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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年7月号

インドの知的障害児支援
NGO「サマダーン」の活動

出沢尚子

インドにおける障害者

IT大国であり近年経済発展が著しいインドの首都デリーでも、ひとたび町に出れば、最初の交差点で、停車している車に近寄って来る何人もの「物乞い」の人たちを見ることになる。その中には、骨が無いようにぶらぶらと揺れる片腕を振る男性や、数人の子どもが押す荷台のようなものに座る、手足の先を包帯でぐるぐる巻きにした年配の女性など、少なからぬ身体障害者がいる。

障害の原因には、生まれつきのもの以外に、事故や病気(特にポリオやハンセン病)の後遺症などがあげられるだろう。そのような病気に感染すること自体に、富裕貧困の違いはないだろうが、治療を受ける機会や、そもそも病気についての知識を得る機会を考えると、障害をもつこと、また障害者として生きていくことと貧困の間には、深い関連性があることは否めない。

また、これは確かめたことではなく、まことしやかに語られる都市伝説のようなものかもしれないが、物乞いとして哀れみを誘う「効果」のため、幼少時に親、あるいは物乞いを取り仕切る元締めのような組織によって、意図的に腕を折られたり切り落とされたりすることもある、と言われている。

そのような障害者への人々の視線だが、残念ながら、温かいとは言えない。障害をもって生まれてきたことは、本人だけでなく、その母親の「悪い業」のせいであるという受け止め方もインドでは当たり前だ。

インド障害者法の判定

1995年に「インド障害者法」が制定され、障害児の教育の機会保障や統合教育の推進などが定められている。しかし今年1月の新聞記事によれば、6歳から13歳までの子どものうち、知的障害児の47%、言語障害児の42.5%、聴覚障害児の32%が学校に通っていない。同年齢層全体では7%とあるから、障害があることで教育の機会を奪われているという状況はかなり深刻なものと言える。

また同法には、公共交通機関料金や郵便料金における優遇、障害者の雇用推進などについても触れられている。しかし、雇用促進について、「政府機関職員の3%を障害者のための枠とする」と決められているものの、きちんと実行されていないことと、その対象となる障害は、肢体不自由、視覚障害、聴覚障害に限られ、知的障害者は含まれないことなどが問題と言える。

サマダーンの活動

筆者は現在、デリーではいくつかのNGOに関わっているが、ここでは主に、サマダーンという知的障害児支援NGOを取り上げてみたい。

サマダーンというのはヒンディー語で「解決」という意味である。そこには、創設者の願いが込められていると思われる。創設者であるプラミラさんには、ダウン症の姪御さんがいた。経済的には恵まれた家庭で、大切に育てられていたが、プラミラさんは1981年に創設したサマダーンの活動紹介パンフレットの冒頭に、「愛するあまりに彼女に与えるべき『自立』のことに思い至らなかった」と語っている。

自立訓練のためのセンター設立

デリー市南部のダクシンプリ地区で、知的障害についてのアウェアネスプログラムを開くことから、サマダーンの活動は始まった。

ダクシンプリは、インドのさまざまな地方から、貧困や生活の困難を逃れて首都デリーにやって来たものの、結局はスラムや路上で生活を送らざるをえなかった人たちのため、政府が建設した「再定住のための住宅地(Resettlement colony)」の一つである。電気や水道などのインフラが貧しいのはスラムと変わらないが、少なくとも土地の違法占拠を理由に、いきなり追い出されたり、家屋が取り壊されたりしないという違いは大きいだろう。もっとも、家族の増えるニーズに応じて勝手に建て増ししたりすれば、ある日、ブルドーザーがやってくることもあり得る。特に最近デリーでは、違法建築に対する取り締まりが厳しくなっており、関わっているNGOの活動に支障が出ないか、新聞記事を見ては心配になる。

初期の啓発活動において、どれほど、障害児の母親たちがサマダーンのスタッフを質問責めにしたことか。最も多く繰り返される質問は、「これ(子どもに障害があること)は私の落ち度なのか?」だったが、その他にも、「この子は身の回りのことができるようになるのか?」「何か新しい薬の話なのか?」「それはお金がかかるのか?」などが、デリーの貧困地域で、知的あるいは重複障害のある子どもを育てる母親たちの抱える疑問と問題だった。

それに対しサマダーンでは、「通える距離に、必要な情報サービスと施設を提供する」ことをコンセプトに、対象地域内の人たち、特に、障害児の母親たちを人的資源として(その力を活用して)、障害児の自立訓練を行ってきた。施設に子どもを受け入れるほかに、障害児のいる家庭を週1回訪問し、在宅での訓練も指導している。

ダクシンプリセンターでは20数人の子どもたちが、年齢や障害の程度に応じたグループに分かれ、読み書きを習ったり、パズルなどに取り組んでいる。教材は市販のものはほとんど無く、先生たちが自分で、廃品や身の回りの物を利用して作ったり、描いたりしたものだ。

