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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年6月号

広がる地域生活移行支援

石渡和実

はじめに:地域生活移行の着実な進展

2002(平成14)年11月23日、勤労感謝の日の休日、朝刊を手にした時の興奮を、今も鮮やかに記憶している。一面トップに、宮城県船形コロニーの「施設解体宣言」が紹介されていた。さらに、2004年2月19日には、浅野史郎宮城県知事による「みやぎ知的障害者施設解体宣言」が出された。宮城県内のすべての入所施設を解体し、知的障害者が地域で生活するための条件整備を、県として進めていくという方針を高らかに宣言したのである。

また長野県の西駒郷も、2002年度から、入所者本人と家族それぞれの意向を尊重しつつ、「脱施設」への積極的な取り組みを開始した。グループホームの設置などを中心に、地域生活の基盤整備を進めている。なかでも、医療的ケアを必要とする人も含めた、「重症心身障害者」等へのグループホームの設置が注目され、成果を上げている。

1971年に設置された群馬県高崎市にある国立コロニーのぞみの園でも、2003年3月に、全国からの入所者500人について、段階的に地域移行を進めるとの方針を明らかにした。2004年度の独立行政法人化とともに、地域生活支援室が設置された。出身地の関連機関や家族とも協力しながら、本人の希望する地域生活実現に向けた支援を着実に進めている。

本特集「地域生活移行支援」では、この三つの施設をはじめ、全国の地域生活の実現へ向けた取り組みを、知的障害・精神障害の分野を中心に紹介している。こうした実践については、先の施設解体宣言から注目を浴びたが、実はその歩みは宮城県でもすでに、1994(平成6)年度から始まっている。全国的には、2003年度の新障害者基本計画・新障害者プランの実施、支援費制度のスタートなどを機に、大きな潮流となっていったといえよう。しかしそれ以前から、障害がある人々と真摯に向き合い、思いを受け止めてきた現場では、その声の実現に向けて着実な蓄積が重ねられてきたのである。それだけに各地からの報告は、当事者の「地域で暮らしたい」という切実な願い、それに応えようとする支援者の熱い想いが伝わってくるものばかりである。じっくり読み込んで、それぞれの地域での実践に生かしていただきたいと考える。

地域生活支援と障害者自立支援法

これらの実践が、本人の意思を最優先して行われているというのは当然のことである。しかし、ここで着目すべきは、たとえ本人と反する意向であっても、その家族の立場も尊重しつつ、地道な、確実な取り組みが進められているという点である。多くの入所者は出身地に戻り、家族とともに、あるいは家族の近くで暮らすことが多くなっている。また、早くから地域生活支援を展開してきた滋賀県では、「家から地域へ」という取り組みも進められている。新たな地域での生活が家族にも歓迎され、家族自身も安らぎと充実感とを味わえるような支援が展開されていることが注目される。

こうした支援体制が確立されるためには、家族の協力はもちろんのこと、地域の関連機関の連携、地域住民の支援が重要となってくる。先に挙げたような大規模な施設ばかりでなく、各地の小・中規模の入所施設も地域のニーズに合わせて確実な変革を進めている。グループホームの設置、日中活動の場としての通所施設の整備、就労支援体制の確立、ガイドヘルパーを含むホームヘルプサービスの充実など、きめ細かい居宅サービスの拡大も進められている。

周知のとおり、平成15年度から始まった支援費制度により、ガイドヘルパーをはじめとする居宅サービスの爆発的な利用が促された。結果として予想外の財源不足となり、早くから「支援費制度の破綻」という声が上がった。そこで、2004年10月12日、「今後の障害保健福祉施策について(改革のグランドデザイン案)」が登場した。当初は介護保険との統合がめざされていたが、12月には、若い層の賛同を得ることが困難との判断から見送られることになった。

2005年2月10日、国会に提出された「障害者自立支援法案」では、サービスの利用料に応じて1割の「定率(応益)負担」を障害者に課すという方向性が示された。低所得者への配慮がうたわれてはいるが、この定率負担は障害者本人の収入だけでなく、同居する家族など、「生計を一にする者」全体の経済力を勘案するとされている。さらに、支援費制度では「配偶者と子」に限定された扶養義務者の範囲が、また「親・きょうだい」も含まれることになった。障害がある人を、自立した一人の存在とする流れがようやく位置付けられたにもかかわらず、逆行する方針であるとの批判が集中している。

ここで、改めてドイツの介護保険に注目したい。ドイツではサービス利用は65歳以上の高齢者に限られず、身体障害者も知的障害者も精神障害者も利用でき、かつ、サービスを使ったからといって、「利用料負担」などはないことが指摘されている。国民は保険料を払うのみで、必要とするすべての人にサービスが保障されるのである。

このような障害者自立支援法が施行されたならば、これまで使っていたサービス利用を諦めざるをえない。これでは何のために、障害がある人と家族とが使いやすい、地域生活を支援するサービスの整備を進めてきたのであろうか。こうした根本的な疑問があちこちで指摘されている。この法律の目的にある、「障害の有無にかかわらず国民が相互に人格と個性を尊重し、安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与する」という理念はすばらしい。まさに、これまでの障害者福祉が推進してきた方向である。

