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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年11月号

障害者自立支援法案をめぐって

精神障害者施策

杉本豊和

精神障害者をめぐる自立支援法の概要

障害者自立支援法(以下、自立支援法)における精神障害分野の最も重要な内容は、1.他障害施策と同水準への引き上げ、2.自立支援医療導入による通院医療費公費負担の廃止、3.サービス利用に関する応益1割負担の導入であろう。

自立支援法は、障害者の具体的な施策(サービス)を規定する法律である。児童福祉法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、精神保健福祉法の4つの法律のうち、これらの法律は残しつつ、具体的施策についてのみの統合である。従って従来からこの分野で問題点が指摘されている障害者の定義、保護者制度、社会防衛的条項等については今後も精神保健福祉法の改正で対応しなければならない。

自立支援医療に統合される通院医療公費負担制度は、医療費に着目した応益負担(1割)となり、医療機関指定制度が導入され、1年ごとに医療の必要性や所得の状況が確認され、再認定や拒否の要件が規定される。患者負担の軽減については「低所得者」「重度でかつ継続的な医療負担が生じる者(統合失調症、狭義の躁うつ病、難治性てんかんを想定)」に限定化される。一定の負担能力のある世帯(所得税額年額30万円以上)は適応されず、3割を負担しなければならない。低所得者については、生活保護世帯は無料、市町村民税非課税世帯は「医療費の1割」または「月額2500円(年収80万円以下)か5000円(年収300万円以下)」のいずれか低い額を負担。これらに該当しない世帯(中間層)のうち「重度かつ継続」者については、「医療費の1割」または「月額5000円(所得税非課税世帯)または1万円(所得税30万円未満世帯)」のどちらか低い額を負担。「重度かつ継続」に該当しない中間層は医療費の1割を負担することとなる(■図1■)。

「応能負担の導入」「在宅施策・施設体系の再編」「小規模作業所問題」も精神障害分野においても重大問題であるが、解説については他号にも詳述があるのでそちらを参照していただきたい。

「三障害横並び」で何が得られるか

「他障害との横並び」については、当事者・関係者の悲願であった。しかし注意しなければならないのは、「横並び」そのものが求められていたのではなく、他障害と同水準への「引き上げ」である。今回の自立支援法によって他障害施策の水準がどうなるのか、その評価は平成18年以降とされている在宅施策・施設体系再編が明確にならなければできない。精神障害分野の施設体系は遅れてできあがったため比較的新しく、他障害と比較して整理されているという評価もある。精神障害分野で特に問題なのは整備数(供給量)であり、補助水準である。整備数の問題では、三障害が統合されれば、補助水準も同じとなり、精神障害関連供給主体が増加するのではないかという希望が持たれている。

第一に、社会復帰施設への補助額は、補助形式は他障害と異なるものの、1997年以降の政策転換によって社会復帰施設の職員の最低基準が引き上げられ、知的障害に及ばないものの身体障害に限りなく近づいていた。それにもかかわらず社会復帰施設が障害者プランをも下回って増加が困難だった理由は、厚生労働省が言うような偏見問題だけではない。もっとも大きな原因は主体を担う団体の不足である。社会福祉施設設置は、たとえ国がプランを策定しようとも、設置しようという民間の団体(主に社会福祉法人)が現れない限り設置は進まない。精神障害の場合は、この設置を伴う団体が他障害と比較しても圧倒的に少ない。

第二に、支援費制度の導入によって、ほとんどの対象施設で公的補助金の額は減少している。これは措置時代と比較して補助額が低く抑えられた結果である。このように減少した補助基準から、自立支援法になればさらに補助額が低下することが懸念される。つまり、このように支援費導入前までは曲がりなりにも増加してきた補助額が、支援費、自立支援法を経てかなり削減され、その低位水準に精神関連施設が位置づけられたとしても、統合のメリットは大きくない。仮に、多少補助額が増えたとしても、設置主体が増えない中では精神障害関連施設やサービスが飛躍的に増加するとは考えにくい。

重ねて指摘するが、今回の自立支援法は施設と施策のみの統合であり、障害の定義や全体の理念を含めた「完全な統合」ではない。関係者の中には統合を歓迎する向きもあるが、低位な統合に終われば、むしろ精神障害固有の特性や問題が切り捨てられるだけで、形だけの部分的な統合では逆にデメリットが大きい。

自立支援法での補助水準は障害別ではなく三障害共通のものとなっている。整備数については、自立支援法では施設や施策は障害別に規定されない。しかしながら実態としては、それまで専門に行っていた障害対象を中心に利用者を集めることになる。そうすると、三障害が統合されたからといって、単純に精神障害者の利用が増えるとは考えにくい。たとえばこれまで身体障害者を対象としていた施設が、三障害が統合されたからといって、これまで受け入れ経験のなかった精神障害者を受け入れるだろうか。そもそも既存の施設にはすでにこれまでの障害種別で利用している利用者がいるわけだから、他障害がそこに割り込む余地は少ない。支援費制度の補助基準は月初めの利用者数による月払い方式であるが、自立支援法になると利用日数を基準とした日払い方式となる。精神障害の特性から他障害と比較すると毎日継続して利用できる人は少なく、こうした点でも障害特性が配慮されず不利益を受けることが多いと思われる。

