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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年8月号

無年金障害者の発生とその救済

堀勝洋

無年金障害者救済法が制定され、すでに本年4月から施行されています。そこで、本稿では、まず、同法の対象となる無年金障害者がなぜ発生したのか、その理由について、年金制度の基本的な考えに基づいて論じます。次いで、無年金障害者救済法について、私の考えを述べることにします。

1 無年金障害者発生の理由

理由は任意加入しなかったこと わが国の障害者所得保障制度は、次の二つの方式に大別することができます。一つは、障害基礎年金や障害厚生年金などのように、「社会保険方式」で行われるものです。もう一つは、特別児童扶養手当、特別障害者手当などのように、「社会扶助方式」で行われるものです。

社会保険方式とは、「保険」というリスク分散の技術を用い、事前に保険料を納めた人に、障害というリスクが発生した場合に、給付を行う仕組みです。これに対して、社会扶助方式とは、保険の技術を用いず、障害者であるというだけで、給付を行う仕組みです。社会保険方式では、保険料が中心的な財源となりますが、税も財源となることがあります。社会扶助方式では財源の全額が税ですので、社会扶助方式は「税方式」といわれることがあります。わが国においては、障害者の所得保障制度の中核は、社会保険方式の国民年金・厚生年金・共済年金です。

社会保険方式の年金制度では、リスクが起きる前に保険料を納めた人に、年金が支給されるのが原則です。このため、年金制度に加入しなかった人、保険料を一定期間滞納した人などには、原則として年金は支給されません。無年金障害者救済法の対象となった学生や専業主婦が無年金になったのは、やはり障害者になる前に保険料を納めていなかったからです。すなわち、学生や専業主婦は、国民年金に任意加入できたのに、任意加入せず保険料を納めなかったため、無年金になったのです。

保険料納付が年金受給の要件 過去と比べて、現在の年金制度では、無年金障害者の発生が少なくなるように改正されてきました。それでもやはり、社会保険方式には保険料納付要件があるため、無年金障害者は発生します。たとえば、次のような人が障害者になった場合は、無年金になります。1.強制加入者でありながら年金制度に加入していない人、2.保険料を一定期間滞納している人、3.国民年金の任意加入者である在外邦人で、任意加入していない人、3.学生納付特例の承認を得ておらず、しかも保険料を滞納している学生。

やはり、社会保険方式の下では、保険料をきちんと納めていなければ、年金は支給されないのです。なぜならば、保険料を納めなくても年金が受けられるのでは、だれも保険料を納めなくなるからです。今回の無年金障害者を救済する措置が、社会保険方式の国民年金の給付としてではなく、社会扶助方式の給付として行われることになったのも、このことが理由です。

ただし、保険料を納めないで国民年金の障害基礎年金が受けられる人がいます。たとえば、保険料の免除を受けていた期間も、年金の受給資格を判断するうえでは保険料を納めた期間とみなされます。このため、たとえ長期間保険料の免除を受けていたとしても、障害者になれば障害基礎年金が支給されます。また、20歳未満の時に障害者になった人には、障害基礎年金が支給されます。

しかし、これには相当の理由があるのです。第一に、保険料免除者であった人に障害基礎年金を支給するのは、保険料を納めようにもあまりにも低所得であったため、保険料を納められなかった人であるからです。第二に、20歳未満時の障害者は、国民年金に加入しようにも加入できなかった人、すなわち保険料を納めようにも納められなかった人です。このような人には、国民年金の中で、本来の障害基礎年金に準じる年金を支給することには理由があります。

これに対し、無年金障害者である学生や専業主婦は、過去においては国民年金に任意に加入することができ、保険料を納めることが可能であったのに、納めなかった人です。これらの人に、国民年金から障害基礎年金を支給するのは問題です。なぜならば、任意加入して保険料を納めた学生・専業主婦障害者と、任意加入せず保険料を納めなかった学生・専業主婦障害者を同等に扱うことになり、不公平になるからです。在外邦人は現在でも任意加入ですが、任意加入しなかった在外邦人に、任意加入した在外邦人と同様に、障害基礎年金を支給するのが不公平となるのと同じことです。

学生を強制加入・保険料免除にしなかった理由 これに対して、過去において、20歳以上の学生を国民年金に強制加入させ、保険料免除にしておけば、無年金障害者が発生しなかったのではないか、という意見があります。現在の学生納付特例制度がまさにこのような仕組みですが、当時としては、このような仕組み採るのは困難であったのです。

第一に、学生の強制加入についてですが、通常は学生には所得がありませんから、学生を強制加入にすると、親が保険料を負担することになります。しかし、学生の学費や生活費を負担している親に、さらに年金保険料を負担させるのは問題です。それだけではなく、学生のために課す保険料の大部分は、学生自身の老後のためのものですから、親が納めるべき理由もありません。

