような方では、身体の障害がないか軽いにもかかわらず、社会生活や日常生活の場に戻って初めて事態が深刻であることに気付き、きちんと診察を受けたらその原因が高次脳機能障害にあったということが常です。ここに高次脳機能障害をもつ人たちが抱える問題が凝縮されています。つまり、これらの脳の障害に見られる症状は外見からは分かりにくく、また病院にいる間には気付かれないことから、後遺症に気付いた時にはどこで訓練や支援サービスが受けられるのかよく分からず、相談もできず、結果として医療や福祉の谷間に落ちてしまうということが起こっていました。このように障害者が本来受けることができる医療から福祉までの連続したケアが、高次脳機能障害では適切に提供されていないということで、近年わが国で、社会的な問題となったわけです。

そこで厚生労働省の事業として、この問題に積極的に取り組む地方自治体と国立身体障害者リハビリテーションセンター(以下国リハ)が一緒になって、高次脳機能障害者への連続したケアを実現するために、高次脳機能障害支援モデル事業(以下モデル事業)を平成13年度から5か年の予定で始めました。実施主体となる地方自治体は、北海道・札幌市、宮城県、埼玉県、千葉県、神奈川県、三重県、岐阜県、大阪府、福岡県・福岡市・北九州市、名古屋市(以上平成13年度から)、広島県、岡山県(以上平成14年度から)であり、これに国リハが加わっています。

各地域にある拠点施設と国リハは、高次脳機能障害者の機能回復訓練のほかに、関係する医療機関、障害者施設や家庭等と一緒になって、社会復帰支援や生活・介護支援を実際に行ってみることになりました。最初の3年間(前期)では、この経験と障害者の方々の承諾を得たうえで集められたデータから高次脳機能障害の行政的な「診断基準」、「標準的訓練プログラム(案)」、「社会復帰支援及び生活・介護支援プログラム(案)」が作成されました。16年度と17年度の2年間(後期)では、作成した診断基準や訓練・支援プログラムが適切なものであるかどうか、実際の現場で用いてみて検証されます。また、支援のためのネットワーク作りを通じて、全国に普及可能な支援体制作りが進められていきます。

1 前期3年間の事業(平成13年度から平成15年度)について

(1)行政的高次脳機能障害診断基準

高次脳機能障害と一口に言っても、どのような方たちを指すのかきちんと示すことができなければ適切なサービスの提供に困難が伴うだけでなく、全国で共通したサービスの提供も困難になります。高次脳機能障害という言葉は本来が難しい学問上のことばであり、人によっては認知症(痴呆)との区別など細かいところで意見の違いもあります。このモデル事業では、最初に、行政的に医療や福祉サービスの提供を行うに時に、その対象者をはっきりさせるための診断基準を作ることになりました。

そのために各地域から、原則18歳から65歳までの年齢で、社会復帰を考えることのできる高次脳機能障害をもつ方たち424人(男性328名:78%、女性96名:22%)に承諾を得たうえで登録していただき、詳細なデータの蓄積と分析がなされました。高次脳機能障害のうちどのような症状を持つか、比率の高い順に三つ挙げると、記憶障害(90%)、注意障害(82%)、遂行機能障害(75%)であり、これらが特に高率でした。したがって高次脳機能障害をもつ方とは、病気やけがなどによって生じた器質的脳病変(はっきりした脳のキズ)がもたらした後遺症として、記憶障害、注意障害、遂行機能障害などの認知障害をもつようになった方たちとすることができます。また、対人技能拙劣や感情コントロール低下といった認知障害に属する社会的な行動障害をもつ方もたくさんいることが分かりました。さらに記憶障害、注意障害、遂行機能障害の三症状については、一人の方が三つとも併せ持つ率は70%に上り、二つ併せ持つ率は12%であり、この事実から認知障害に属する複数の症状を持つことは一般的であると言えます。また病識欠如と言われる、自分がそのような障害をもっていることを正しく認識することができない方も60%にみられました。それぞれの症状の簡単な説明は表1にまとめました。一方、病識欠落は主要症状ではありませんが、リハビリテーションを困難にするだけでなく、社会生活においてサインや印鑑が必要な書類を作るような局面では特に注意が必要であることから大事な症状です。

