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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年12月号

わがまちの障害者計画 東京都日野市

日野市長 馬場弘融氏に聞く
地域を「つなぐ」、支援と協働のまちづくり

聞き手:茨木尚子
(明治学院大学助教授、本誌編集委員)


東京都日野市 基礎データ

◆面積:27.53平方キロメートル
◆人口:172,461人(平成17年11月1日)
◆障害者の状況(平成17年11月1日)
身体障害者手帳保有者   3,828人
(知的障害)療育手帳保有者  725人
精神障害者保健福祉手帳保有者 499人
◆日野市の概況:
東西に長い東京都のほぼ中央に位置する水と緑の文化都市。かつては農業地域であったが、昭和初期以降、日野自動車や東芝など企業の工場が集まり、現在では、ハイテク産業を含む大手企業の工場の一大集積地が形成されている。また、新選組土方歳三や井上源三郎の出身地としても有名である。
◆問い合わせ:
日野市健康福祉部障害福祉課
〒191-8686 日野市神明1-12-1
TEL 042-585-1111(代) FAX 042-583-0294

▼まずは、市長から日野市の特徴と魅力をお話ください。

日野市は、5つの魅力があるまちです。1つめは「水と緑のまち」。市の北端にそって多摩川が、中央部に浅川がいずれも東西に流れ、市内全域に農業用水路が縦横に張り巡らされています。また南部には、緑豊かな七生丘陵が広がっています。2つめは「便利なまち」。市内にJR中央線、京王線、そして多摩都市モノレールの駅が12あり、甲州街道や川崎街道といった大きな幹線道路が走っています。3つめは「観光都市」。新選組の土方歳三の生まれた土地であり、「新選組のふるさと」としてPRしています。高幡不動や百草園、多摩動物園、多摩テックなどもあり、市外からたくさんのお客様がお越しになっています。4つめは「工業都市」。工業製品の出荷額は、この2年間、都内で1位となっています。最後は「日野人の気質」。進取の気質にたいへん富んでおり、新しいことに積極的に取り組む市民が多く、全国に先駆けるような多種多様な活動を展開してきました。

▼日野市では、今年3月に「障害者保健福祉ひの5か年プラン」を策定されました。このプランは、障害種別を超えて、ライフステージごとに課題を掲げ、あわせて課題解決のための施策を打ち出すというユニークな内容となっていますね。

事前の市民意識調査から見えてきたもののひとつとして、障害者の方たちが抱える課題は、障害種別にかかわりなく、ライフステージごとに実に似通っているという点がありました。このことが、プランの「障害種別を超える」という考え方と「ライフステージの重要性」という視点につながっています。

また、ライフステージにそって7つの基本目標を掲げていますが、キーワードとして最も重要なのは「つながる」という考え方かも知れません。

たとえば障害をもって生まれたお子さんに対しては本来、一貫したプログラムのもとで生涯にわたる支援を行っていく必要があるはずであり、成長とともに担当部署が変わっても、その一貫性は確保されていなければならないはずですが、これまではこの種の連携が乏しかったように思います。また障害種別ごとに開設され、運営されてきた市内の施設や作業所もどちらかといえば内向きで、他の施設や作業所、さらには地域住民の方たちと連携・協働して事業展開を図るといった視点や発想はほとんどなかったように見受けられます。

障害のある方の全ライフステージを通して支援できる行政体でなければならないし、地域社会でなければならないと考えています。

▼「ひの5か年プラン」では、今後取り組んでいく重要課題を設定していますが、その一つとして「働く」というキーワードがあります。具体的には、どのような取り組みでしょうか。

プランには、最重点施策として8つのメニューを掲げていますが、その一つに「授産・更生の場の拡充(通所系施設の整備)」があります。

具体的には、民間社会福祉法人「夢ふうせん」の創設と施設整備、さらにはこれを起点として新たな施策展開を図るプロジェクトです。施設は来年1月着工、18年度末の竣工を目標にしています。国庫補助抑制という厳しい中ではありましたが、すでに国や都の財政支援も受けられることになっています。

この夢ふうせんプロジェクトが従来の取り組みと大きく異なるのは、カルチャーの異なる3つの運営団体・5つの作業所が一つに統合されて設立される点にあります。パンや弁当等の事業に携わってきた比較的軽度の知的障害者の方から、医療的ケアの必要な重度重複の障害者の方までが、同じ建物の中で一緒に活動していくことになります。

これらの団体は、これまで別々に事業を展開していましたが、無認可のまま今後も活動を維持していくことができるのか不安を抱えていました。他方、市財政も厳しく、団体の法人化と施設整備を個別に支援していくことは大変難しい状況にあります。そこでスタートしたのが、このプロジェクトです。本当はもっと多くの団体が一緒になれればよかったのですが、ともかくある程度まとまって力を合わせて取り組むのであれば、市として場所を提供し、施設整備と法人化を支援しますということで始まったものです。養護学校等の新たな卒業生の地域移行も視野に入れており、重度重複の障害者を含む新規受入枠も30人程度確保されています。