市の西側に新しく開発が進むドゥワルカという地区にも2つ目のセンターができた。訪問する側としては、市内中心部から遠く、道路渋滞がひどくて行きにくい所だったが、昨年のメトロ新路線開通で、一挙に「近く」なって喜んでいる。

現在サマダーンが力を入れているのは、なるべく早期に障害を発見し、適切な対応をしていこうという「早期介入」プログラムだ。そのため、周辺の家々を回り、聞き取り調査をしながら、障害をもつ子どもがいれば、センターへ通わせるように勧めている。その調査数(訪問数)は、年間、ダクシンプリで2千件以上、ドゥワルカでは2万件近くに及ぶ。担当スタッフのノートには、すべての家庭の家族数や子どもの年齢、障害の有無などが細かく記されている。

子どもをサマダーンに通わせている母親たちの収入向上プログラムもあり、成人の知的障害者も加わっている。

ダクシンプリセンターでの作業と製品

ダクシンプリセンターでは主に、古新聞紙から作った紙粘土(ペーパーマッシュ)を材料に、壁飾りなどを製作している。サマダーンに関わる中で、いつも悩みの種となったのがこのペーパーマッシュ製品のデザインや品質、販路のことだった。

材料は古新聞なのでコストも安く(糊や塗料、ワイヤなどの購入コストはかかる)、丸めたり型抜きしたりする作業は比較的簡単で繰り返しが多く、知的障害をもつ人たちにも、またそれまでほとんど教育や職業訓練を受けていない女性たちにも難しくない。大変良いアイデアだと思うが、製品を見せてもらったが、なかなか「買いたい」という気持ちになれなかった。

たとえば珠のれんのようなものでは、色使いが派手でサイズも大きく、長さも長すぎる。早速スタッフに、色はあまりたくさん使わず、シンプルなほうがいいとか、珠や小鳥のモチーフを数少なく使った小さめなものがほしいとか、お香立てを作ってみてはどうかとか、アドバイスを試みた。実際に絵に描いてみたり、時にはサンプルめいたものを作ってみたりして説明し、次回の訪問までに試作してくれるよう依頼した。

しばらくして再び訪問し、前回説明した新製品(?)ができたかどうかを尋ねると、まだ作っていなかったり、これだというのを見せてもらうと、こちらの意図がうまく伝わっていなかったりして、がっかりしたことも何度かあった。

しかし、昨年10月の「ディワリ・メラ」(ヒンズー教の大きな祭日に併せてあちこちで開かれるバザーのようなもの)に出店しているサマダーンの様子を見に行き、売れ行きを尋ねると、「上々」との答が返ってきたので「本当か?」と思ったが、確かに在庫は僅少だった。

その時のスタッフの言葉、「メラでは『サマダーンのペーパーマッシュ』を目当てに来る人がたくさんいるからね」に、それまでの心配が拍子抜けするように消えていった。うるさいことを言うわりには買ってくれない客を相手にするより、インド人の大衆受けするものを作ったほうがいいに決まっている。

ドゥワルカセンターでの作業と製品

一方ドゥワルカセンターでは、インド料理に欠かせないスパイス(マサラ)を卸売りで大量に購入して、ゴミを取り除いたり炒ったりという処理をし、小分けにして包装(マサラパック)、販売している。他のNGOでも同様の製品を作っているところがあるので同じようなものを作って売れるのだろうか、という心配をしてしまうが、こちらも、「NGOの製品を購入して活動支援するならマサラパックはお手頃」という住民の認識があるようで、それなりの売れ行きらしい。

大きな問題となっていたのは、センターへの電力供給が不安定なことだ。不安定というよりほとんど停電状態で、1日数時間も使えない状態だった。新興住宅地にはありがちなこと、と思っていたら、どうもデリー市政府の嫌がらせもあったようだ。暗に、いくらか払えばすぐに電気を通してやる、と言われたという話も聞いた。

しかしそれも最近解決し、マサラパックも量産態勢がとれるようになった(というのは大げさだが、少なくとも機械がほこりをかぶっている状態は脱した)。

現在、ドゥワルカセンターの周辺にはどんどん高層住宅が建っている。高層住宅の住民はインドで近年新たに生まれた「アッパーミドルクラス」のカップルや家族で、すでに調合され、手頃な分量に詰められたスパイスは、彼らのライフスタイルとニーズに応えることになり、売上げ向上が期待できる。

また、日本人向けに、チキンカレー用にミックスしたスパイスを少人数分(4人前×3回分)にし、ペーパーマッシュの小鳥を付けた布製の小さな巾着袋に入れて販売したところ、好評を得ている。

最後に

以上、2つのセンターでの「大変ながらも着実に頑張っている」状況を紹介したが、もちろん、いつも資金難に四苦八苦していることや、マネジメントやマーケティングのスタッフ不足に悩んでいることも事実である。今後もさまざまな問題や課題に突き当たるだろうが、それを乗り越えていく熱意とアイデアを、プラミラさんとサマダーンスタッフが持っていることを信じている。

(いでさわなおこ インド・デリー在住)