この理念にある「まちづくり」こそ、地域生活移行支援のめざすところである。この実現のためにも、グループホームやガイドヘルプを含むホームヘルプサービスを、ますます充実させなくてはならない。これまで進めてきた地域生活移行支援の流れを、さらに推し進める実効性のある、「障害者自立支援法」の制定が求められる。

地域生活を安定させるための支援システムの確立

地域生活を送るための具体的なサービスの整備とともに、障害者本人にとっても家族にとっても、長期的な「安心」が保障できる支援システムの確立が求められている。こうした視点から、2000(平成12)年4月に、介護保険と同時に制定された成年後見制度への関心も高まっている。

介護保険の利用者は、平成15年度で400万人ほどにもなっている。一方で、「車の両輪」と位置付けられた成年後見制度は、1万7086人の利用しかない。これは申し立て手続きの繁雑さなどとともに、まだまだ「財産管理」のための制度としか認識されていないからだ、といった問題点が指摘されている。しかし、新しい成年後見制度が強調しているのは、知的障害者や精神障害者も含め、判断能力に支障がある人々が安心して地域での暮らしを送るための支援、すなわち「身上監護」を充実させることである。こうした視点から、「成年後見の社会化」が注目され、後見人を中心とした地域の支援ネットワークを構築することの重要性が指摘されている。

特に、知的障害者や精神障害者の場合は、認知(痴ほう)症高齢者に比べて、支援する期間が長いことが予想される。いわゆる「親亡き後」の問題などとも関連して、後見制度利用への関心が高まっている。それも親などによる親族後見ではなく、身上監護を中心に、社会福祉士などの福祉関係者による「第三者後見」の活用が期待されている。そのために、まずは親などと一緒に「複数後見」という形で第三者が関わり、次第に日常生活の支援を親からバトンタッチしていくという方法などが検討されている。また、入所施設を出た後の地域生活を視野に入れ、入所者全員に後見人を付ける、などの方針を具体化する施設も出てきている。

成年後見制度の利用にあたっては、今のままではまだまだ課題が多いとして、弁護士会や司法書士会などから、法改正に向けて積極的な提言もなされている。このなかで、親族後見ではなく、専門職や市民による第三者後見人を広げることの重要性が指摘されている。また、知的障害者の支援などでしばしば言われる、後見類型となったときに選挙権を失ってしまうという問題点にも触れている。さらに、鑑定費用や後見人等に支払う報酬が高すぎること、手術などの判断に関する医療同意ができないこと、死亡後の葬儀やお墓などに関しては動けないことなどの問題点を指摘している。そして、障害がある人の暮らしの視点に立ったさまざまな提言がなされている。各地の親の会や家族会などの関心も高く、成年後見制度や地域福祉権利擁護制度の活用などは、地域生活への移行を考える場合、ますます注目されてこよう。

施設からの地域移行が確実に進んでいる宮城県では、さらにさまざまな活動が進展している。今年、5月30日の日曜日には、宮城県内の知的障害者の家族600人ほどが集まり、本人の財産管理を組織として行い、その監視をも行うNPO法人を立ち上げた。障害児の親でもある弁護士などが中心となり、まずは財産管理を客観的な立場から確実に行う組織を築き、身上監護までを行うような法人後見機関へと発展させることも考えているという。また県内では、地域で暮らす高齢者や障害者の権利擁護を行うオンブズマン的なNPO法人、「宮城福祉オンブズネット・エール」などの活動も注目されている。消費者被害や財産侵害などへの対応ばかりでなく、家庭内での虐待への関わりなど、きめ細やかな、個別の支援が注目されている。この活動の基盤には、「異業種連携」と呼ぶ福祉・法律・医療などの専門職、そして市民との強力な連携が築かれていることがあると指摘する。当事者を中心とする、さまざまな専門職と市民との連携・ネットワークが、障害がある人が安心して暮らせる地域を築くためには欠くことができない。

おわりに:障害者の地域生活と地域変革

障害がある人への「地域生活移行支援」は、確実に広がっている。入所施設の暮らしから、地域に移行した障害がある人の生活が大きく変わり、本人が力を付け、自分ならではの充実した暮らしを築き上げている。それに関わる家族や周囲の人々の意識も大きく変わり、さらに地域そのものが変化していることが各地の実践からも報告されている。障害がある人が地域で暮らすことは、本人の「生きる力」を高めるだけでなく、支援に関わる専門家や地域の人々の力をも高めていく。まさに「地域の福祉力」が高まり、だれにとっても暮らしやすい社会、ユニバーサルな「まちづくり」が進められていくのである。

これからの時代、障害種別はもちろんのこと、高齢者や児童といった年齢別、あるいは外国籍などの違いも超えて、ニーズをもつ個人に向き合うという「個別支援」の視点がますます重要となる。こうした時に、「本人の想いに寄り添う」「当事者との協働作業」という、「利用者主体」で積み上げてきた障害者福祉の実践が大きな意味をもってこよう。そして、それは全国一律ではなく、地域特性に応じた、特色のある支援ネットワークを構築していくことであり、まさに「地域福祉の推進」である。障害がある人・家族とともに、エンパワメントの視点に立って地域生活支援を進めていくことは、まさにこのような地域を築き上げていくことである。これこそが障害者自立支援法のめざすところであり、このようなユニバーサル社会の実現に寄与する法改正を実現することが、今、求められているのである。

(いしわたかずみ 東洋英和女学院大学人間科学部教授、本誌編集委員)