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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年7月号

国際援助機関における取り組み

JICAの取り組み

木下真理子

はじめに

独立行政法人国際協力機構(以下、JICA)は、日本における技術協力の実施機関として、ODA(政府開発援助)による途上国への支援を行っている。

2004年3月、JICAは改革の三つの柱として、「現場主義」、「効果・効率性、迅速性」とともに「人間の安全保障」を掲げた。近年、注目を集めている「人間の安全保障」という考え方では、人々を貧困や紛争、災害などの脅威から守り、人々が着実に力をつけて自立することができるようになる(エンパワメント)ことをめざしている。そして障害者支援の分野においては、協力の成果が開発の中でもっとも弱い立場にある障害者に着実に届いているだろうか、ということを常に問いかけながら、よりよい支援を模索し続けている。本稿では、JICAの障害者支援分野の取り組みと今後の課題について紹介したい。

1 障害者支援の目的と基本方針

JICAにおける障害者支援の目的は、「JICAが事業を実施する途上国において障害者の『完全参加と平等』が実現できるよう支援すること」である。それを実現するために、ツイントラックアプローチを基本方針に掲げている。すなわち、「エンパワメント」と「メインストリーミング」を両輪で進めていくというアプローチである。

(1)エンパワメント

障害者支援分野においては、「エンパワメント」とは「社会的に不利な状況に置かれた人々のハンディキャップやマイナス面に着目して援助するのではなく、長所・力・強さに着目して援助することでサービス利用者が自分の能力や長所に気付き、自信を持ち、ニーズを満たすべく主体的に取り組めるようになることを目指す理念」と定義されている(社会福祉養成講座編集委員会「新版社会福祉養成講座3:障害者福祉論」、2003年)。

この一般的な定義を踏まえ、JICAにおける障害者のエンパワメントは、貧困削減分野でも採用している5つの能力(基礎的能力、社会的能力、経済的能力、政治的能力、危機対応能力)を障害者やその家族、コミュニティーが状況に合わせながら開発していく過程を指すとしている。

エンパワメントといった場合の直接的な対象者は障害者自身やその家族であるが、このようなエンパワメントの過程を支援するには、各国の政府の方針に配慮し、リハビリテーションを担う人材の養成、障害者支援に係る政策策定、市民への啓発活動といった「条件・環境」にあたる部分での協力も必要不可欠である。このような「条件・環境」の整備によって、参加を阻害する数々の障壁を除去することができる。

従来、JICAの障害者支援分野で実施されていた協力は、医療リハビリテーション型の事業が中心であり、医療施設やリハビリテーション施設を拠点とする「条件・環境」の整備を目的とするものであった。しかし、障害の医療モデルと社会モデルに関する議論等を踏まえ、近年はCBRや当事者の主体性により軸足を移した事業のやり方を模索しつつある。

(事例紹介1)エンパワメントの好事例~シリアCBR事業推進~

JICAはCBR事業推進のための専門家を2003年10月よりシリアに派遣し、シリア国内のいくつかのパイロット県でCBRの取り組みを進めている。その過程を通じて、非障害者の障害者に対する理解・認識に変化がもたらされただけでなく、障害者や家族がエンパワメントされ、CBRのモデルプロジェクトとなっている。

プロジェクト開始当初、シリアでは、障害者は施設で支援するほうが本人のためだという意識が強く、都市の施設に入所すればいい、お金を援助すればいいというのが、一般的な考え方だった。

このプロジェクトでは、地域の中でのキーパーソンに働きかけて、CBRボランティアの募集に際し、障害者や家族にも参加を呼びかけるよう提案した。実際には、若手の教師や村役人、障害者、女性、学生や保健所職員等、さまざまな背景を持つ人々が集まり、ボランティアとしての活動を始めることになった。

特に力を入れているのが、地域の社会資源を活用したイベントや社会活動の機会の創出である。障害の有無、障害種別、年齢などを問わず、できる限りの人に支援や機会が届くように働きかけ、CBRボランティアがサポートしている。現在は、スポーツクラブや障害児グループ学習、女性ワークショップ(手工芸)、親子定期教室、女性職業訓練教室などが定期的に実施され、どれもインクルーシブな形の活動が進められている。障害者の内面のエンパワメントが、当初は外出することを嫌がっていた障害者が積極的に活動を推進する側に回っている、などの具体的な行動の変化となって表れてきている。

(2)メインストリーミング

JICA事業における障害者支援のメインストリーミングとは、障害者の視点をすべての協力形態、事業サイクル、分野に組み込むという考え方で、このことによって、すべての開発課題において、計画策定、実施・モニタリング、評価に障害者が参加し、あるいは障害者視点が導入されることをめざす。具体的には2つの側面からとらえることができるが、1点目は、障害者支援分野以外の事業を含むすべての事業に障害者支援の視点を含めること。2点目は、JICAの組織内部における障害者のメインストリーミングである。

