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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年4月号

フォーラム2006

高等教育機関における聴覚障害学生支援の新たな動き

白澤麻弓

はじめに

近年、高等教育機関で学ぶ聴覚障害学生への支援がにわかにクローズアップされるようになりました。大学がボランティアの学生を募集して講習会を開催し、聴覚障害学生の講義受講を支援するノートテイカーを養成・派遣する、そんな支援体制が一般の大学・短期大学に広がりを見せているためです。加えて、学内に障害学生支援のための委員会が設置されることも珍しいものではなくなり、先駆的な大学では手話通訳等の専門的技能を持つ職員を配置するなどの取り組みも行われています。

10数年前、筆者自身が聴覚障害学生支援に関わり始めたころは、聴覚障害学生本人が友人を集めて手話やノートテイクの方法を教え、授業のサポートを依頼するのが常でした。ノートテイカーに謝金を支払っているごく一部の大学が、聴覚障害学生に優しい大学としてもてはやされた時代です。あれから10数年の月日を経て、高等教育機関における障害学生支援は、大学による公的保障という新しいステージに足を踏み入れつつあります。

本稿では、変わりつつある聴覚障害学生支援の様相に焦点を当て、その現状と課題について述べるとともに、聴覚障害学生支援のさらなる発展のために設立された高等教育機関同士の連携ネットワークの取り組みについて紹介します。

高等教育機関における聴覚障害学生支援の現状

障害学生の高等教育については長い間実態がつかめず、高等教育機関で学ぶ障害学生の数すら正確に把握されていない状況にありました。しかし、90年代中盤以降、毎年継続的に全国調査を行っている全国障害学生支援センター(旧:わかこま自立生活情報室)(5)に加え、2000年以降は国立大学協会(1)、日本障害者高等教育支援センター(3)などによる大規模な全国調査が実施され、断片的ではありますが、その実態が浮かび上がってきています。

筆者の所属する筑波技術大学障害者高等教育研究支援センターでも、日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan;後述)の協力を得て聴覚障害学生支援に特化した全国調査(4)を実施していますが、最近では日本学生支援機構(2)が国の行政機関として初めて障害学生の実態を把握したことが大きな話題に上っており、ようやく障害学生支援に社会的なスポットが当てられるようになってきたことがわかります。

これらの調査の結果、全国の大学・短期大学の約50~60%に障害学生が在籍しており、障害学生の修学を支える支援のうち、とりわけ全学的な支援体制の整備が進みつつあることが明らかになっています。特に、2000年以降急増している障害学生支援委員会等の専門組織の設置数は、全国の大学・短期大学の6~10%程度に上っており、日本学生支援機構(2)の調べでは114校(回答校全体の11.4%)に設置がなされています。同様に障害学生支援のための専任スタッフの配置についても、30校程度の報告があり、少ないながらも大学として本格的に障害学生支援に乗り出そうとする姿勢がかいま見れます。

また、大学における障害学生支援はハード面の整備が先行してきましたが、近年講義における補助者の設置などソフト面での支援が高まりつつあることも明らかになっており、講義の受講に大きな悩みを抱えてきた聴覚障害学生にとってはようやく明るい兆しが見えてきたと言えます。

聴覚障害学生支援の実態については、白澤(2005)(4)の結果から、全国の大学・短期大学のうち約30%(237校)の大学に聴覚障害学生が在籍しており、その約半数(132校)で何らかの形で大学が関与したノートテイクによる支援が行われていることがわかっています(■図1■)。このうち6割(89校)の大学・短期大学で、ノートテイカーに対する謝金が支給されており、5割近い大学で事務職員によるノートテイカーのコーディネート(74校)およびノートテイカーに対する養成講座の実施(71校)がなされているようです。

しかし、大学による支援の取り組みが広がり、定着しつつある一方で、依然として何ら公的なサポートを受けることができない聴覚障害学生が多数存在するのも事実です。前記の調査でも、少数ではありますが、聴覚障害学生の家族がテープ起こしを担当するなどといった例も報告されており、いまだ個人の努力によって学業を続けざるを得ない聴覚障害学生の姿も浮かび上がってきます。

