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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年12月号

障害者自立支援法案をめぐって

谷間の障害と障害者自立支援法

伊藤たてお

はじめに

2004年(平成16年)秋、「グランドデザイン」が発表されたときに一つの期待がありました。

しかし、その「グランドデザイン」がやがて「障害者自立支援法案」となり、具体的な内容が少しずつ明らかになるにつれ、疑問と問題が次々に出てきました。特に「応益負担」が大きな問題点ですが、全体として法案の内容が「自立支援」の理念と乖離しているように思えます。

「難病患者も身障並みの福祉サービスを」という強い願いがあることは事実ですが、「難病」の定義が明確でないままに難病が自立支援法の対象となることは、現在の難病=特定疾患という枠を固定化させることになりかねないからです。「難病」といっても国が研究対象に指定している「難治性疾患克服研究事業」(■表2■)の「121疾患プラス関節リウマチ」だけではなく、まだ他に多くの難病があり、その数すら明確ではありません。ましてその中から医療費の公費負担の対象とされている特定疾患治療研究事業の45疾患(■表3■)だけが「難病」と規定されてしまえば、他の多くの難病の患者さんとの格差もますます大きくなってしまいかねません。私たちは「難病」患者は現状のままで法律化され、新たな差別・格差をつくり出すことには反対しています。難病も障害も区別のない福祉サービスを受けることができる社会をめざして、自立支援法の改正期までの3年間にしっかりとした考え方をまとめたいと思います。

1.難病とは何か

難病は難しい病気プラス社会的背景、というようなもので、時代によって「難病」の定義は変わっています。疾病名として把握しきることも困難で人によっては200とか300、医学・科学の発展に伴っていくつにも分類されたりして、800とかいう人もいます。

難病の国の定義と対策は■表1■の通りです。医療費の公費負担の対象である45疾患の4つの要素として、1.希少性、2.原因不明、3.効果的な治療法未確立、4.生活への長期にわたる支障をあげていますが、同じ病名であっても軽症者が外されたり世帯の収入による自己負担格差を設けたりしています。

私たちは極めて希少な疾患や、社会的な不利あるいは差別を受けている疾患も「難病」の範疇として考えています。たとえば、高次脳機能障害やさまざまな代謝機能障害、顔や皮膚に症状の出る疾患、身長などで社会生活上の不利を伴う疾患、頻回に通院しなければならない疾患や偏見・差別のために就労困難な疾患なども当然対象とされるべきであり、むしろこれらの疾患はより福祉サービスを受けられるべき状態にあると考えています。

「難病」の抱えている問題を次のように分類してみました。

  • 医療、医学研究
  • 医療費負担の軽減
  • 生活上の課題(所得、就労、社会参加、就学等)
  • 介護
  • 福祉サービス
  • 社会的な偏見、差別

以上の分類から、自立支援法の対象とすべき分野は(1)と(2)を除いたものとするべきではないかと考えています。とりわけすべての患者に1割の定率負担を強いる自立支援医療は、生涯にわたって医療を必要としている難病患者や長期療養患者にとって大きな負担となることは間違いありません。

2.「障害の起因となる難病」について

障害者基本法の付帯決議において「障害の起因となる難病」の調査、研究について言及されていることで、それ以前に比べると難病患者への身体障害者福祉法の適用について一定の前進が見られたとの評価がありますが、具体的な効果や行政上の伸展は何ら見られませんでした。それは「障害の起因となる難病」のイメージが運動機能を伴う神経筋疾患を指したものだったからで、それら疾患の多くの患者はすでに身体障害者手帳の対象となっています。

臓器別、機能別では診断の難しい高次脳機能障害や、肝臓疾患、膠原病などの自己免疫疾患、大腸の病気、胆のうや膵臓などの臓器の疾患、先天性の諸疾患(代謝異常を含む)、難聴や片眼のみの失明・視力低下、皮膚疾患や白血病等の血液疾患と癌を残すのみと言っていいでしょう。

