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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年8月号

夢が実現、10年後の私

聴障者を含む新しい言語伝達方法としての「体表点字」とその研究

長谷川貞夫

「点字」、それは視覚障害者が障害を補うために指先の触覚で読む文字として世界的によく知られています。点字は、1825年にフランスで15歳の盲少年ルイ・ブライユによって発明されました。

音声言語、視覚による文字言語で共通なことは、情報の存在する場所から人間の聴覚器・視覚器に到達するまでに、それぞれ音波、光線という情報の媒体があるということです。これに対して、視覚障害者が指の感覚で読む文字とされる点字は、その音波や光線に該当する情報の媒体がなく、視覚障害者が点字の書かれている場所に指を差し出し、その点字に触れないかぎり読むことができません。

ところが、点字の発明から180年を経た今日において、初めてユビキタスコンピューティング環境を実現できる現在において、この「情報が書かれている場所に指を差し出さなければ読めなかった点字」が、点字の1点を振動で表現することにより、媒体の電波により点字のほうから積極的に人間のほうに伝わってきて、点字を全身の皮膚で読めるようになりました。

私は、この点字の1点を1円玉ほどの大きさの振動子で点字を表現する「体表点字」の研究を行っています*1。点字の1点が1円玉ぐらいの大きさですから、6点で1文字の体表点字は、指先だけで読む通常の点字に比べ、数センチから数10センチと大きくなります。体表ですから、頭部や背部、上肢、下肢など、点字を表示する体表の部位により1文字(マス)の大きさが変わります。

私自身が視覚障害者でこの体表点字の研究を行っていますので、もちろん私はこれを読むことができます。うれしいことに、今年で72歳になる私より若い視覚障害者は、体表点字を修得する速度がずっと速いです。小学校の年齢から指先で読む点字と合わせて教えられたらどこまで便利に利用できるかは分かりません。これをどのように応用しどのように利用していくかは、これからの研究によります。

「体表点字」は、視覚障害者だけのものではありません。健常者も利用できる新しい情報の伝達方法と考えています。

具体的にこれまで行ってきた実験についてご紹介します。

体表点字は体表で読めるのでその信号を電波などで伝えれば、体表点字は「呼び掛けの声が聞こえない」という不自由さのある聴覚障害者への伝達文字になることができると考えます。聴覚障害者に対して体表点字を利用できるかどうかの実験については、まず、両上肢の全体を点字の1マスとする方法で、今年の6月に都立中央ろう学校の数学の教員(聴覚障害者)に基礎実験を行いました。点字の位置は、両手首、両肘、両三角筋部に点字を1点ずつ付けました。点字パターンと読みを書いたものを見ながら、振動で感じた文字を指文字で回答してもらいました。その結果、全問正解でした。

視覚・聴覚の二重障害である盲ろう者を対象とする研究には、特に重点を置いて研究を進めています。

一人暮らしの盲ろう者の支援の一つとして、市販のテレビ携帯電話を用い、視覚障害者の目の前の文字や光景などの情報を遠隔から音声で説明する「テレサポート」というものがあります。

テレサポートは、日本が世界に先駆けて始めたものです。テレサポートが可能になる以前は、視覚障害者の傍らに人がいない限り、視覚障害者は目前の情報を知ることはできませんでした。テレサポートは傍らに人がいなくても情報伝達を可能にしたのです。しかし、盲ろう者に対しては音声による説明ができないため、音声の代わりに体表点字で伝える実験を行いました。そして、その基礎実験に成功しています。

次は、視覚障害者の歩行を支援するための応用です。国土交通省は、道路にICタグを埋設するなどして、視覚障害者の歩行を助ける「高齢者・障害者自律移動支援プロジェクト実証実験」を行っています。この実証実験において、視覚障害者については、誘導ブロックなどに埋められたICタグや赤外線からの歩行を助ける音声情報をヘッドホンで伝えています。しかし、交通の激しい通りや通過電車などの騒音の大きな駅ではこの音声案内が聞こえません。そこで、この音声案内を体表点字に替えて歩行を支援するための基礎実験を行っています。

また、歩行に関係する実験については、頭部に体表点字の6点を輪状に配置し、方位計と連動させて北の方向に最も近い点を振動するようにして方位を知る実験を行っています。装置を頭部に付け、その場で体を軸にして360度回転すると、北に近い点が振動します。これは多くの視覚障害者が体験して、よく分かると感想をいただいています。

方位が分かるということは、通常の点字誘導ブロックがなくても進むべき方向が分かりますから、歩行において非常に重要なことです。

もちろん、方位から体表点字への切り替えにより、この6点で体表点字を読むこともできます。ですから、体表点字は文字を表示し、また方位などのサインをも表示することができます。

サインを表示することについては、「→」(右向き矢印)のような表現もできます。点字のうちで、左側の1点ずつの点を0.5秒ぐらいずらして、順に後から前に振動を与え、最後に右側の1点に移ります。このようにしますと、小さな光の点を順に点滅させて直進から右に曲がる矢印を示すのと同じようなことができます。

このような点字のマスの中における動的表現は、従来の指で読む点字だけではできませんでした。体表点字は、これまでの点字を決して否定するようなものでなく、これまでの点字を含む新たな点字体系、サインの表示体系として研究を進めるべきものと考えます。

体表点字は、視覚障害者だけでなく、他の障害者や健常者も使えて、お互いにコミュニケーションがとれる新しい情報手段の一つになるのではないでしょうか。

(はせがわさだお 日本点字図書館評議員)

[参考文献等]

*1 大墳聡、佐々木信之、熊澤明、長谷川貞夫、原川哲美:“体表点字の学習効果と誤りパターンの分析”、信学技報、WIT2006―16、pp.89―94、2006

○福祉システム研究会「6点漢の自叙伝」
http://www.wesranet.com/6ten/mobile_jp.html

○JWL HASSEGAWA97
触覚・力覚を伴うバーチャルリアリティ―点字による最初の日本語ワープロから立体映像を手でつかむまで―
http://ext.ricoh.co.jp/net-messena/ACADEMIA/WELFARE/HASEGAWA97.html?sess=448462806867e2569a8ab20c53245a14