また、ノートテイク等の支援を実施している大学であっても聴覚障害学生の希望するすべての授業に支援が提供されているとは限らず、特に語学やゼミ・実習等の支援は大きな課題として残されています。たとえノートテイクによる支援が得られる場合であっても、ノートテイカーの技術レベルや授業環境によっては十分な情報が得られないこともあり、手話通訳やパソコン要約筆記などより多くの情報を伝えられる手段も一部取り入れられてはいますが、支援に要する専門技術の高さからまだ十分大学内に普及しているとは言えず、より専門的な支援を行う人材の養成とサービスの拡大が重要な問題になっています。

日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)の設立

前項に述べたような問題を解決し、より多くの大学で聴覚障害学生が学ぶ環境を作っていくためには、現在少し出遅れている大学を底上げし、すべての大学で何らかの支援を提供できる体制を構築するとともに、現在一般的に行われている支援体制についても、より充実したものに発展させていく必要があります。そこで、本学障害者高等教育研究支援センターでは、2004年10月より、これまで聴覚障害学生支援に対して先駆的な取り組みを行ってきた12大学・機関※とともに、日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(以下、PEPNet-Japan;The Postsecondary Education Programs Network of Japan※※)を立ち上げ、より質の高い支援モデルを構築するための実践的な取り組みを行い、その成果を他大学に対して発信してきました。

活動の柱は、年複数回実施している関係者会議の場における連携大学・機関同士の情報交換にあり、この他、シンポジウムの開催やアメリカ等の聴覚障害学生支援先進国への視察、聴覚障害学生支援のためのマテリアルの開発、メーリングリストを通した他大学との情報交換などを行っています。これまでに実施した5回の関係者会議では、各大学の取り組みについて報告しあうとともに、前述の全国調査の結果や数回にわたって実施したアメリカ視察の成果報告、ノートテイカーやパソコン要約筆記者の養成カリキュラムに関する検討等を行ってきました。

また、昨年10月には第1回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウムを開催し、160人以上の関係者とともにわが国の聴覚障害学生支援がめざすべきモデルについて熱い議論を交わすことができました。現在はこうした先進大学が持つノウハウを全国の大学に広げるための3つの事業を展開しているところで、来年秋の完成をめざして事業運営会議を重ねています。各事業の概要は■図3■の通りです。

今後の展望

これまで、高等教育における聴覚障害学生支援については「公的保障」の実現がひとつの大きな目標とされてきました。しかし、大学が自ら立ち上がり、ノートテイカーの養成や派遣を進めるなど聴覚障害学生が願ってやまなかった「公的保障」が一部実現されるようになってきた今、単なる講義保障の普及のみでなく、その質的向上やサービスの拡大が強く望まれます。聴覚障害学生が受講するすべての大学講義においてノートテイカーを配置することは、現在の聴覚障害学生支援にとって大きな目標のひとつかもしれません。しかし、それは単なる通過点に過ぎないことを我々は肝に銘じなければいけません。聴覚障害学生が大学生活において真に持つ力を発揮するために、より専門的な支援サービスの導入と拡大を求めて、2歩も3歩も時代の先端を切り拓く覚悟が求められています。

(しらさわまゆみ 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター)

●日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)事務局

〒305―8520 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター支援交流室聴覚系WG内

http://www.pepnet-j.com

※PEPNet-Japan連携大学・機関

宮城県・仙台市聴覚障害学生情報保障支援センター、関東聴覚障害学生サポートセンター、メディア教育開発センター、群馬大学、東京大学バリアフリー支援室、静岡福祉大学、愛知教育大学、日本福祉大学障害学生支援センター、同志社大学学生支援センター、広島大学、愛媛大学、福岡教育大学

※※PEPNet-Japanは、日本財団の助成によるPEN-International(本部:アメリカ合衆国ロチェスター工科大学NTID内)の事業の一部です。

〈引用文献〉

(1)国立大学協会(2001)国立大学における身体に障害を有する者への支援等に関する実態調査報告書.国立大学協会.

(2)日本学生支援機構(2006)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査報告書.

(3)日本障害者高等教育支援センター(2004)大学内の支援(サポート)組織に関するアンケート調査報告書.日本障害者高等教育支援センター.

(4)白澤麻弓(2005)一般大学における聴覚障害学生支援の現状と課題~全国調査の結果から~.第2回「障害学生の高等教育国際会議」(於・早稲田大学国際会議場),予稿集pp.9―10.

(5)全国障害学生支援センター(1994~2005)大学案内障害者版.全国障害学生支援センター(旧:わかこま自立生活情報室).