ではなぜこれらの疾患だけが今もって身体障害、精神障害者並みの福祉サービスから除外されているかということが問題で、それが解決されないままの「難病」の自立支援法入りは不自然なものと思います。現に年金法ではそれらの疾患、障害の多くが障害(基礎)年金の対象となっています。つまり、病気であってもその障害や日常生活の支障について、不十分ではありますが、計測し、把握することは可能になっているからです。

医学・医療の発展、社会の意識の変化や本人の稼働能力、社会的差別や偏見、QOLなど自立支援に則した新しい観点からの「障害者」福祉のあり方が今、切実に求められています。

3.福祉サービスの利用にあたっての「審査」と「基準」について

「難病」に関しては先に述べたように、非常に複雑多岐にわたる疾患群が対象となることから、果たして「審査」が可能か、という問題があります。疾病の特徴としてさまざまな症状の変化や進行、個人差、日内変動があり、それぞれの専門医による判断ならともかく、一般的な「審査」は極端に言えば不可能かもしれません。

日常生活やQOLの側面からの判断をするにしても、今までの障害者福祉の視点からではとかく、身体的な機能の障害(主に欠損、拘縮、固縮や脱力等)に評価が偏ってしまうのではないかと思われます。もし「難病」を入れるのであれば、今までと全く異なる視点、評価の「基準」を作らなければならないでしょう。

4.医療および医療費の問題

現在の公費医療は更生医療、育成医療、難病の医療費助成を含め、およそ30種類にものぼります。

身体障害者福祉法など戦後間もなく作られた法律による医療費助成は、当時の健康保険制度が不十分で、障害者に必要な医療の議論ができなかった事情を反映しているものと思われます。

昭和36年に国民皆保険が打ち出された以降も、それらの法律の主旨、目的を達成するために必要なものもあったでしょうし、また難病のように医療費の助成を目的として作られたものもあります。また、原爆やハンセン病、スモンやHIVのように国の責任が問われ賠償としての性格を持つものもあり、さまざまです。

しかし、それらの背景にはすべて健康保険制度の不備、不十分さがあることは明らかです。つまり健康保険の自己負担が大きいことや、給付率が低く(以前でも共済や政管健保本人以外の家族や国保の負担は2割、3割)患者や障害者が長期にわたってしかも高額な医療費負担をし続けることは困難だったからです。「お金の切れ目が生命の切れ目」と言われた時代でもあったのです。

時代が変わり、曲がりなりにも国民皆保険が普及している現在(実質4~5割負担)、50年前、60年前と同じように、各々の法律ごとに公費医療が乱立しているメリットはあるのでしょうか。むしろ複雑になりすぎて多くの人が利用できないでいる現実はないでしょうか。「自立支援医療」は必要なのか整理をする必要があるのではないでしょうか。難病を含めて今の健康保険制度を抜本改正して障害種別や疾病の違いによる医療費助成をなくし、生涯にわたる高額な医療費負担に苦しむことのない制度を作ることはできないのでしょうか。

原因の究明や治療体制を含めた「医療問題」と療養生活を支える「医療費問題」を切り離し、そのうえで自立支援法は障害者(難病患者も含め)の自立支援のための法律、福祉サービスの範囲に徹するべきではないかと思います。

5.三位一体改革と地域格差の拡大

自立支援法の施行にあたっては、自治体による審査会や自治体の財政問題などから地域格差が拡大するのではないかと懸念されています。現行の難病対策でも、このままでは対策自体を取りやめる自治体が出てくるのではないかと懸念されています。対象者の少ない難病の問題は、地域での理解も浅く、財政面からも対策縮小のターゲットになりやすいのです。

6.おわりに

今回の自立支援法は「とりあえずの改革」なのか、将来の大きな福祉改革のための「第一歩」なのかをよく見極めなければならないと思います。「とりあえず」にしても「第一歩」にしても障害者や患者、社会的な力の小さい国民にとって負担の増大になるものであってはならないと思います。

(いとうたてお 日本難病・疾病団体協議会代表)