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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年8月号

ワールドナウ

シリアのCBR、豊かな地域生活へ向けて

瀧本薫

はじめに

「CBRとは何ですか? お金を貸してくれるのですか? 何かもらえるのですか?」シリアへ来たばかりの頃よく耳にした言葉です。赴任当初の3か月、私は地域の学校や役所、村内の障害当事者とその家族の元へ足しげく通いました。「問題は何ですか? どうすれば自分のやりたいことが実現できますか? 村ではどうしてそれができないのですか?」障害問題は、個人が理由ではなく、社会が問題であるということに気づいてほしいからです。

CBRは個人的な意見ですが、障害問題に対する地域社会意識の変革社会へのメインストリーム化だと思います。またここでいう地域社会とは、私たちの社会生活に関わるすべての公的機関、グループや団体、そして障害当事者とその家族を含む村民全員を指しています。

国内の障害者支援

現在シリアでは、施設型による障害児支援が行われています。支援内容は、理学療法と障害児教育が中心です。入学が認められるのは、身辺自立が可能な学齢児です。実際には、多くの障害児者が社会から疎外されています。

シリア政府は昨年、新法律No.34を制定しました。新法律ではこれまで社会労働省のみが施策・実施していた支援から、各省庁が共同で、また各々でも障害問題に取り組むことが明記されました。そこで、国・地域各レベルで、障害問題合同委員会が設立されることになりました。もちろん委員会には障害当事者が含まれています。

また今回、障害登録制度が開始し、障害者カードが配布されます。登録者は公共交通費の半額免除や、キオスクの申請ができるなど政府からの支援が受けられるようになります。しかし、年金や自助具の補助などは、一部の脳性マヒ者を除いて含まれていません。

村落の現状

次にCBRが開始された経緯をお話します。社会労働省より農村地域への障害者支援の一つとして提案されました。私は過去にCBRと称して障害者の職業訓練・自立を支援したCBR事務所に籍を置き、候補地域の調査や社会システムの情報収集を行っていました。

シリアの村落は社会システムが明確に整備されています。そこには青年同盟、婦人連盟、学校等の社会生活に即した資源がたくさんあります。また多くの村は、親戚縁者で居住しています。但し、こうした地域の社会資源は障害問題をはじめから「特別な事項」として疎外していました。

いくつかの事例を紹介します。彼は中等度の知的障害をもっていますが、地域の学校に通いました。しかし、勉強が困難で、先生や校長から家に戻るように言われたり、他の子どもからいじめられたりしました。また他の事例は、車いすや外に出る手段がないので、通学できないとか、親が自分を理解してくれないので外に出してもらえないとさまざまでした。これらはほんの一例です。こうした問題は障害のある人だけの個人的な問題でしょうか。

私の役割はこのような社会意識の改善をし、問題を解決していくための調整や交渉、技術支援を行うことです。そして私は村人に、CBRの概念を普及させ、村のボランティアを育成し、地域で解決できることを取り組んでいこうと村の組織化を図りました。

CBRは、年齢や障害を区別せず、教育や保健、文化・スポーツ、職業訓練と幅広く生活に即した個々のニーズに対応できる包括的なプログラムをめざしています。当初は、既存の活動に障害者を融合する概念は理解されにくかったことも事実ですが、障害当事者の人権に基づいて、各々の役割・責任を説いていきました。

CBRボランティアの育成

私は、村内で話をしていくうちに、村人が、村のために手伝いたい、親戚のために自分たちも役に立ちたいという意思を持っていることを日々肌で感じていました。そこで彼らとともに、それぞれの村で10人から15人のCBRボランティアを育成し、そこには必ず障害者やその家族の意思決定への参加を含むように構成しました。

我々のCBRはもちろん、活動やプログラムには障害のない人、村人や子どもも一緒です。そこでボランティアや委員会もオープンなものにして、だれもが参加や関心を示すことができるように人数の制限や学歴、職業などの条件を設けることなく、関心がある人、時間のある人がいつでも参加できるようにしています。個々人が得意とする分野、また活動できる時期や時間が、それぞれあって構わないと私は考えています。現在、教師や保健所職員、農民、主婦や学生、そして障害当事者とさまざまなメンバーで構成されています。もちろん必要に応じて、随時、トレーニングやモニタリングを実施しています。プロジェクトが開始して1年半が経ちますが、ボランティア自身で人材開拓を実施しており、多少の人員の入れ替わりはありますが、村内での活動には影響はありません。現在4村で、互いにいい意味で競争意識もあって、順調に活動が推進されています。