第二に、学生の保険料免除についてですが、国民年金の保険料免除は、所得が低い世帯にしか認められません。大学生は通常は親の世帯に属しており、大学生の親には一般的には相応の所得がありますから、ほとんどの大学生は免除の対象になりません。そうかといって、保険料は個人に課されるものの、世帯全体の所得を考慮して保険料を免除するか否かを決める仕組みを変えることも困難でした。なぜならば、国民年金の加入者である農業者、自営業者などでは、世帯全体で得られた所得の多くを夫のものとし、妻の所得を低く申告することが可能ですが、このようにすると、妻が保険料免除になってしまうからです。

実は、この世帯単位の保険料免除の仕組みを一部打ち破ったのが、2000年の年金改正によって設けられた学生納付特例制度です。この制度は、親の所得がどうであるかにかかわらず、学生本人の所得だけで、免除するかどうかを決める仕組みです。学生納付特例制度は、世帯単位の保険料免除という国民年金の根本的な考えを修正するものであったため、その導入に時間がかかったのです。また、普通の保険料免除者の免除期間分については国庫負担分の老齢基礎年金が支給されますが、学生納付特例制度による免除期間については、後で追納しない限り支給されないのは、この制度が特例であるからです。

2 無年金障害者救済法についての意見

無年金障害者の救済を社会保険方式の国民年金の中で行うのは、いままで述べた理由から困難です。しかし、社会扶助方式で行うことには問題はなく、無年金障害者救済法はまさに社会扶助方式で行うものです。同法は、無年金障害者の生活保障を格段に充実し、生活保護に頼るのを少なくするものであり、画期的な法律だと思います。無年金障害者救済法は、無年金障害者によるさまざまな提案、運動、訴訟などによってようやく実現したと思いますが、遅きに失した感じもします。保険料納付要件を満たさなかった学生等に給付を行うことの困難性、財源確保の確保性などが、このように遅れた原因の一つではないかと思います。

この法律は、すぐ後で述べるように、すべての無年金障害者を救済するものではありません。それだけでなく、保険料納付要件を満たさなかったため、老齢年金や遺族年金が無年金となった人を救済するものでもありません。この意味では、特別障害給付金が支給される学生や専業主婦は、これらの無年金者と比べて有利であるといえます。以下では、特別障害給付金に関する私の意見を述べます。

給付金の額・所得制限 特別障害給付金の月額は1級5万円、2級4万円ですが、障害基礎年金の月額は1級8万2758円、2級6万6208円です。このように特別障害給付金のほうが低くなっているのは、保険料を納めた学生・専業主婦障害者とバランスを保つためです。ただし、特別障害給付金のほうが有利な点があります。たとえば物価が2%上昇したとしますと、特別障害給付金額は2%引き上げられます(物価スライド)。しかし、障害基礎年金額は、2004年の年金改革によって、2%から0.9%(予定)を差し引いた1.1%しか引き上げられないのです(マクロ経済スライド)。このため、特別障害給付金額と障害基礎年金額の差は年々縮まっていきます。

特別障害給付金は、所得が高い人には支給されません。これに対し、本来の障害基礎年金にはこのような所得制限がありません。これは、社会扶助方式の給付は、社会保険方式の年金と違って、納めた保険料の対価ではないため、所得保障の必要性の薄い高所得者には支給しないことが許されるからです。20歳未満時の障害者に支給される障害基礎年金にも所得制限がありますが、これも保険料の納付によって得られる年金ではないからです。

給付金の対象者 無年金障害者にはさまざまな人がいます。しかし、特別障害給付金が支給されるのは、次の二つの類型に限られます。一つは、1991年3月末までに任意加入しなかった学生無年金障害者です。二つは、1986年3月末までに任意加入しなかった専業主婦無年金障害者です。したがって、1.1991年4月以後も国民年金に加入しなかった学生や保険料を滞納していた学生、2.2000年4月以後学生納付特例の承認を得ていなかった学生で保険料を滞納していた学生が、障害者になったとしても、障害基礎年金も特別障害給付金も支給されません。

特別障害給付金の支給対象者を以上の二つの類型に限った理由は、次のように説明されています。「学生や専業主婦は、国民年金発足当時は任意加入とされていたが、その後強制加入とされたという経緯がある。このように強制加入ではなく任意加入とされていた結果として、障害基礎年金を受給していない人がいる。このような特別な事情を考慮して、特別障害給付金を支給する」。学生や専業主婦にのみ支給する理由としては、なかなか苦しい説明のようにも聞こえます。

3 基礎年金の社会扶助方式化

社会保険方式では、保険料納付要件があるため無年金者が発生します。このことを理由の一つとして、国民年金の基礎年金を社会扶助方式化(税方式化)すべきだとする提案がなされています。しかし、社会扶助方式に変えると、大幅な増税が必要となりますが、現在では極めて困難な状況にあります。このため、社会扶助方式化されれば、年金額が低くされたり、厳しい所得制限が付けられたりするおそれがあります。このほかにも社会扶助方式にはさまざまな問題があり、社会扶助方式化することには賛成できません。社会扶助方式化が望ましくないことは、私の『年金の誤解』(東洋経済出版社、2005年)第8章で詳しく述べましたので、参照してください。

(ほりかつひろ 上智大学法学部)