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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年4月号

列島縦断ネットワーキング【福岡】

エスネットくるめ「自立セミナー」と
障害がある本人たちの会「みんなの会」の成長

上田潤子

「エスネットくるめ」と「みんなの会」

エスネットくるめは、「障害者が働き、暮らしやすいまちづくり」を目的に活動しているNPO法人です。障害がある人たちが働き続けるためには、生活面のサポートが重要になることから、福岡県久留米市周辺の就労支援機関と生活支援機関がネットワークをつくり、当事者、家族、市民が加わって、2003年にNPO法人となっています。

またエスネットくるめの中に、障害がある本人たちの会「みんなの会」があります。この会のメンバーのほとんどが知的障害のある人で、福祉施設や就労支援機関の支援を受けながら一般企業で働いています。このメンバーたちの自立のための取り組みを、エスネットくるめのスタッフがサポートしています。

本人たちの「みんなの会」の始まり

この「みんなの会」は、理事の1人が「徳島ともの会」を訪問したことに始まります。ここでは一人暮らしをしている人や、結婚をしているカップルが多く、また生活支援の人たちがこのカップルを当たり前のように支援していることに、この理事は驚いたと言います。今まで、「親から離れて暮らしたい」とか「結婚したい」というニーズを障害のある人たちからほとんど聞いたことがなかったからです。久留米に帰り、メンバーとなる人たちに自分たちの将来をどう考えているか聞き始めました。それがエスネットくるめ「みんなの会」の始まりです。

しかし最初は「将来どうするつもり?」と聞くと、「結婚はしたいけど、なんか、いかん気がする」「赤ちゃんは病気がうつるけんダメっちいわれた」などの言葉が返ってきました。「みんなの会」のメンバーの声はとても小さなかぼそいものでした。それでは、「まず、自分たちの将来についてどんな選択肢があるのかを勉強するところから始めよう」と、自立セミナーが始まったのです。

まずは「みんなの会」のメンバーが実行委員会をつくって、自分たちは将来何をしたいのか、夢の確認を行うことから始めました。そして、そのためにどんな勉強をするべきなのか10回程度の話し合いやリハーサルを重ね、そして自立セミナーを行います。このセミナーには、地域の人にも広く参加していただけるよう開かれたセミナーです。今までに1年に1回、4回開催しています。当日は、ボランティアのサポートを受けましたが、司会や講師の接待、受付など「みんなの会」のメンバーが行いました。

自立セミナーの取り組み

第1回の自立セミナーは、「みんなの会」結成のきっかけとなった徳島から、知的障害があるご夫婦に登壇してもらいました。話を聞くだけでは分かりにくいので、ビデオで2人の生活も少しのぞかせていただきました。また、私たちの地域で一人暮らしを始めた知的障害の男性にも、ビデオで生活の様子を紹介しながら、話をしてもらいました。第1回の自立セミナーは本人や家族、支援者を中心に240人が参加する大きなものになりました。この規模のセミナーを成功させたことで、「みんなの会」のメンバーは大きな自信を持ったようです。

第2回のセミナーでは、子育てをしている知的障害がある夫婦に話をしていただきました。この夫婦のお子さんはこのとき2歳、生活支援センターのワーカーと、保健師が2人の子育てを支えていました。参加者の中には「これから先の支援体制に不安を感じた」という人もいて、長いスパンでの支援を可能とする地域づくりが必要であるという議論になりました。

第3回セミナーでは、「みんなの会」のメンバーが会社で働いている様子を、ビデオを交じえながら本人が発表しました。また性教育の北沢杏子さんを講師に招いて、ワークショップを開催しました。

第4回となる今年の自立セミナーでは「カップルをどう支援するのか」というシンポジウムを行いました。知的障害がある子どものお母さんは、恋人との交際を4年続けている息子さんについて「子どもができてしまったら…」と不安を語りながらも、「息子は言語障害もあるけど、彼女と付き合うようになってからものすごくコミュニケーション能力が伸びた。けんかしても、電話で彼女に『愛しているよ、ごめん』と相手をなだめようとしている。息子は、彼女がいないと自分の毎日が暗くなると言う」と、恋愛の力を語ってくれました。

宿泊体験というチャレンジ

自立セミナーを開くようになってから、「みんなの会」のメンバーに「将来の夢は?」と聞くと、「一人暮らしをすること」「結婚をすること」などの言葉が返ってくるようになりました。しかし、では具体的に何をどう行動すればよいか分からず、一歩踏み出すことができずにいました。

大きな転機は、今年行った宿泊体験だったと思います。「親と離れて暮らす」ことを体験するために、2週間、世話人つきのアパートから出勤するというチャレンジを行いました。宿泊体験を終えると彼らは大きく変わりました。体験を終えた人は、夢を実現するためのステップを具体的に考えられるようになるようです。「もう半年ぐらい宿泊体験する。そしてまず友達と2人でアパートで暮らす。ヘルパーさんに手伝ってもらいながら料理を覚えて、1年後には結婚したい」というように、自分の将来を語るようになりました。

また宿泊経験者は、他のメンバーに対して積極的にアドバイスをするようになってきました。初めての宿泊体験に不安を持つメンバーに、「洗濯も、自分でせな、意味ないやんか。がんばりーよ」と経験者ならではの声をかけています。また「うちの子は何もできないので、迷惑かけますから」と宿泊体験をためらうお母さんに対しても、「大丈夫、何でも教えてもらえるから」と声をかけます。以前なら支援者が言っていた言葉です。

セミナーの成果とこれからの課題

「親がいなくなったらどうなるんだろう?」と、本人も家族も漠然と不安に思いながら、先延ばしにしてきた、いつかは親から離れて暮らしていくときが来るということ。自立セミナーは、その不安を先延ばしするのではなく、今、考えるきっかけを作り出してきました。そして、実際に少しずつ親から離れる方向へ歩み始めたことは、この4年間の大きな成果です。

最近、「みんなの会」のメンバーで交際をする人が増えています。自分たちの恋愛はタブーではないという雰囲気が広がっている気がします。しかし今後の大きな課題は、結婚や性の問題について、どう支援体制を強化していくかです。「避妊を彼らに分かるように、実践的に教えるにはどうしたらよいか」「子育てを長いスパンで支える体制作り」など、まだまだ取り組んでいかなくてはいけない課題があります。

かけたはしごを外さないために、エスネットくるめのネットワークで、彼らが実際に一人暮らしや結婚をするときに支える体制を、地域の中に整えていきたいと思います。

(うえだじゅんこ エスネットくるめ)