医療費増大を生む自立支援医療

精神障害分野は他障害と比較して施策整備が遅れているため、自立支援法導入の影響も複雑で重大である。在宅・施設施策の再編や応益負担は精神障害分野においても深刻であるが、他号でも指摘されているので、今号では特に、精神障害分野固有の問題である通院医療の問題を重点的に取り上げたい。

国は通院医療費公費負担制度の廃止について「必要な医療を確保し続け、制度間の負担の不均衡を解消する」としている。ところで、わが国の年間一人当たりの受診回数(00年)は14.4回で先進6か国(日、米、英、独、仏、瑞)中ずばぬけて多い(2位の米は8.9回)。しかし年間一人当たりの医療費は6か国中最も低く(02年、日本2139USドル、1位の米は5287USドル)、国内総生産に占める医療費の割合でも7.9%で第4位である(02年、1位は米国で14.6%)。これは医療費全体の数字であるが、概して日本の医療は発症後の受診が早く、軽症で医療費がかからないうちに治療を完了しているといえる。

言うまでもなく精神科医療においても、軽症のうちに医療機関にかかることが、その後の治療費を抑制することにつながる。精神疾患に対する偏見が根強いことから精神科にかかることには抵抗があることが知られている。通院医療費公費負担制度はこうした抵抗感を軽減する役割を果たしてきた。その結果早期治療と継続治療を可能にし、精神科医療費を抑制してきたといえる。自立支援法が施行されれば経済的負担が増え、このことが継続して医療機関にかかわることを遠ざけ重度化し、結果として医療費の増大につながりかねない。

国は社会復帰対策費を捻出するために、精神科医療費の削減が必要だといっている。医療費を削って福祉に回すというのは、いかにも正当性があるようだが、社会復帰対策費を増やすためには、このように「タコが自分の足を食う」ような手法しかないのであろうか。その費用が本当に必要であるのであれば、きちんと保障するのが国の責務ではないだろうか。前述のように日本の医療費は諸外国と比較しても決して高額ではない。加えて、日本の精神科医療は”精神科特例“という低い基準で医療を実施してきており、そもそも精神科の医療費は抑制されていることを忘れてはならない。自立支援法は一つの法律であるにもかかわらず、なぜ自立支援医療の施行だけが早期実施なのか。今回の一番の標的は障害者医療の抑制にあることは明確である。 

その他の懸念事項

最後に、懸念されるその他の重要な課題について列挙して、この小論の締めくくりとしたい。官僚による机上の論理ではなく、厳しい状況の中で生命を維持し、生活している精神障害者の実態から出発した政策論議を期待する。

  • 精神障害者にとって小規模作業所は、社会福祉施設整備が進まない中での唯一の現実的な社会資源となっている。この小規模作業所が自立支援法施行でどのように位置づけられるかは明らかになっていないが、小規模作業所の利点である「地域性」「柔軟性」が損なわれないものでなければ意味がない。もっとも必要なことは小規模作業所の財政基盤を確立することであり、自立支援法のケアマネジメントに包含されない、自由で現実的な社会資源とすることが有益であろう。
  • 自立支援法の障害認定は、日常生活動作をメインとした要介護認定の手法を踏襲している。認定調査票には精神障害固有の項目も追加されているが、従来の日常生活動作中心の項目数から比べると一部である。これでは身体的には自立している精神障害の障害認定は軽く算出されてしまう。本来であれば障害程度ではなく、必要度に応じてサービス供給量を算出するべきであるが、どうしてもこのような形式で認定するのであれば、障害種別に算定項目を設定しなければ格差を生み出すことになる。
  • 精神障害者の所得保障は急務の課題である。精神障害者は初診日の認定が困難である場合や、発病してもすぐに医療機関にかからない場合もあり、障害基礎年金の受給にも不利な状況があり、単身でみれば比較的低所得である。国は自立支援法と併せて就労促進を打ち出しているが、就労を飛躍的に前進させるためには企業側の理解と努力がなければ進まない。雇用率の算定基礎に精神障害者も含まれるようになったが、雇用率制度は就労の入口の問題しか考慮していない。障害年金による必要な所得保障を行うか、企業の障害者雇用の責任を明確にするか、保護雇用制度を実施するのか、障害者に負担を求めるのであれば、国は明確な回答を出すべきである。付け加えて、精神障害者の自己負担額算定に世帯を含めることは、これまでの家族関係研究の成果からいっても精神障害者の自立をますます狭めるものにしかならない。

(すぎもととよかず 白梅学園短期大学福祉援助学科)