表1 高次脳機能障害の具体的な症状

●記憶障害: 物の置き場所を忘れたり、新しいできごとを覚えていられなくなること。そのために何度も同じことを繰り返し質問したりする。
●注意障害: ぼんやりしていて、何かをするとミスばかりする。二つのことを同時にしようとすると混乱する。
●遂行機能障害: 自分で計画を立ててものごとを実行することができない。人に指示してもらわないと何もできない。いきあたりばったりの行動をする。
●病識欠落: 自分が障害をもっていることに対する認識がうまくできない。障害がないかのようにふるまったり、言ったりする。
●社会的行動障害: すぐ他人を頼る、子どもっぽくなる(依存、退行)、無制限に食べたり、お金を使ったりする(欲求コントロール低下)、すぐ怒ったり笑ったりする、感情を爆発させる(感情コントロール低下)、相手の立場や気持ちを思いやることができず、良い人間関係が作れない(対人技能拙劣)、一つのことにこだわって他のことができない(固執性)、意欲の低下、抑うつ、など。

これらのデータをもとにして表2にあるような行政的「高次脳機能障害診断基準」が作成されました。いくつかの重要な点や分かりにくい点について述べておきます。まず行政的に高次脳機能障害者とは高次脳機能障害のために日常生活や社会生活が困難になっている方のことです。そして高次脳機能障害とは記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害のことです(項目1)。検査としてはMRIやCTなどの画像診断や脳波で器質的脳病変が確認される必要があります(項目2)。また、今は画像診断上で脳のキズが見えなくなっていても過去の検査ではそれがあったと診断書で証明されればそれでも良いとなっています。3の除外項目の1は主に失語症のことです。失語症は以前から身体障害者手帳の対象となっていて、また言語聴覚士のような国家資格をもった専門職が訓練に当たることもできることから、この診断基準では除外項目となっています。しかし、失語症の症状があっても前記の認知障害があり、後者が生活を困難にしている主な症状である場合には当然高次脳機能障害者となります。また、発達障害やアルツハイマー病に代表される進行性疾患も別の支援体制が組まれるべきであるという観点から除外項目に入れられています。この行政的高次脳機能障害の診断基準は、医療や福祉の分野で用いるために作られたので、労働災害や交通事故の自賠責保険に関しては別の診断基準が用いられます。

表2 高次脳機能障害診断基準(行政的)

「高次脳機能障害」という用語は、学術用語としては、脳損傷に起因する認知障害全般を指し、この中にはいわゆる巣症状としての失語・失行・失認のほか記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などが含まれる。

一方、平成13年度に開始された高次脳機能障害支援モデル事業において集積された脳損傷者のデータを慎重に分析した結果、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害を主たる要因として、日常生活及び社会生活への適応に困難を有する一群が存在し、これらについては診断、リハビリテーション、生活支援等の手法が確立しておらず早急な検討が必要なことが明らかとなった。そこでこれらの者への支援対策を推進する観点から、行政的に、この一群が示す認知障害を「高次脳機能障害」と呼び、この障害を有する者を「高次脳機能障害者」と呼ぶことが適当である。

その診断基準を以下に提案する。

診断基準

1.主要症状等

  1. 脳の器質的病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されている。
  2. 現在、日常生活または社会生活に制約があり、その主たる原因が記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害である。

2.検査所見

MRI、CT、脳波などにより認知障害の原因と考えられる脳の器質的病変の存在が確認されているか、あるいは診断書により脳の器質的病変が存在したと確認できる。

3.除外項目

  1. 脳の器質的病変に基づく認知障害のうち、身体障害として認定可能である症状を有するが上記主要症状(I-2)を欠く者は除外する。
  2. 診断にあたり、受傷または発症以前から有する症状と検査所見は除外する。
  3. 先天性疾患、周産期における脳損傷、発達障害、進行性疾患を原因とする者は除外する。

4.診断

  1. 1~3をすべて満たした場合に高次脳機能障害と診断する。
  2. 高次脳機能障害の診断は脳の器質的病変の原因となった外傷や疾病の急性期症状を脱した後において行う。
  3. 神経心理学的検査の所見を参考にすることができる。

なお、診断基準の1と3を満たす一方で、2の検査所見で脳の器質的病変の存在を明らかにできない症例については、慎重な評価により高次脳機能障害者として診断されることがあり得る。