夢ふうせんでは、障害のある方とない方が、仕事を通してつながる仕組みも作っていけるよう調整を進めています。パンや弁当等、多くの人に求められる市場性のあるものを作り、収益を上げ、障害のある方が少しでも高い賃金を獲得できるようなかたちにしていく必要があります。施設が開設されて本格的な事業展開が始まれば、市の食堂や病院、学校給食等に向けた新たなビジネスチャンスも生まれてくると思います。

冒頭でもお話したとおり、日野市は「新選組のふるさと」でもあります。関連するイベントも多く、会場で販売するグッズなどを障害者の方たちが作る事業も始めています。また市内のすべての施設や作業所を横につなぎ、企業の下請業務を共同で受注する体制づくりにも着手しました。

今までは、障害者の授産事業を市場ベースに乗せるのは無理だとする考え方が一般的でした。これからは、彼らの作ったものがきちんと売れること、市場ベースの事業展開も可能なことを証明していきたいと思います。

夢ふうせんプロジェクトには、大勢の方々の力が結集されていますので、必ずいいものができると思っています。もうじき定年を迎えられる団塊世代の方たちを中心に、地域のマンパワーも高まりつつあります。こうした方たちが、障害者支援の活動に無理なく長く関わっていただけるような仕組みも作っていきたいと考えています。

▼ところで、さきほど日野市は「水と緑のまち」というお話がありました。農業にも力を入れておられるようですが、農業も障害者の働く場の一つとして考えておられるのでしょうか。

農家の数は減りましたが、今でもお米や野菜、果物を作っている方がおられます。日野市では、学校給食ではできるだけ地元の野菜や果物を使っています。

最近、市内に女性農業者の方の会が立ち上がりましたが、その方たちから「農業福祉」という言葉をお聞きしました。土と関わることは人間にとって大事なことであり、土と関わる活動を通して障害のある方や高齢者の方たちが生きがいを得ていく、そういう活動を表した言葉だそうです。

ご存じのように、都市農業では、後継者不足が問題となっています。市内には障害・環境・農業をテーマに、3障害を対象とする作業所と重度知的障害者グループホーム等を運営しているNPO法人があります。この団体は、作業所に通う障害者の方たちとともに里山や用水の保全、農作業にも取り組んでいます。

後継者不足に悩む都市農家と障害のある人が出会い、たとえばこの野菜を一緒に作ってみようという話になれば、これも双方の自立支援に結びつきます。

この意味で、農業を介したこの種の活動は大きな可能性を秘めており、まだまだ広げていくことができると思っています。

▼プランでは、乳幼児期から青年期までの障害児・者支援の拠点として、発達支援センター(仮称)の開設を計画されています。市町村レベルでの開設は珍しいと思いますが。

日野市には「希望の家」という、就学前のお子さんを対象に発達に係る各種相談とデイサービスを提供する施設があります。現在、軽度発達障害を含む、何らかの障害を抱えたお子さんが、30数名通われています。

これを再編し、関係機関と連携・調整しながら、小・中・高の児童・生徒までを対象にした発達支援を行うための拠点として整備していこうと考えています。都道府県や政令市では順次取り組みが進められていますが、市町村レベルでは珍しいと思います。

希望の家は、先ほどお話した夢ふうせんの隣にあります。周辺には市立の幼稚園・保育園、児童館、中学校もあります。ただ希望の家は、建物自体が古いので、一帯のあり方を見直し、生活・就労支援センターや障害者向けの初期診療施設などと一体化した施設整備を検討していきたいと考えています。

▼今、子育てに不安を感じていらっしゃる方は多いので、こういった施設の存在はたいへんに心強いと思います。発達支援センターの活動を通して、保健師その他の専門職の方たちの連携も大事ですね。

日野市では、昨年度から武蔵村山市にある専門の療育機関にお願いして児童発達支援事業を実施し、発達支援に係るさまざまな検証作業を進めています。

こうした作業を通して、健康課の保健師、希望の家の支援員、市内の保育園や幼稚園、小・中学校との相互連携の仕組みが作られつつあります。難しい面もありますが、こうした仕組みを作ることで、専門職の存在がもっと生きてくるのではないかと思っています。

▼最後になりますが、日野市では今後、障害保健福祉施策をどのように進めていこうと考えておられますか。

支えの必要な方には常に温かい手を差し伸べるというのが、これまでの市政の基本方針であり、この方針は今後も変わりません。

ただ一方で、地方分権や三位一体の改革、さらには障害者自立支援法の制定、特別支援教育への移行等の新たな動きもあります。特に、これまでの障害者施策は保護という考え方が支配的で、支援という視点が乏しかった。この点は、反省しなければなりません。

今後の課題として、障害の種別を超えて支えあう仕組みなり、仕掛けなりを地域に作り出していく、そんな必要があるように思います。団塊の世代や子育て後の女性の方たちが持つパワーを惜しみなく障害者支援に振り向けていただけるような仕組みづくりを通して、障害の有無を問わない共生社会を実現していく。そのための地域のネットワークづくりが重要だと思っています。

▼公的な責任を明確にしたうえで、市民との協働を通して、障害のある人たちが地域で暮らし、社会参加していくための具体的な取り組みのお話を伺うことができました。日野市の特徴を生かした障害者の手による日野ブランドの誕生や日野モデルの施策展開を楽しみにしています。本日は、ありがとうございました。