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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年10月号

日本旅行業協会におけるおからだの不自由なお客様に対する取り組み

室井孝王

日本旅行業協会(JATA)の目的のひとつに、旅行会社のお客様に対する旅行業務の改善や接遇の向上等を図ることがあります。このうち、高齢の方やおからだの不自由なお客様に対しては、社会貢献委員会に属するバリアフリー部会において定期的に会合を持ち取り組んでいます。

高齢の方やおからだの不自由なお客様が旅行に申し込まれた際、旅行会社がいつでも「はい、どうぞ」という姿勢ではなく、いささかうつむいてしまうような対応もあることは否めません。

交通バリアフリー法や身体障害者補助犬法などの法律が施行されている社会の趨勢と、企業としてのビジネスのはざまで、どのように取り組んでいったらよいかと試行錯誤を繰り返しているのも実情です。

バリアフリー旅行の取り組み

日本の旅行業界におけるバリアフリー旅行の取り組みは、バリアフリー部会の前副部会長であった草薙威一郎(くさなぎ いいちろう)氏(現JTMバリアフリー研究所所長)によって進められました。旅行会社社員のためのハンドブックやお客様のための『バリアフリー旅行ハンドブック』などを発行し、現在も活用されています。

バリアフリー旅行部会の最近の主な活動は次の通りです。

まず、平成15年10月1日に施行された「身体障害者補助犬法」を周知させるための活動です。旅行会社の社員に対するセミナーの開催、毎年開催されているJATA世界旅行博での補助犬によるデモンストレーションの実施、ブースでの相談窓口の設置などです。

また、本年4月1日施行「発達障害者支援法」に応じたセミナーも社団法人日本自閉症協会のご協力をいただき開催いたしました。

このように関連する団体の協力をいただき活動を推進していくなかで、お互いの立場を知ることは大変有意義なことだと思います。特別に学ぶことをせずに、各自の心の中で固定観念をもっているのが今の日本の現状ではないかと思います。その観念を融解させるための一助になれればと願っています。

セミナー開催によって、ドラスティックに局面が変わるかといえば、そうとはいえない部分もありますが、一歩一歩進めていくしかありません。

一方で、旅行会社の先進事例を紹介するセミナーも、各支部で開催しています。講師も受講生も旅行会社の社員です。高齢の方やおからだの不自由なお客様に対してあまりにも意識しすぎているという現実があり、先進事例を紹介することで、そのような意識を融解できればと思います。

このような活動を通して感じることは、高齢の方やおからだの不自由なお客様に対する日本人の意識です。旅行会社が受け入れに前向きになっても、参加する他のお客様から苦情が寄せられることがあり、受け入れのための最大の障害になっています。でも、そのような意識を旅行会社が発信源で変革できればと期待しながら進めていきたいと思います。

バリアフリー旅行の課題

バリアフリー旅行といえば、車いすを利用されるお客様がすぐに思い浮かびます。交通機関、貸切バス、旅館、ホテル、無理のない日程の旅作りと、旅行会社として実施するにあたり採算性確保の難しさ等々、簡単に解決できない課題が多く残っています。

また、お申し込み時の対応に通常よりも時間を要すること、旅先ではご不便をお掛けすること、同行した他のお客様からお叱りや不満のアンケートをいただくこと等の課題もあります。

以前は、おからだの不自由なお客様は、バリアフリー旅行専門の会社以外で取り扱うことは難しいと思っていました。また、旅行条件書を基にお客様に「誠に申し訳ありませんが、この旅行にご参加いただくことはできません」とお断りしたこともあります。

しかし、1990年前後から航空業界の受け入れが進むにつれ、パッケージツアー(一般的にパックツアー等と呼ばれています)にも高齢の方、おからだの不自由な方の旅行申し込みが徐々に増えはじめました。私が勤務している旅行会社は、航空会社系列のホールセラー(卸会社)です。高齢の方、おからだの不自由な方に対しては、経験豊富な比較的年次の高いスタッフが対応していましたが、お客様が満足できるような対応とはいえず、十分時間を掛けてもお叱りを受けることも多く、あまり誇れるものではありませんでした。

たとえば、香港コースに車いす利用のお客様が参加された際、現地ホテルに車いす利用の方に使いやすい部屋を確保して出発してもらいました。香港到着当日、香港から国際電話でお叱りをいただきました。車いす専用の部屋であればよいと思っていたのですが、そのお客様には使っていただくことができなかったのです。お客様のおからだの状態はさまざまであることを、お叱りというレッスンで学びました。

「サポートデスク」の開設

専門窓口を設置して専門スタッフが対応する「サポートデスク」を開設したのが2001年4月でした。専門スタッフとはいっても専門知識などを持ち合わせていませんので、航空会社やホテル、旅行会社で先進している会社の方々からアドバイスをいただきながら対応しました。アドバイスは後に検索して使用できるようにデータ処理を続けて学んできました。

学んでいくなかで、一般的なパッケージ商品であっても、軽い障害のある方であれば参加してもらえることがわかってきました。中程度の障害のある方であっても、行き先、旅行形態、同行される方等々の条件によってはご参加いただけることもわかってきました。観光地がバリアフリーになっていない、リフトバスがない、ホテルに設備が整っていない、手話を使えるスタッフがいない、と無いものねだりをしていたのでは、いつまでたっても旅に出かけたい多くのお客様にご参加いただくことはできないと気付きはじめました。