また、この診断基準については、今後の医学・医療の発展を踏まえ、適時、見直しを行うことが適当である。

高次脳機能障害をもたらした原因疾患として、外傷性脳損傷(76%)、脳血管障害(17%)、低酸素脳症(3%)が挙げられ、この3疾患で96%を占めていました。ただし、年齢が高くなるほど脳血管障害の占める比率が高くなっていく傾向は明らかです。また、原因疾患により同時に発生した後遺症として運動マヒなどの身体機能障害を併せもつ群が半数以上(57%)で、身体機能障害をもたない高次脳機能障害のみである群は半数以下(43%)でした。つまり、半数以上の方が入院中や退院後に高次脳機能障害ばかりでなく、半身マヒなどについてもリハビリテーションを受ける必要があることが分かりました。また、いわゆる精神症状が強くて精神病院などで治療を必要とする方が約3%、重度の認知症に近い方(知能指数50以下)が約9%いました。

ここで特に知能指数について触れますと、おおまかには知能指数が低いほど障害程度が重くなる傾向があります。しかし、知能指数が120以上でありながら全く就学や就労が不可能といった例に代表されるように、知能指数が高くても就労も就学が難しい方がたくさんいることから、高次脳機能障害をもつ方では、知能指数だけでは社会生活への適応を評価することができないことは知っておく必要があります。

(2)訓練の効果と標準的訓練プログラム

病院における高次脳機能障害のための医学的リハビリテーションの効果はどなたにとっても関心のあることです。高次脳機能障害の方には認知リハビリテーションと呼ばれる認知障害の回復や、残存機能の活用、記憶障害を補償する電子手帳などの装置の活用、心理的介入による作業能力の向上などをめざす訓練方法が症状に応じて実施されています。また運動マヒなどの身体機能障害を伴う方では、この面でのリハビリテーションも同時に実施されます。

このモデル事業では、障害尺度という8段階の評価スケールを用いて訓練の効果を評価しました。この8段階の尺度は一つひとつのステップが高いので、この尺度を一つでも良い方向に移動できれば目に見えて効果があったということにつながります。その結果、発症から6か月以内に訓練を受けられた方では44%が改善を示し、6か月から1年以内では36%、1年以上では14%となり、平均33%となりました。このデータからはけがや病気をしてから何年もたってから訓練を開始しても効果が少ないことがはっきりしています。その一方で、病院できちんと訓練を受けた方では、後で述べるように社会生活に戻った後の就労・就学の比率が圧倒的に高いだけでなく、対人技能拙劣や感情コントロールの比率が低いことも明らかにされました。

では、どのような訓練が効果的であるかと言いますと、医師、看護師、作業療法士、理学療法士、言語聴覚士、臨床心理士などの多くの職種の専門スタッフが訓練に携わることが大切であることが明らかにされました。これらの経験を踏まえて「標準的高次脳機能障害訓練プログラム(案)」が作成されました。このようなプログラムを用いて訓練をするに先立って、高次脳機能障害者として正しい診断がつけられていることが大切であるのは言うまでもありません。

(3)支援の現状と標準的支援プログラム

まずこれまで高次脳機能障害をもつ方はどのような病院を利用していたかを見てみます。登録者が利用していた病院はリハビリテーション病院(65%)が多く、一般病院(33%)がこれに続いていました。これは原因となったけがや病気の治療の延長上のこととも言えます。病院を退院した後の更生援護施設などの利用では、身体障害者更生施設、身体障害者授産施設の身障関連施設が過半数(59%)を占め、地域利用施設(13%)、小規模作業所(11%)と続きました。身障関連施設が多かったことについては、これまで高次脳機能障害者のリハビリテーションに熱心に取り組んできた施設に身障関連施設が多かったことと、先に述べたように実際に身体障害をもつ方が過半数いたことによると考えられます。わが国で高次脳機能障害者が急性期治療を目的とする病院を経て、どのような施設利用の経路を歩むのかを表わす注目すべき現状です。

障害者手帳の所持状況については、登録対象者424名のうち身体障害者手帳を持つ方が177名(42%)、精神障害者保健福祉手帳を持つ方39名(9%)でした(重複所持の例あり)。いずれの手帳も持たない方224名(53%)であり、手帳を持つ方と持たない方はおよそ半数ずつでした。高次脳機能障害だけで身体障害がないので精神障害者保健福祉手帳を申請したいのだが、実際にかかっているのがリハビリテーション科の医師であり、住んでいる地方自治体では診断書の発行が精神科医に限定されていることから手帳を持たずにきてしまった、という方が一定程度いたことは無視することのできない事実です。

