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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年8月号

小型の移動機器に搭載可能な燃料電池の開発

山室成樹

1 はじめに

次世代エネルギーとして注目されている燃料電池は、高効率で環境にもやさしい発電システムである。固体高分子形燃料電池は、水素と空気を反応させて発電し、排出するのは水だけである。経済産業省は自動車向けに導入を支援して産業界を活性化させる計画であり、また、新エネルギー財団やエネルギー供給事業者は2005年度に一般家庭向けの燃料電池コージェネレーションシステムについて500台近くの導入補助を行った。携帯電話やパソコンなどのモバイル電源用途向けも本格的に研究開発が進められ、国際基準・規格作りも各国で活発化している。燃料電池には、規模や用途によっていくつかの種類がある。工場・事業場などの100以上の分散電源に向くとされているリン酸形、溶融炭酸塩形、固体酸化物形や、数10Wまでの低出力でノートパソコン等携帯用機器の電源に適しているとされるダイレクトメタノール形などだ。

弊社では小型移動体(電動車いす、電動カート等)向けに、小型ながら高出力が得られ、反応温度が80℃以下程度と扱いやすい固体高分子形燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)を採用した。近年、活発に開発が進められている自動車及び家庭用コージェネレーション向けと同じ種類のものである。

弊社では、小出力の小型移動体向けの燃料電池コンポーネントを、台湾の燃料電池企業、APFCT社(Asia Pacific Fuel Cell Technologies)の技術を導入して開発に着手した。日本で販売されている電動車いすや電動カートはバッテリーで駆動し、連続走行時間は5時間程度以内と短く、これを燃料電池に置き換えると、10時間以上の連続走行も可能となる。これは、利用者の生活範囲やライフスタイルを一変させる可能性があることを意味し、また、ユビキタス社会に向けた移動電源、また地震などの災害時の非常用電源としても有効に機能するものである。

このように環境にやさしい燃料電池を、今後の高齢化社会に向けた新たな乗り物として開発を進めており、その現状を以下に述べる。

2 電動車いす、電動カートについて

電動車いすは、下肢等に障害をもつ方の移動手段であるだけでなく、自立して生活するための手段であり、時に体の一部分ともなる。このため、電動車いすはユーザー一人ひとりに合わせて調節できることが望まれるため、パーツごとに組み立てることが容易なモジュール形式が一般的である。一般的な車いすは、鋼やアルミのパイプ等でフレームを組み立て、これに回転自在の前輪、駆動用のモータとギアを左右独立に取り付けた後輪、ジョイスティックなどを備えた操作ボックス、電池、シートから構成される。

一方、電動カートは高齢者向けの移動手段としてよく用いられており、1人乗りの4輪型のものが多く、両手を添えるハンドルを備えているものが一般的である。カートは電動車いすよりも前後輪間の距離が大きいので走行は安定しているが、剛性を上げるために鋼製フレームなどを使用しているので重い。形状は車いすのように個人の体形に合わせて調節できるようにはなっていないが、乗降のためにシートの回転機構がついているものもある。

両者はJIS T 9203「電動車いす」にサイズ、強度、性能等は規定されている。また、道路交通法では歩行者として扱われ、最高速度は時速6kmと規定されている。電源は、12Vの鉛電池を2個直列につないで24Vシステムとしていることが一般的である。

3 試作車について

(1)電動車いすの特性試験

燃料電池車いすを設計するにあたり、まず市販の電動車いすの走行特性を調査した。速度はJISに規定されている時速6kmとし、使用者体重は被験者に合わせて80kgとした。この時の移動体に必要な動力は転がり抵抗、空気抵抗、坂道登坂抵抗に分けられる。それぞれを計算して求め、実測値と比較したところ、両者は良く一致した。

JISでは10度の坂道を登ることが必要なので、計算すると最大900W程度、実際の走行試験では1程度が必要だったので、システムは最大出力1とした。平地での実験走行では200W程度が必要だったので、定格出力は200Wとした。

(2)燃料電池車いすの開発

試作した燃料電池車いすは、市販の電動車いすを改造した。フレームは軽量で高強度の一体型アルミ製、車いすのシート直下には燃料電池モジュール、そのさらに下に水素燃料ユニットを搭載した。

システムは24V、250Wの燃料電池スタックと、Ni水素電池からなるハイブリッド制御で駆動し、エネルギー効率を高め、かつコスト低減を狙った。燃料ユニットは、安全かつ単位体積あたりの水素搭載量が多い水素吸蔵合金ボンベ4本から構成され、1MPa以下の圧力で充填された純水素を使用する。しかし、水素吸蔵合金ボンベは1本4.5kgと重いので、ボンベ一本ずつ取り外し可能とした。試作した車いすは重量86kg、最高時速6km、登坂角度10度、連続走行時間は目標の10時間を達成できた。

