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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年8月号

列島縦断ネットワーキング

愛媛 精神障害者の訪問型個別就労支援の取り組み

長岡大文

はじめに

宇和島市は、愛媛県の西南部に位置し、人口約9万人(今年度8月1日に1市3町が合併)の県西南部の中核都市です。この地域の特産は、宇和海で育まれる真珠、黒潮を活用したハマチ養殖や水産加工品、温暖な気候のもとで栽培されるみかんなどが有名です。しかし近年では、赤潮の発生やオレンジの自由化などのためこうした地域産業が影響を受け、経済が停滞している状況が続いています。

概要と目的

財団法人正光会では、平成16年度より独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構から訪問型個別就労支援の効果的な支援方法及びシステムの開発に関する研究を受託しています。

研究のためにACT―Uプロジェクトチームが結成されました。支援は、「その人の生活の場での相談支援」を原則としていますが、これはACT―Uというプロジェクト名にもなっている「ACT」の支援システムを参考にしています。「ACT」とは、他職種から構成された支援チームが個別訪問により生活支援、就労支援及び医療を包括的に提供するシステムのことを言います。

法人が研究委託を受けた目的は、「精神障害者が一般就労する・できる」ことを実証することによって、以下のようなことを実現することにあります。

  • 本人の希望や自己実現、自信の回復のみならず、他の障害者の希望と勇気につながる。
  • 仕事に就くことは、「就労=一人前=病気の回復」とみる地域住民の精神障害に対する確かな認識変化を引き起こす。
  • 経済不況がいまだ吹き荒れる田舎の当地で障害者が就労できることが実証できれば、全国どの地域でも就労支援が可能である。

また、研究・実践を通じ、次のような目標を達成したいと考えています。

  • 法人の地域型医療への移行、包括的な訪問型地域ケア(ACT―U)への第一歩とする。
  • 精神障害者からスタートし、知的・身体障害も含めた就労支援に広げながら、県南予地域の「障害者就業・生活支援センター」の足がかりとする。

活動の内容

私たちの実践を分かりやすくお伝えするため、実際の就労支援の流れに沿って説明したいと思います。

(1)相談

私たちの支援の特色は、「本人の考えに基づいた支援」と「相談から就職後のフォローアップまでを訪問で行うこと」を原則としていることにあります。そのため、相談を受ける場所は本人の希望の場所に訪問して行っています。

私たちが相談の段階で把握することは、1.支援を受ける意志の確認、2.希望職種、3.職歴、4.障害開示の有無、5.まず何をしていきたいか、などです。「本人の考えに基づいた支援」を行うためにこれらは必ず確認します。本人の働く気持ちや働きたい職種を十分に把握し、本人の考えに基づいた支援を行うことは、本人と支援者、そして企業にとって大切です。その他に主治医の見解や家族の考え、関係機関などから情報を集めます。

(2)就労準備

前職からブランクがある方も少なくないため、すぐ働くことに不安を感じる方がいます。生活のリズムが整っていない人や就労のイメージが固まっていない方には、小規模通所作業所の利用を提案します。そういった準備に不安がなく、一度自分の職業能力を把握しておきたい方には、一般企業での職場体験を提案しています。職場体験を実施する場所は、できるだけ本人が希望する職種の企業をスタッフが開拓して行うようにしています。

精神障害の特性の一つに自己能力を正しく認知することが難しいということがあります。自己の能力を過大評価したり、一方で、不安が強く自信がないという矛盾した一面が見られます。そのため、一般企業で実際の作業を行うことは、いま何ができ何ができないのかを本人や支援者が知るために有効と思われます。

(3)求職活動

求職活動では、ハローワークとの連携を大切にしています。障害を開示して働くことを希望している方は、ハローワークで障害者登録を行います。そして、本人の希望する企業の紹介を受けます。このとき窓口の担当の方に「精神障害」や「障害者」という言葉を使わないで、次のような表現で本人のことを説明してもらうようにしてもらっています。それは「精神科(もしくは心療内科)に通われていて、現在は回復されている方」という表現です。一般の方は「精神障害」と聞いて暴力を振るわれるのではないかと思われたり、障害者は職業能力が低いと思われている方が多いようです。そのようなイメージをもって電話口で断られるより、企業の人に正しい精神障害の特性を知ってもらったうえで判断してもらうことが必要です。そのため、ハローワークの窓口の担当の方に、まず先に支援者が企業に出向いて説明させてもらうことを企業に伝えてもらうようにしています。

(4)フォローアップ

現在、清掃会社に勤め、ある食料品店の駐車場の清掃の仕事に就いている方がいます。その方は初めての場所と人に不安を覚える可能性が高かったので、作業の指示よりも、側について不安を軽減することにしました。本人は仕事を覚えることに少し時間がかかりましたが、支援者が一緒に作業をする同僚の方と話す機会を多くもち、本人への関わり方を説明していきました。また、現場責任者が面接に応じてもらった方でしたので、本人の評価や今後の業務内容を確認していました。現場責任者の方が設定していた期限までにはすでに一人で作業をこなせるようになっていたため、雇用を継続していくことに特に問題は見られませんでした。

フォローアップは、本人と企業に対して行います。本人に対するフォローアップでは、精神障害の特性でもありますが、前述した方のように不安を強くもたれる方が多いため、不安を軽減して本人に安心してもらうための関わりを心がけています。さらに、就労支援を受けている方たちを対象として、仕事に就く不安や苦労を話し合うことを目的に「就労グループ」という自助グループを結成しています。現在は、支援センターでビジネスマナーを勉強しながら、その時々のテーマに応じた過去の経験談などを語ってもらい、お互いの参考にする機会を提供しています。

企業に対しては、本人への関わり方や本人と企業双方の考えをお互いに伝える橋渡し的な役割を担うようにしています。

おわりに

就労支援を始めるようになって分かってきたことがあります。それは、支援者が就労支援を諦めなければ、本人たちも諦めないということです。精神障害をもっている方は不安を強く持ち、段取りよく就労に向けて準備していくことが苦手な方が多くいます。そのため、私たち支援者は本人を勇気づけ励ましながら、ときには行動を促していきます。就労に向け、前へ進んでいく支援者の姿を見て、さらに本人たちも前へ進んでいきます。それを見て支援者も励まされます。お互いがお互いを励ましながら就労に向かうことができます。

訪問型個別就労支援を通じて、すべての人が一般企業で働けるとは限らないと思っています。場合によっては、当事者が多く働ける事業を興す必要があるかもしれません。さまざまな就労支援の形がある中で、私たちは現在行っている支援方法が適している方はどのような方で、どのような支援が効果的なのかを実践を重ねて検証していきたいと思います。

(ながおかひろふみ 財団法人正光会地域生活支援センター柿の木)