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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年5月号

ワールド・ナウ

世界手話通訳者会議

伊藤正

2005年10月31日~11月2日の3日間、ウスター(南アフリカ共和国)で「世界手話通訳者会議」が開催され、世界39か国から約240人(日本からは14人が参加)の手話通訳者が集まった。

この会議は、単に「世界の手話通訳者の集会」ということにとどまらず、「史上初めての国際的な手話通訳者組織(=世界手話通訳者協会)の設立」という大きな意義のために開催されたものである。

国際的な手話通訳者組織の設立の経緯

「国際的な手話通訳者組織の設立」は、1975年頃に最初の提案があったものの、その後は、4年に1回開催される「世界ろう者会議」の際に集まった手話通訳者が散発的に話し合う程度で具体的な進展は見られなかった。

1990年頃から設立の機運が高まり、2002年にワシントンD.C.(米国)で開催された「世界手話通訳者シンポジウム」に20か国を越える国々から手話通訳者が集まったことから設立が急速に具体化した。2003年モントリオール(カナダ)での世界ろう者会議に合わせて、約20か国の手話通訳者が集まる「世界手話通訳者会議」が開催され、「国際的な手話通訳者組織の設立」について参加者間の合意を得たが、具体的な組織設立には至らず、2年後に南アフリカ共和国で設立総会を開催することを決定して散会した。

その後、南アフリカでの会議開催時での組織設立に向けて、モントリオール会議の運営グループを中心に実行委員会(ワーキンググループ)を設立、電子メールでの情報交換を中心に、会則案の整理、役員立候補の受付、会議プログラムの整理等の実務的準備を進めた。

会議の内容

会議では、世界手話通訳者協会の設立について審議されたほかにも、あらかじめ公募された「手話通訳に関するレポート発表」(15人が発表)、「各国の状況報告」(32か国が報告)やさまざまな交流行事の時間が設けられ、世界の手話通訳に関する情報交換が進められるとともに、各国の手話通訳者が意見交換する姿が会場のあちこちで見られた。

発表された報告を通じて印象に残ったのは、手話通訳制度の先進国である欧米諸国の問題意識が日本のそれと類似していることと、発展途上国における手話通訳制度の未整備の状況だった。前者からは、日本の研究活動水準が世界にひけをとらないものであることがわかり、今後の国際貢献に果たす役割を確認することができ、後者からは、特にアジア諸国に対する日本の存在と役割の重要性を痛感させられるなど、日本にとって大きな意義のある会議となった。

世界手話通訳者協会の発足

会議では、手話通訳者の国際組織である世界手話通訳者協会(World Association of Sign Language Interpreters(=WASLI))の会則や役員を決定、同協会の設立が正式に決まった。

世界手話通訳者協会は、会則において、目標を「職業としての手話通訳の前進」、具体的な目的としては「世界各国での手話通訳者組織の結成」「手話通訳者組織への支援」「ろう者組織や盲ろう者組織との連帯による手話通訳問題にかかる取り組み」を掲げている。

役員は、会長にはリズ・スコット・ギブソン(スコットランド)氏が選出されたほか、副会長、事務局長、会計が選ばれた。また世界の各地域で選出された「地域代表」が、役員として承認された。

アジア地域代表としては、南アフリカ会議に参加したアジア諸国間の協議により日本の市川恵美子氏(全通研運営委員長)が選出され、世界手話通訳者協会の役員として会議で承認された。

全国手話通訳問題研究会の立場

全国手話通訳問題研究会(略称・全通研、1974年設立。会員数約11,000、本部事務所は京都市)は手話や聴覚障害者問題を学ぶ健聴者によって構成され、全都道府県に支部を持つ全国組織である。

会の目的は、「手話および手話通訳、ならびに聴覚障害者問題についての学習・研究活動を行い、手話にかかわる人々の組織化を図るとともに、財団法人全日本ろうあ連盟の運動をはじめとする聴覚障害者運動と連帯し、もって聴覚障害者福祉と手話通訳者の社会的地位の向上をめざすこと」であり、これまでに手話通訳制度化をめざす「アイラブパンフ運動」、障害者の社会参加を推進するための「差別法規撤廃運動」等のさまざまな運動について、全日本ろうあ連盟とともに取り組んできた。

全通研の国際交流活動が本格化したのは、前述の世界手話通訳者シンポジウム(2002年)に2人の代表団を派遣したことからである。続く2003年のモントリオール会議にも2人の代表団を派遣、国際手話通訳者組織の設立に賛同するとともに、2005年の南アフリカ会議の実行委員会メンバーに国際交流担当者が参加し、国際組織の設立準備活動に関わることとなった。

これらの情勢を受け、全通研は、2004年5月の代議員会で「世界手話通訳者協会の設立への協力」を決議、組織的な合意を経て、同年秋に日本代表組織として世界手話通訳者協会への加盟を果たし、設立メンバーとなった。

南アフリカ会議の開催にあたり、全通研は代表団を派遣し、世界手話通訳者協会設立総会に出席するとともに、「各国の状況報告」では、日本の手話通訳の現状と全通研の活動内容を発表した。

また、同会議では、全通研の国際交流担当者が実行委員会メンバーの一員として一部で司会を担当したこともあり、市川委員長の役員就任とも合わせて、世界の手話通訳者に日本の存在を強く印象づけたと考えている。

今後の取り組み

全通研の国際交流活動は、従来は事務局の活動の一環として処理されていたが、運営体制の明確化を図り、今年5月に国際部を新設、より充実した体制で活動に取り組むことにしている。

新たな体制のもとで、全通研は、世界手話通訳者協会の運営への協力に合わせて、手話通訳制度の先進諸国の情報収集と日本国内への発信、日本国内の情報発信等幅広い活動に取り組むことになっているが、特に注視しているのは、アジアとの関わりである。

アジアとの関わり

現在のところ、アジアでの手話通訳者組織相互の交流実績はなく、その情報も乏しいが、アジア諸国の中で手話通訳者組織が結成されているところはほとんどないと思われる。現在唯一の情報交換の機会となっているのは、毎年1回世界ろう連盟の組織としてアジア諸国のろう者組織が集まり開催される「世界ろう連盟アジア・太平洋地域代表者会議」である。

全通研は2004年12月の同会議(インドネシア)に初めて参加し、「手話通訳者の国際的な連帯の必要性」「ろう者組織との協力の必要性」を出席しているアジア各国のろう者組織の代表に訴えた。昨年9月の同会議(中国)にも参加、引き続きアジア諸国のろう者組織にアジア地域での国際的なネットワーク設立の必要性を訴えた。

今後は、WASLI役員である市川委員長を中心に、全日本ろうあ連盟とともに、アジア諸国の中での情報交換を進め、ネットワーク構築に結びつけていくことを考えている。また、全通研の活動理念である「聴覚障害者福祉と手話通訳者の社会的地位の向上」をめざして、「聴覚障害者の暮らし」「聴覚障害者組織との連帯」をベースにしながら、手話通訳者組織未結成のアジア諸国に対する活動支援に取り組んでいきたいと考えている。

(いとうただし 全国手話通訳問題研究会「国際交流」担当)