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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年2月号

列島縦断ネットワーキング【群馬】

群馬県精神科救急情報センターの挑戦
~地域を支えるアウトリーチ活動を実践する~

勅使川原洋子

精神科救急情報センターという名称を聞いて、どのような機関を思い浮かべるでしょうか。

精神科の場合は、急に具合が悪くなった時、興奮し暴れるなどの事情があると、本人の同意も取れないことから、救急車の使用は困難になります。

では、急に精神症状が悪化し興奮して、「自分を傷付けたり、他人にけがを負わせたり」《自傷他害行為》する人は、どのような手段で医療機関にかかることになると思われますか?

当センターは、主にこうした精神科救急事例に対応する機関です。精神科救急システムは全国的にもまちまちで、その体制はあまり整備されていない自治体も多く、対応に苦慮している実情があります。群馬県は他県に比べ、システム・人員など体制が整備されているといっても過言でないと思います。しかし、この体制になるまでは紆余曲折がありました。

◆精神科救急情報センターの新生

平成12年の「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(以下精神保健福祉法)の改正により「移送業務」(通報受理から搬送、診察、入院まで)が県知事の責務と位置づけられて以来、群馬県では、県内11か所の保健所が、警察官からの通報を受け、事前調査から入院決定まで、休日を問わず午前8時30分から午後10時まで行っていました。保健所の管理職が毎日携帯電話を持ち、通報への慣れない対応を強いられていました。また、通報対象者の搬送に際して、狭い公用車内で対象者が暴れ、職員がけがをするという事故もありました。

こうした状況から、県保健予防課と県警察本部生活安全課との移送業務の役割分担における意見の対立が半年以上続き、業務の遂行に支障を来す状況となったため、県総務部長の仲裁により拡充設置の方向が打ち出され、24時間、365日稼働の精神科救急情報センターが、平成16年1月に誕生しました。その後、平成17年4月1日に現在の組織に改正され、こころの健康センターと救急情報センターが一体化し、こころの健康センター業務を行いながら、救急情報センター業務の三交替勤務と救急の出動当番をこなす体制になりました。現在の職員数は、医師4人、保健師8人、事務職員18人、嘱託職員6人です。

平成16年度の全国の通報総数は、約13,700件、群馬県でも、約250件です。

日々精神科救急の現場は、動いているということです。

◆精神科救急情報センターの業務

群馬県の場合は、主に自傷他害などの精神科救急の通報(精神保健福祉法的の警察官からの第二十四条通報、検察官からの二十五条通報、矯正施設(刑務所等)の長からの二十六条通報)は全県から当センターに入ります。

精神科救急業務の一連の流れは、通報の形態によらずほぼ同じになっています。

具体的に一番件数の多い警察官通報を例にとりますと、自傷他害行為により110番通報があると、警察官が現場に行き、本人を保護した後、本人や家族から事情等を聞きます。この時、精神症状による行為であると警察官が判断を下すと、通報が当センターに入ります。

これを受けて、センター職員は通報対象者を保護している警察署に出向き、精神症状による行為の有無の調査を行い、調査結果により診察が必要と判断した場合、指定した精神保健指定医による1回目の診察(一次診察)を実施します。その結果強制入院が必要と判断されると、当センターで対象者を病院に搬送します。次に、搬送先の病院で2回目の診察(二次診察)が実施され、再度強制入院(措置入院)の適否を判定し、2人の診察医の結果が一致した時、措置入院(県知事命令による強制的な入院)になります。

群馬県の特徴として、事前調査を特に重視し、保健所等で精神保健福祉業務に従事してきた保健師が、かなり詳しく調査を行います。さらに、診察実施の要否についても、救急情報センターの精神科医師が助言し決定されます。

事前調査や措置診察を適正に行っているので、実際に措置入院になる割合は、群馬県で平成16年度は通報件数の約15%でした。

◆アウトリーチ活動の始動

救急情報センターの活動目的は、精神症状による自傷他害行為のあった精神障害者の警察官通報に迅速かつ人権を保護しつつ対応することと、さらに、通報を減らすことです。

この目的を達成するためには、通報により入院治療等に結びつけるだけでは、通報自体を減らすことはできません。精神症状の悪化している人を、通報になる前に的確な情報を得て、事前に支援することが必要となります。

また、繰り返し通報となる「通報リピーター」に対し、再度の通報を防ぐことも必要です。

県内1か所の救急情報センターが、全県を網羅した予防活動を実践するには、保健所を地域活動の核として、それをバックアップすることが有効な方法でした。

また、保健所でも、相談件数の増加に加え、問題が複雑化し単独の解決が困難な状況もあり、救急情報センターとの協力体制が必要でした。

こうしたことから、救急情報センターが、地域に出向く「アウトリーチ活動」を実践することになりました。また、この活動は、保健所の地域活動をしていた保健師が救急情報センター業務を担ったことも、アウトリーチ活動を可能にしたと言えます。

◆アウトリーチ活動の実践

アウトリーチ活動の実際は、予防活動として地域に出向くものです。県内を4ブロックに分け、医師、保健師、事務職員の全員が、地域に責任を持てるよう、地区を担当する方法を取りました。そして、担当する地域に出向き、ケースの相談、訪問、処遇検討会を行いました。

◆アウトリーチ活動の実績・効果

平成16年度の実績は、相談等1,828件、訪問161件、処遇検討会203件でした。

特に処遇検討会は、救急対応で入院した患者の退院時や問題発生時に随時行っております。通報等により入院した場合、原則として、全ケースについて退院時処遇検討会を行います。参加者は、本人、家族、保健所保健師、市町村(保健師、生活保護ワーカー)、訪問看護師、施設職員、警察官等の関係者で、ケースごとに参加者が変わります。関係者で問題を共有し、地域生活を送るための支援の方法を具体的に話し合います。これは、かなり効果がありました。

その効果をみるために、複数回の通報者で、処遇検討会を実施したケースを抽出し、治療状況を経年的に見てみました。対象となったケースは14例でした。効果は歴然と認められました。処遇検討会以前の治療状況とその後の治療状況をみると、今まで、中断しがちであったり、退院後全く治療しないで迷惑行為や暴力行為で、再度通報されていたケースが、処遇検討会を実施したことで、通院治療が継続し、状態が安定しているものが、10ケース(70%)に及びました。

これまで、精神科救急の対象者は、「処遇困難者」であり、なかなか訪問しにくく、地域ケアの対象にならなかったケースです。アウトリーチ活動の実践により、こうしたケースも地域活動の対象にしたことで、地域に住む「みなさん」を支援していると言えるのではないでしょうか。

また、救急業務と日常のアウトリーチ活動を有機的に結びつけることは、精神障害をもつすべての方が、より地域で暮らしやすくするために役立つものと確信します。

(てしがわらようこ 群馬県こころの健康センター・救急情報センター)