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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年4月号

文学にみる障害者像

セバスチャン・ジャプリゾ著
『長い日曜日』

桐山直人

フランスの作家でシナリオ・ライターでもあるセバスチャン・ジャプリゾ(1931~2003)による1991年の作品、映画「ロング・エンゲージメント」(2004年)の原作である。

物語は第一次世界大戦中の1917年、ドイツ軍とフランス軍が対峙するフランス北部の塹壕から始まる。この戦場で、銃で自分の手を撃ち、その怪我・障害による除隊を図った5人のフランス兵が処刑される。その中の1人マネクの婚約者マチルドは彼の死を信じられず、そこで起きたすべてを知りたくて調査を始め、生存者がいるという噂の真偽を確かめていく。謎解きの小説である。

マチルドが調査を開始するのは、戦場でマネクに会った元国防軍の伍長から手紙を受け取った1919年、19歳の時である。主人公マチルドは車椅子を使っており、一歩も歩けない女性障害者である。謎解きの展開には、主人公を障害者に設定する必要はないように思われる。しかし、約400頁の長編を読者が一気に読めるようにするために、作者は「障害」に読書欲を高める働きを担わせている。

マチルドとマネクの愛をめぐる係わりと、マチルドの障害の原因や症状を語ることを物語の中盤に設定している。読者に「どんな恋をした2人なのか」「マチルドの障害はどんな様子なのか」という思いを持たせながら、戦場での複雑な人間関係を描く前半を読み進ませる。そんなマチルドが伍長に会いに出かけ、後半ではマネクと係わりのあった人に会うためにフランス国内各地を訪ねる。それは刑事の事件追及を思わせるほどアクティブ、行動する女性障害者が主人公の小説である。

マチルドは3歳5か月の時、五段の脚立のてっぺんまでよじ登り、そして転落した。母親が他のことに気を取られた隙である。両親は娘をチューリッヒやロンドンの病院へ連れて行くが医者に「脳の命令は脚まで届いていない」と言われ、魔術・催眠術を試した。「脊椎のどこかで電流が切れてしまっている」障害である。今から約90年前のフランスに暮らす「脊椎損傷」障害者のマチルドに、刑事並みの行動をさせるために、作者はさまざまな工夫をしている。そこに作者ジャプリゾが考えた障害者の生活のあり方、物語における障害の位置づけを探ってみよう。

マチルドは自家の別荘で過ごし、使用人夫婦が面倒を見てくれる。2人とも45歳、第二の親のような温かな目でマチルドを見つめ、さまざまな介護を行う体力がある。抱き上げて大型のプジョーに乗せ、車椅子を押してどこへでも連れて行ってくれる。そして陽の下ではパラソルをさしかけ、人と会う時にはそっとその場を離れてくれる。

作者は、主人公が障害をもちながら生活するために、仕事ではあるが仕事を超えた親身な援助ができる「人」を身近に配置している。

移動

別荘には握りのような物を要所要所に取り付け、外の小道は舗装して車椅子の移動を便利にしている。パリの家には呼び鈴を付け、小型のエレベーターを備えることで何とか自分でできる環境を作っている。車椅子の買い換えが記述され「以前のよりも頑丈で、はるかに扱いやすい、戦争で体が不自由になった者たちのために特別に考え出された車椅子」を使っている。車もプジョーから、サスペンションが優れ快適さも一段上のドゥラージュに買い換えている。戦場跡を訪ねる時には、車椅子を鋼鉄の棒二本と蝶ナットを使って改造し、2人で担いで荒れた広野を進んで行く。

作者は、マチルドにできるだけ自立した生活をさせるために住宅を改造し、さまざまな場所へ調査に出かけるために車椅子・自動車を買い換えるなど、「移動」が容易となる設定の下に物語を展開している。

情報

調査に行き詰まる娘を見かねた父親は、大手の新聞や尋ね人欄のある兵士向けの雑誌に情報提供を求める広告を出すことを提案する。広告はマチルドにさまざまな有効な情報をもたらす。それによって生じた新たな疑問や自分ではできない調査は、探偵と自家の顧問弁護士に電話で依頼する。手紙や電話で調査結果がマチルドに知らされてくる。

作者は、マチルドにできないことは他者に依頼し、「情報」の活用によって障害を補おうとしている。

お金

マチルドの父親は建設業、パリ一六区の大広間がある家に住み、カップ・ブルトンに別荘を持つ資産家である。戦後は復旧工事のおかげで、さらにお金を稼ぐ頼もしい父親である。マチルドを支える「人」「移動」「情報」はどれも父親の豊富な「お金」の力によるものである。

作者は、マチルドをお金持ちの家の娘に設定することで、脊椎損傷による運動障害を「お金」を使って補っている。それにより、物語の進行が障害によって滞ることがない。障害を感じさせない展開となっている。

一方、お金によらないでマチルドの障害を補うものも設定している。

他者との関係性

業務を依頼された探偵は、マチルドとのやり取りを経て、やがて手紙の末尾に「忠実な友人にして熱烈なファン」と書き添えるようになる。困難な調査を頼まれた弁護士は「ねえ、マチ、私は君のことがよほど好きなんだねえ。ほんとに、よほど」と電話口で呟き、引き受けてしまう。

作者はマチルドを「強情」「楽天的な気質」と設定するとともに、係わる人だれもが好意を持って協力したくなるような魅力を持つ女性として描いている。

2人が初めて出会ったのは、マチルドが10歳、マネクが13歳、車椅子に座ったマチルドを見てマネクは尋ねた。「歩けないの?」「友達はいる?」「友達になってあげようか?」「君をおぶって1日じゅうだって歩ける。水泳だって教えられるぞ」

マネクは車椅子など初めて見たことであろう、最初の素朴な疑問を本人に「歩けないの?」と語りかける。それはマネクが不自由な人に関心を持って、何か力を貸してあげたいと思う優しい心の現われである。マチルドを湖へ連れて行って、背中に乗せて泳ぐ。自分が楽しいと思うことをマチルドにも体験させる。そんな係わりはやがて愛になる。マネクが17歳、召集されることになって2人は抱き合って泣き、このままいつまでも愛し合おうと固く誓い合った。戦争から帰ったら結婚しよう、それまで辛抱強く待とう、と。

作者は、障害を含めたそのままの自分を認めてくれる人がいて、大切にされて楽しい経験を共有し「愛されている実感」を持った時、自分の身体の弱さを上回る心の強さが生じることを描いている。

物語の核となる言葉と障害

物語の最後1924年、マチルドは別名で生きていたマネクと再会する。正気をなくし、記憶を完全に失っている。調査結果と再会した際の様子からは知的障害を感じさせる。マネクは、訪ねてきたマチルドに気づくと近寄ってくる。だれだか分からない。しかし、車椅子を見てマネクは「歩けないの?」と尋ねた。子どもの時、初めて出会った時にマネクが言ったのとまったく同じ言葉であった。マネクの心は何も変わっていないのである。記憶をなくし、以前とは違ってしまっているマネクであるが。最後の一文は「マチルドはマネクを見つめ続けた――」。その後の物語の記述はない。

作者は、障害がきっかけで始まった2人の物語を、障害に気づいて最初に出るその人の気持ちを表現する言葉で締めくくり、読者に感動を与え、2人を未来につなげている。

(きりやまなおと リハビリテーション史研究会)

〈文献〉セバスチャン・ジャプリゾ『長い日曜日』田辺武光訳、東京創元社、1994年