このような高次脳機能障害者が日常生活や社会生活を送るうえで必要な支援について詳細に調査した結果、25%以上の方が必要とする支援ニーズをまとめて「高次脳機能障害支援ニーズ判定票」が作られました。これをもとにして、支援のために何をしたらよいのかを知ったうえで実際に支援を実行してみた経験と調査から、支援体制、社会復帰・生活介護の進め方、支援計画の策定方法などをまとめた標準的支援プログラム(案)が作られました。その中では支援内容は8項目に分類されています。

すなわち、就業支援、就学支援、授産支援、小規模作業所等支援、就業・就労支援、在宅支援、施設生活訓練支援、施設生活援助です。高次脳機能障害を持つ方たちの最終的な社会生活のあり方は、障害の程度によりさまざまですが、おおむねこの八つのどれかの支援により社会生活に適応ができるようになると考えられました。実際に支援をしてみた結果のひとつとして、前期3年間の終了時には就業や就学支援に入った方、すなわち職場や学校に戻った方が全体の28%になりました。これを病院で高次脳機能障害者としてリハビリテーションを受けた方たちとそうでない方たちとに分けて考えると、きちんとリハビリテーションを受けた方で51%の方が職場や学校に戻ったのに対して、リハビリテーションを受けなかった方たちでは17%でした。もちろん就業・就学など考えもつかないといった重症の方も視野に入っていて、そのための支援の方策も示されています。

2 後期2年間の事業(平成16年度と17年度)について

医学的事項にかなりの重点を置いた前期3年間と異なり、後期2年間では主に高次脳機能障害者の社会生活での支援に軸足を移し、支援サービスを適切で円滑に提供するための事業展開をすることになりました(■図1■)。そのためには、各自治体の中で十分な支援ネットワークが作られる必要があります。その手始めとして、モデル事業に参加している12の地域の自治体に「支援センター」を一つずつ置き、そこに「支援コーディネーター」を配置することになりました。支援センターとは、相談窓口を持ち、地域の行政機関や福祉機関と連携しながら支援の計画を立て実行する機関であり、支援コーディネーターはそれを業務とする人のことです。この支援センターを中心にして域内にネットワークを張り巡らす方法は、広い北海道と狭い大阪ではおのずと違ってきます。このような地域の特性を踏まえたうえで、最後に全国に普及可能な支援体制の確立を図るのが目的です。

さらに前期3年間で作成された診断基準、標準的訓練プログラム(案)、標準的支援プログラム(案)はもう一度現場に戻して検証される必要のあるものです。実際に使ってみて、手直しする必要があるかどうかも検討されます。これらの実践の中から、相談窓口をどのように設置したらよいのか、どのような職種の方がコーディネーターになるべきか、次第に見解が出されていくことと思われます。しかしながらこれだけで高次脳機能障害者への連続したケアが実現されるわけではありません。実際に現場にあって支援を担う人たちが必要であり、その人材育成が急務となります。研修などを通じて高次脳機能障害への理解と、具体的なサービス提供の方法などについて広く知ってもらう必要があります。熱意によって提供される支援サービスではなく、当たり前に提供される支援サービスの確立のための2年間となります。

(なかじまやそいち 国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所感覚機能系障害研究部長)

【引用・参考文献一覧:報告書等】

1)高次脳機能障害支援モデル事業報告書―平成13年~平成15年度のまとめ―、国立身体障害者リハビリテーションセンター 2004

2)高次脳機能障害支援モデル事業 事例集1 高次脳機能障害支援モデル事業地方拠点病院等連絡協議会 2003

3)高次脳機能障害支援モデル事業 事例集2 国立身体障害者リハビリテーションセンター 2004

4)高次脳機能障害支援モデル事業 社会復帰・生活・介護支援プログラム作業班調査結果 国立身体障害者リハビリテーションセンター 2004
また、次のホームページアドレスから高次脳機能障害支援モデル事業についての情報を見ることができます(http://www.rehab.go.jp/ri/brain/index.shtml)。