前者の視点からは、以下の3つの課題に取り組む必要がある。

  1. 事業裨益者としての障害者の完全参加
  2. 事業実施者としての障害者の完全参加
  3. 事業サイクルにおける障害者視点の導入

これらの課題は、従来のJICA事業に対する反省に基づくものである。これまでは、障害者を対象とした案件を除き、障害者が裨益者を代表するグループの一つとして十分認識されていなかった。たとえば、施設建設や社会インフラ整備等の事業において、建築物のデザインによっては障害者のアクセスを困難にしている場合もあり、すべての人々のアクセスを十分考慮していないケースがあった。こうした反省に基づき、障害者も裨益者を代表するグループであるということを、改めて浸透させようという取り組みである。

また、事業実施者としての障害者の参加促進については、事業実施側(日本側)の障害者と受益国側の障害者の双方について当てはまる。たとえば障害当事者が専門家等として派遣されることを通じて途上国の障害者、非障害者に大きなインパクトを与えられることは認められているし、途上国の障害者の参加を促すことで、プロジェクトの計画、実施・モニタリング、評価に障害をもつ人たちのニーズを反映させていくことが可能となる。

さらに、これまでJICAでは障害当事者の参加は、専門家としての派遣や研修員受け入れ、調査団員としての調査参加が中心であったが、2005年度には初めて青年海外協力隊員の派遣要請に車椅子利用者を対象とするものがあるなど、障害をもつ人材の有効活用に門戸が広がりつつある。

3点目の事業サイクルにおける障害者視点の導入については、まだ完全に徹底できているとは言えないものの、アジア太平洋障害者センター(APCD)プロジェクトなどの好事例も出てきている。今後はそれらの経験をもとに、より積極的に障害当事者の参加を促進していくことが課題である。

(事例紹介2)障害者の参加の好事例~アジア太平洋障害者センター(APCD)

JICAがプロジェクトを実施する際には、協力の枠組みを決定するための調査団を派遣し、調査・協議を行っている。APCDでは、調査団への障害当事者(日本側)の参団、協議へのタイ側障害者の参加を確保したうえで、プロジェクトの内容が決定された。また、APCDのセンター自体の建設もプロジェクトの一要素であったため、障害をもつ日本人専門家、タイ人有識者が何度もセンターの建設に対し助言をし、結果として完全にバリアフリーなセンターとして開設することができた。広報用ビデオやホームページの作成にあたっても同様に、障害をもつタイ人有識者等によるチェックが入るため、非常に完成度の高いものとなっている(2005年度に完成した新広報ビデオでは、字幕だけでなく手話通訳のウィンドウも設けるなどの工夫をし、JICA内広報大賞に選ばれている)。さらにプロジェクトの実施段階においては、SHG(障害者の自助グループ育成)研修や、IL(自立生活)研修、ピアカウンセリング研修には必ず障害当事者の専門家を活用している。

次に、JICA組織内部のメインストリーミングについて紹介したい。

JICAでは2002年より年に1~2回のペースで職員研修を行い、関心のある職員等(施設管理者や事業への協力者を含む)を対象に国際的な障害者支援の潮流、開発と障害の考え方、基本的な介助の仕方などの普及に努めている。そうした意識改革だけでなく、物理的な障壁の除去としてJICAの所有する国内機関のバリアフリー化や情報提供手段の多様化、障害をもつ専門家や青年海外協力隊等に係わる派遣制度の見直し等を同時に実施している。

また、2005年度にJICA職員を対象に障害者のメインストリーミングに関するアンケートを実施した。その結果によると、職員の多くは障害者に対する支援の重要性について認識しており、何らかの形で自身の現在実施している事業(障害者支援分野以外も含む)にも障害者を裨益者として取り込んでいくことが望ましいと考えてはいるものの、具体的にどのような取り組みをすればよいのかわからないという、具体的な問題の所在が明らかになった。この課題について今後、職員研修などの場を通じてより具体的に議論を重ねていく必要がある。

2 現在実施中のプロジェクトの概要

現在JICAでは5件の技術協力プロジェクト、1件の個別専門家派遣、14件の研修コースを実施中である。それらについての詳細は省略することとするが、JICA「ナレッジサイト」で閲覧できるのでご覧いただきたい(http://gwweb.jica.go.jp/km/km_frame.nsf)。

おわりに

以上のように、JICAは、「エンパワメント」と「メインストリーミング」を障害者支援の2本の柱とし、それぞれの柱を下支えする環境づくりや条件づくりをも視野に入れた支援を行っている。障害者支援は一つの分野で完結するものではなく、障害者一人ひとりの人生、生活に直結する当事者に対する支援、またそれを取り巻く周囲の人々、環境、制度の改善に対する支援であることから、各セクターと連携しつつ相互補完性を持って実施されるべきものである。

また、ここで紹介したJICAの事業は日本の障害者・支援者の方々の協力によって実施しており、日頃からご支援いただいている多くの皆様に改めて感謝申し上げるとともに、引き続きご支援いただけるようお願いしたい。

(きのしたまりこ 独立行政法人国際協力機構人間開発部社会保障チーム)

【参考文献】JICA、『課題別指針「障害者支援」』2003年