村落におけるCBR活動事例

村内で実施されるCBR活動の二本柱は、家庭訪問と学校や青年同盟を利用したグループ活動です。すべて、CBRボランティアが主体となって実施します。

家庭訪問では、さまざまな状況に置かれている障害児者とその家族とのコミュニケーションを通じ、彼らの孤立感を癒していきます。そして身体的な生活向上への助言や、必要な支援を照会して家庭レベルでの生活向上をめざします。現在、青年海外協力隊員(手工芸・理学療法士)もCBRボランティアに同行して、より具体的な支援や家内作業などのアイデアを提供しています。

個人にとって家庭は基盤となる小さな社会です。そこで、家族の理解を得られない女性、知的障害者や重度障害者などは、二重の困難を抱えています。さらに母親の年代である40歳以上の女性は非識字者も多く、こうした家族がCBRの家庭訪問を通じて、障害について正しい知識を持つようになることは重要なことです。

また、グループ活動とプログラム内容は村によって異なります。ある村では夕方や休日に子どもクラブとして、近隣の子どもたちも含め、基礎的な学習の指導やスポーツ、ハンドクラフトや音楽・ダンス等を行っています。また他の村では村役場と共同で、農業・園芸と環境活動を行っています。いずれも障害種別や年齢にこだわらず、村全体に対して開放している活動です。幸いボランティアが多いので、必要な支援(たとえば手話や移動の問題)は皆で助け合っています。

一人の青年の事例です。彼はダウン症で中等度の知的障害をもっています。学校へは通っていません。彼は今、村の農業・園芸活動に週2回参加しています。自宅を出るときには「仕事に行ってくる」と笑顔で話しているそうです。単純な作業を通じて数を復唱し、また障害のない人たちとの共同作業を通じて社会性も養っています。先日、ラディッシュが収穫できたので、翌日彼が市場に立ち、これらを販売しました。また活動以外の時間にもやってきて、村長や職員に挨拶に行ったり、苗を見たりして帰っているそうです。彼を見る村長のその優しい眼は、村が一つになってCBRを応援しているという思いが伝わり、私もうれしくなりました。日一日と順調にぐんぐんと芽を伸ばしています。

CBRとしての今後の課題

他には成人障害者を対象として、障害者スポーツや女性のワークショップ(手工芸・縫製)を実施しています。今後CBRが自立発展していくためには、成人障害者とその家族の巻き込みが重要です。現在のところ、成人の障害者と家族の巻き込みは不十分です。今後は、彼らの主体的な社会への働きかけを通じて、村全体の意識改革、CBR委員会の発展をめざしていかなければなりません。

我々のCBRボランティアは、20代から30歳代が中心です。まだ新しい活動なので、家族や村民の理解がなければ、CBRは継続できません。また、新しい取り組みにはいまだ長老派や一部のセクターと衝突することがあります。これまで、国レベルの理解を得ても、現場で公式に実施するまでには粘り強い交渉や地道な活動が重要です。

次に、国レベルでのCBR支援についてお話します。村での一定の成果やボランティアの実績にほとんどのセクターが賛同し、共同プログラムを実施しています。また現在、社会労働省大臣を代表として複数の関係機関と共同で国家CBR委員会設定の準備を進めています。具体的には、教育省とはインクルーシブ教育推進をめざし、教職員の訓練のほか学校の環境改善と地域の夏季学級(青年同盟と教育省の共同プログラム)で、障害児の受け入れを推進しています。その一つの授業では、障害問題を組み入れ、地域の理解を促進させています。また保健省とは、村で保健セミナーや定期診察を実施したり、県レベルの病院へ照会したりしています。その他青年同盟とは、啓発活動やイベント、障害者実態調査を行っています。少しずつですが、こうしたネットワークプログラムも増えつつある状況です。

おわりに

シリアのCBRは始まって間もなく、蒔かれた芽が一つ一つ芽を出そうとしている大切な段階です。シリアでは縦割り行政で、横のつながりが困難であることも確かでした。しかし、現在はJICAが中心となってCBRをオーガナイズしており、皆が一つとなって、障害問題を取り入れようと走り出しています。今後はシリア側の役割を明確にして、CBRに関するシステムを発展させていかなければなりません。まだまだ発展途上の段階ですが、私にとっては第2の国のシリアです。みんなが生まれ育った村で豊かに笑って暮らせるように応援していきたいと思っています。

(たきもとかおる JICA長期派遣専門家CBR事業推進)