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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年2月号

ITを使った取り組み

テレビ電話を使った
遠隔手話サポートサービス

藤生崇則

はじめに

聴覚に障害のある人にとって、コミュニケーションにはバリアがあります。たとえば聴覚障害者は音声電話を使うのが困難なので、遠く離れた人と会話することはできません。また、買い物をするときも、店員から十分な商品説明を受けられない、ということがあります。

これまでは、耳の聞こえる人とコミュニケーションをするためにはFAXやメールで何度もやりとりしたり、延々と筆談をしたり、またはわざわざ手話通訳者を伴って行くという方法しかありませんでした。しかし最近はITが発達してきたおかげで、もっと簡単にコミュニケーションすることが可能になってきました。

プラスヴォイス社では、会社のビジョンとして「コミュニケーションのバリアフリー」を掲げています。特に聴覚障害者が聴者(耳の聞こえる人)とコミュニケーションをするときのサポートを行っています。最近はテレビ電話を活用して、個人向けには「代理電話サービス」、企業・行政向けには「窓口サポートサービス」を提供しています。

電話におけるバリアフリー

個人向けの「代理電話サービス」は、聴覚障害者の代わりにプラスヴォイスのオペレーターが音声電話をかけるサービスです。聴覚障害者はプラスヴォイスにFAXやメールで用件を伝えるか、またはパソコンの文字チャットやテレビ電話をかけます。特に文字チャットやテレビ電話の場合は、聴覚障害者はオペレーターと文字や手話で会話をしながら、オペレーターが相手先に音声電話をかけます。そのため細かい調整が必要なやり取りも素早く簡単に行えます。

たとえば、

聴障者:「美容室に明日10時に予約を入れたいのですが」

美容室:「申し訳ありません、10時はいっぱいでして。12時はいかがですか」

聴障者:「12時はダメだけど3時なら…」

美容室:「わかりました。3時で承ります」

という会話をFAXやメールでやろうとするとかなりの時間と手間がかかるでしょう。しかしテレビ電話を使って聴覚障害者とオペレーターと相手先が同時につながって会話していれば、30秒もかからずに予約することができます。最近のITを使えば、コミュニケーションもスピーディになります。

代理電話サービスは、不在配達票が入っていた宅配便の再配達依頼、家電製品の修理依頼、美容院や病院の予約や出前など、さまざまなシーンで利用されています。これまで難しかった問い合わせや予約が、テレビ電話を使った代理電話サービスで簡単にすぐにできるようになりました。

なお、代理電話に対するニーズは高く、当社のweb上で実施した「聴覚障害者(ろう者・難聴者・中途失聴者)のテレビ電話・電話リレーサービスについてのアンケート」によると、代理電話を「利用したい」「料金や条件が合えば利用したい」と回答した人は64%に上っています。

窓口におけるバリアフリー

企業・行政向けの「窓口サポートサービス」では、聴覚障害のある方が自治体や企業の受付に来たとき、自分の用件を伝えたり、窓口担当者の話すことを理解したりするため、窓口に設置されたテレビ電話を通じて手話通訳を行います。現在は携帯電話の販売店の店頭や県庁、病院の総合受付等にこの遠隔手話通訳のサービスを提供しています。昨今の企業の社会的責任が問われる中、障害者に対する情報保障はますます重視され、今後、広がっていくものと考えられます。

経緯

プラスヴォイス社を設立した代表の三浦宏之の以前の仕事は司会業でした。あるとき聴覚障害者の結婚式の司会を頼まれ、その時初めて参列者たちが手話でコミュニケーションをしているのを見て、大きなショックを受けました。それから三浦は手話を学び、聴覚障害者のための事業を始めました。

最初は聴覚障害者へメール機能付きのPHSや携帯電話の販売を行いました。その事業を通して、聴覚障害者がPHSや携帯電話を使う際の課題やニーズを吸い上げ、メーカーに改善の提言をしたところ、その功績が認められて2001年には日本ITU協会から「ユニバーサルアクセシビリティ賞」を受賞しました。