そして、参加していただいた方から旅行後に「楽しかった」とお礼状などもいただけるようになると、その喜びが勇気を与えてくれるようになりました。その後、さまざまな障害のあるお客様、耳の不自由な方、目の不自由な方、内部疾患のある方、発達障害の方、パニック症などのある方等々の対応を重ねていきました。

好評だった事例

実際例をあげてみます。歩行が全く困難な30代女性と友人のお二人、ゴールデンウィークにグアムへ旅行されました。グアムはリゾート地であり滞在型で、ホテル施設も整っています。航空会社の専用デスク・スタッフの優しい対応をいただき出発されました。帰国後「ビーチでシュノーケリングを楽しみました。また行きたいです」とうれしいお便りをいただきました。このケースは、同行者が介助サポート可能であったことがポイントのひとつです。

ホノルルも高齢の方やおからだの不自由な方にとても優しい所であることを知りました。リフトバス、バン、ハンディキャブ等々移動手段も豊富です。あるご家族が参加されたケースですが、申し込みコースはホテル、海の見える部屋指定(オーシャンフロント)でした。ホノルルの多くのホテルでは車いすで使いやすい部屋は、海は見えない市街地側の部屋(シティービュー)にあります。ご高齢のお祖母様は歩行が困難なため車いすを利用されています。サポートデスクスタッフはお客様の旅の目的などを伺い、代売した旅行会社担当に連絡しました。「シティービューにある車いすで使いやすい部屋を利用されるか、不便をお掛けしますが、コース通りのオーシャンフロントを利用されるか、お客様に聞いてください。今回の旅の目的はお孫さんの結婚式に列席されるためで、お祖母様はお部屋に滞在されることが多いと伺っています。1日中お風呂やトイレをお使いになる訳ではないので、景観の良いオーシャンフロントをお勧めします。もしオーシャンフロントのお部屋を希望される場合は、ホテルに申し入れて壁固定シャワーを、取り外し可能なハンド・シャワーに替えてもらいます。これらをお伝えしてどちらのタイプを選ぶか伺ってください。」

結果はオーシャンフロントを選ばれて出発され、喜ばれました。

このように、具体的に理解していただけるように提案することが大切です。私たちホールセラーは直接お客様に対応できませんので、販売してくれる旅行会社担当者にまずよく理解してもらい、お客様にご案内してもらうことも重要なポイントとなります。

お客様と対面している取扱い旅行会社の担当者は厳しいことが言えなかったり、あいまいに伝えることしかできなかったりして、お客様がご自身の都合のよいように思い込んで出発する事例も多いのです。そのためには旅行を作っているホールセラーからのご案内として、文章によってお客様に案内することが必要なことです。

もうひとつ、耳の不自由なご夫妻の旅のお手伝いの実例です。お客様の対応に際して、何が不便なのかを教えてもらいます。また、一般的に旅行会社の社員で、手話のできる係員はおりませんし、観光地などで筆談により説明する時間的余裕も持てません。現地には日本語は話せても、日本語筆談はできないスタッフがほとんどです。これらの事実をお客様に説明しなければいけません。そのうえで旅行会社としてお手伝いできることを提案するのです。事前に判明している情報を書面にしてお渡ししたり、現地滞在中の簡単な会話集を作ってお渡しすることなどです。

その他のケースにおいても、お客様にとって旅を実現するためにどのようなお手伝いが可能かと想像力を豊かにして、どうしたら楽しんでいただけるかと工夫することを常に心掛けて対応するようにしています。そのためにはご高齢の方やおからだの不自由な方についての知識、航空機に搭乗する際の知識、現地情報をどのように調べるかという調べ方の知識を集めることが必要になります。知識を広めることはお客様のお話に共鳴できることであり、お客様と同じサイドに立つことができる大きな力となります。

楽しい旅行のポイント

旅行に参加していただくうえで大切なポイントは、お客様が旅行中に受けられると考えている旅行サービスのレベルと旅行会社が提供できる旅行サービス・レベルのギャップをなくすこと、あるいは極力小さくして出発していただくことです。

ギャップ(差)があるままで出発されますと、お客様と旅行会社双方にとって大変不幸な結果となることは明らかです。形のない旅という商品であるからこそ出発前のやりとりがとても重要なことになります。旅は下見とやり直しのできない商品なのです。

バリアフリー旅行という専門性を持つ旅行をこれからも推進しつつ、一般パッケージ旅行にご高齢の方やおからだの不自由なお客様が安心してご参加いただけるように、ユニバーサルサービスを心掛けた対応も推進していきたいと考えています。これらの考え方を、パッケージ旅行(募集型企画旅行)を販売している多くの旅行会社に広めていくことが日本旅行業協会として重要な課題であると考えております。

思い出に残る旅を提供し続けなければならない旅行業界に籍を置く私たちにとって、お客様から信頼していただける接遇と、さまざまな症状をお持ちになっている、それぞれのお客様に即した優しい旅への提案を行っていかなければ、旅行業界にとりましても明るい明日はないと考えます。

(むろいたかお (社)日本旅行業協会 社会貢献委員会バリアフリー部会副部会長)