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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年4月号

ワールド・ナウ

「隔離政策」で保護される障害者たち
―カザフスタンの障害者政策―

山口和彦

この3月、第8期「ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業」の候補生に面接するため、カザフスタンの前首都アルマティ市を訪れた。アルマティ市はシルクロードで有名な天山山脈に囲まれた盆地で、中央アジアのビジネス、文化、学問の要所として発展している。低く垂れこめた車の排気ガスなどの汚れた空気がまちの陽光を遮る。バスを待つ10分ほどの間でも衣服にほこりがつく。道路に面した建物の外壁もこうしたほこりのせいか、一様に灰色がかっている。

日本の約7倍以上の面積を持つカザフスタン。国土のほとんどはロシア国境と接し、今回私たちが訪れたアルマティ市は中国、キルギスの国々と国境を接している。世界で9番目といわれるこの広大な国土に人口はわずか1,484万人だという。半数以上がカザフ人で、ロシア人が約3割を占める。ほかには、ウクライナ人、ウズベク人、ウイグル人などが居住する。長年ロシア帝国の支配下にあったため、公用語としてロシア語が使われている。

統計によると、障害者は413,600人で、視覚障害者は19,700人といわれる。法律によると、視覚障害者は大別して三つの等級に分けられている。1級は全盲、もしくはそれに準ずる人。2級は読み書きができて、介助なしで外出できる人。3級は就労に支障のない程度の障害をもっている人となっている。

カザフスタンには国内14地域に盲学校があり、そのうち寮が完備された公立盲学校が9校ある。生徒は同じ建物に併設された寮から学校に通う。家が近い生徒は週末に親元へ帰宅することもあるが、盲学校が自宅から遠い場合は冬休みなど長期の休みのときに帰宅する。

アルマティの中心から30分ほど車で行ったところに第4盲学校があった。そこには視覚障害者の施設だけでなく、聾学校や養護学校など他の障害者施設も同じ所に建てられていた。ソビエトの隔離政策時代にできた第4盲学校は、カザフスタンでも最高級の水準を誇る。カザフスタンの教育は、小・中・高校各4年制。広い敷地に小学生から高校生レベルまでの生徒、約230人が楽しそうに勉強していた。寮をはじめ、講堂、体育館など要所にピアノが設置されている。構内には約250人が収容できるシアターもあり、音楽や演劇などに力を入れていることがわかる。施設面では、日本の盲学校をしのいでいるように感じた。

生徒たちは勤勉で、なかには数か国語を話せる子どももいる。奨学金を受けて大学へ進む視覚障害者もいるが、大学側が視覚障害者に対して特別な配慮をすることはなく、入学後も勉強を続けていくには大変のようだ。大学に入学しても点字のテキストや、音声によるスクリーン・リーダーを装備したコンピューターがない。ほとんどの学生は音読サービスを受けるために点字図書館に通っている。カザフスタン国立外国語大学を訪問したが、視覚障害の学生たちは、点字図書館にテキストや本を持ちこみ、リーディングサービスを利用しながら勉強している。大学内は古い建物だけに、障害者にとってバリアが多くあり、移動面でも問題があるようだ。大学職員に特殊教育訓練を受けた教員がいないという現状も影響しているのかもしれない。

点字図書館は全国に17の図書館と104の支部がある。カザフスタンには点字印刷所がないため、点字テキストはロシアから購入している。しかし、高額であるため、常に新しい版を揃えることができないという。音読サービスで珍しいと思ったことは、音訳・朗読はボランティアではなく、専門の職員を配置し、いつでも利用者からの要望に応えられるようにしていることだ。テープ図書はかなり充実しているようだが、デイジー(DAISY)などはほとんど手がつけられていない。しかし、スキャナーを使って教科書などを読みとり、それを音声で聞くことができるような設備がある。もし本格的に取り組めば短期間にデジタル化が進むことも考えられる。

ソビエトの支配下の時代には、視覚障害者のためのリハビリ施設が数多くあったが、現在は財政的な問題などで閉鎖されている。数年前にカザフ盲人協会のワーク・スタディ・エンタープライズ(福祉工場)にも職業訓練センター部門があったが、採算が合わず事業を縮小した。またそれに伴い、訓練センターも閉鎖してしまった。

視覚障害者の最大の問題は就労である。視覚障害者を雇用する場合、コンピューター、プリンター、スキャナーなどの設備を整える必要があり、こうした面で経費がかかる。このため、雇用主は障害のない人を雇用する傾向にあるという。この厳しい就労状況の下で、視覚障害者は仕方なく、ワーク・スタディ・エンタープライズで働き、洗濯ばさみやボタン、箱などを作っている。賃金は数日過ごせるだけの給与しか支給されないため、日常生活は苦しい。

障害者には、その障害程度によって手当が支給される。1級は月90ドル、2級は70ドル、3級は55ドルの補助を受けることができる。しかし、アルマティの平均月額給与は250ドルから300ドルなので、補助だけで生活するのは到底難しい。政府は、福祉器具の支給や公共交通料金を無料にするなど視覚障害者の状況を改善しようと努めているが、まだ実現していない。

カザフ盲人協会や盲学校の建物の前に行くと鳥の鳴き声がして、建物に着いたことを知らせてくれる。盲人協会の近くの信号機にも音声システムが付いていたが、点字ブロック等はまだ設備されていなかった。白杖もあまり普及していないようだ。全盲者にとって単独歩行はかなり難しいと感じられた。

カザフスタンの障害者政策は障害者を一箇所に集める「隔離・保護政策」を継続している。障害者は哀れみの対象としか考えられていないようだ。カザフスタンは1991年に独立したばかりの新しい国なので、これから自分たちの手でノーマライゼーションや統合教育の概念がどのようにして導入され、根付いていくか、興味のあるところである。

(やまぐちかずひこ 国際視覚障害者援護協会事務局長)