しかし、この事業を通して、聴覚障害者が携帯電話を購入する際の課題も明らかになってきました。一般の窓口では手話ができる店員がいないので、十分な商品説明を受けられないというものです。そこで、その頃ようやく普及してきたブロードバンドの高速回線と高性能のテレビ電話を利用して、遠隔手話通訳による窓口サポートサービスを始めました。このノウハウを活かし、一昨年に個人向けの遠隔サポートサービスである「代理電話サービス」を始めました。これ以前にもテレビ電話はありましたが、それはコマ送りの映像しか送れず、手話でのスムーズな会話は不可能でした。このサービスもITの発達によって可能になりました。

災害時の情報確保

2004年10月に発生した新潟県中越地震では、聴覚障害者の安否確認や情報確保の場面で携帯電話のメーリングリストが大変役に立ちました。震災時の情報はテレビであっても音声が中心で字幕がなく、聴覚障害者は十分な情報を得られませんでした。また、停電や家屋崩壊で、いつも使っているFAXが使えないというところもありました。その点、携帯電話でのメールは避難所でも使えて聴覚障害者でも情報を受け取ることができました。

プラスヴォイス社では地震発生直後に被災地の聴覚障害者および関係者のためのメーリングリストを立ち上げ、メールによる情報提供と情報交換を行いました。また、ホームページでメーリングリストへの登録を受け付け、多くの人が参加できるようにしました。この結果、180人の聴覚障害者の安否確認ができました。

また、NHKが東京のスタジオから被災地の聴覚障害者へインタビューをするときにも当社の代理電話サービスを利用しました。被災地(新潟)の聴覚障害者と当社(仙台)の手話通訳者はテレビ電話を通して手話で会話をしながら、当社とNHKスタジオ(東京)は音声電話で会話をし、生放送でインタビューすることができました。

新潟県中越地震では携帯メールやホームページ、テレビ電話といったITを活用して情報支援を行いましたが、この中で感じたのは日頃の備えが大切だということです。災害時にITを最大限活用するためには、みんなが日頃から防災意識を持ってITを使うネットワークを構築して、それに使い慣れておくことが必要です。災害に遭ってから構築するのでは間に合いません。

将来像

今後はテレビ電話をはじめとするIT技術を活用した通信が普及し、障害の有無に関わらず、だれもが遠くの人とすぐにコミュニケーションできるようになるでしょう。そのためのツールやサービスももっと充実してくるでしょう。

ところで、現在では窓口サービスのコストは、その窓口の企業・団体が負担していますが、代理電話サービスの費用はサービスを利用している聴覚障害の方が負担しています。このようなコストは本来、社会全体で負担していくべきものと考えられますが、日本ではまだそれが実現していません。アメリカでは1990年にADA法ができてから、通信事業者は電話リレーサービスを提供しなければならない、と規定されています。

このような聴覚障害者と聴者のコミュニケーションのコストをだれが負担するのか、という議論をするとき、私はある聴覚障害者の「私たちが得たものを耳の聞こえる人たちに伝えたい」という話を思い出します。つまり、障害がないゆえに得られないものがある、ということです。

バリアフリーは単に不自由な人を助けるという温情的なものではないと思いますし、バリアは悪いものだから撤去すべき、という観念的なものでもないでしょう。バリアは、障害のある人にもない人にも両方に対してバリアであり、そのバリアをなくしてコミュニケーションをすることで、お互いに与え合うことができるのだと考えます。これこそがバリアフリーを進める意義であり、実益であると思います。そのことから、コミュニケーションのバリアフリーコストを障害者だけに負担させる現在の形からの脱却が求められます。社会全体で負担していくことで、より多くの人がこのサービスを利用することができ、お互いの生活向上につながると思います。日本の今後の成熟が求められます。

(ふじうたかのり 株式会社プラスヴォイス)