これらをさらに発展させ、より高出力、高効率の燃料電池車いすを開発した。ベース車両は今仙技術研究所製、EMC―230で、バッテリー2個を燃料電池ユニットに置き換えるものとし、車いす本体には一切の改造をしていない。これに加えてシート背後に水素供給ユニットを取り付けた(図1)。

図1 燃料電池車いす(左から2004年開発の標準型と簡易型、2005年の標準モデル)
図1 燃料電池車いす

燃料電池電動カートの開発

電動車いすに引き続き、量産時の低価格化を考慮し、同じパワーユニットで動作する電動カートを05年5月に試作した。走行試験では動作に問題のないことも確認できたので、新型には未来エネルギーを搭載した次世代型の乗り物とするべく斬新なデザインを採用することにした。05年10月には試作完了し、重量93kg、最高時速6km、水素ボンベは2本しか搭載できなかったため連続走行時間は5時間程度である。さらにボンベ搭載本数を増やした改造を06年に計画中で、目標は10時間の連続走行である(図2)。

図2 燃料電池電動カートと燃料水素ボンベに水素を簡単に充填する水素ボンベストッカー
図2 燃料電池電動カートと燃料水素ボンベに水素を簡単に充填する水素ボンベストッカー

4 FCタウンモビリティ

燃料電池小型移動体は、燃料の水素を、ワンタッチで交換できる水素吸蔵合金ボンベで提供する。水素吸蔵合金ボンベは、小型移動体の限られたスペースにできるだけたくさんの水素を搭載するために、現行では最も安全かつ取り扱いが容易な方法である。ボンベには10気圧以下の低圧力で水素を充填して使用するので安全である。しかし、その供給インフラをどうするかが課題であった。そこで、小型移動体向けの水素インフラとして水素ボンベストッカーを05年10月に開発した。ストッカーは一般工業用途で流通している安全な高圧ガスボンベを内包し、現行の法規制には触れることがないので、設置場所を選ばないのが特徴である。移動体から空の水素吸蔵合金ボンベを取り出して、ストッカーに装てんするだけで水素が自動的に充填される仕組みであり、だれでも簡単に取り扱うことができる。しかし、この水素吸蔵合金ボンベが1本4~5kgの重量があり、その取り扱いが次の大きな課題であった。

そこで注目したのが、高齢化社会に向けた取り組みとして全国各地で進められているタウンモビリティである。運営の拠点であるタウンモビリティオフィスは、地元の商店街や地域ボランティアによって運営され、自分で移動するのが困難なお年寄りの方々に、電動車いすや電動カートを利用していただくことで、買い物や施設利用等、積極的な社会参加を促す。高齢者介護だけでなく、商店街の売り上げも伸び、地域社会の活性化、高齢者の新しい社会での役割創出、オフィスは街の世代間交流サロンとしても寄与するものと注目されている。

このタウンモビリティオフィスに燃料電池車いすや電動カートと共に水素ボンベストッカーを配置することで、メンテナンスや燃料供給を1箇所で行え、また、オフィスに常駐している方にボンベ交換もお願いできる。従来製品より長時間走行できるFC小型移動体のメリットを活かして、街を自由に楽しみながら、来るべき超高齢社会に役立つものと大いに期待している。

05年11月に滋賀県草津市にて龍谷大学、綾羽(株)、デ・アルコ(有)など各社のご協力で、燃料電池電動カート、水素ボンベストッカーを用いてFCタウンモビリティの社会実験を一週間実施した。3人の高齢者の方にモニターになっていただき、龍谷大学の学生さんにも協力していただいた。この取り組みは、ぜひ今後も継続したいと考えている(図3)。

図3 FCタウンモビリティの概念(提供:シルバー産業新聞社)
図3 FCタウンモビリティの概念拡大図・テキスト

5 おわりに

燃料電池小型移動体は、技術的な課題が山積している。また、商用化するにはコストを低減することが最も重要である。既存の国内規制もクリアしていかなければならないし、また水素インフラの整備や、都市のバリアフリー化などは、政府や関係機関、関連企業の協力なしでは解決するのが困難であり、国家レベルの対策と支援が強く望まれる。そのような中で、06年度より、経済産業省のご支援をいただき、大阪府や大阪の燃料電池関連企業と共同で、大阪にて一般者モニターによる実証走行試験がスタートすることとなった。この実証試験を通して、ユーザーの方々にとってより良い製品の開発をめざすつもりである。弊社では、超高齢社会に役立つ可能性のある小型移動体製品の開発を通じて、微力ながら社会に貢献したいと考えている。

(やまむろしげき 株式会社栗本鐵工所技術開発本部研究開発部FCプロジェクト)