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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年8月号

わがまちの障害福祉計画 神奈川県大和市

大和市長 土屋侯保氏に聞く
市民とともに、「自治と協働のまち やまと」を築く

聞き手:石渡和実
(東洋英和女学院大学教授、本誌編集委員)


神奈川県大和市基礎データ

◆面積:27.06平方キロメートル
◆人口:222,186人(平成18年7月1日現在)
◆障害者の状況(平成18年7月1日現在)
身体障害者手帳所持者 4,594人
(知的障害者)療育手帳所持者 878人
精神障害者保健福祉手帳所持者 609人
◆大和市の概況:
大和市は神奈川県のほぼ中央に位置し、南北に細長く、起伏がほとんどない地形。交通の便では、鉄道が中央部を東西に相鉄、南北に小田急、北部には東急田園都市線が乗り入れ、市域に8駅ある。そのため市内のどこからも最寄り駅まで10分前後で行くことができる。駅からは新宿・渋谷・横浜に、30分から40分ほどで行けるという便利さがある。8つの駅はすべてバリアフリー化されている。
◆問い合わせ:
大和市保健福祉部障害福祉課
〒242―8601 神奈川県大和市鶴間1―31―7
TEL 046―260―5665 FAX 046―262―0999

▼大和市内の福祉法人では、早くから「地域生活支援」という視点で障害福祉サービスが展開されており、「三障害の総合化」という面でも独自の取り組みが進んでいます。このような「国に先行した実践」が、大和市内で着実に行われてきたのはなぜでしょうか。

大和で誇れるのは「市長」、と言いたいところですが(笑)、誇れるのは何と言っても「市民」です。「市民参加」という面では全国的にも注目されていて、多くの視察が訪れます。行政施策も、市民と一緒に大いに議論し、考え、行政が提言したことに市民が「逆提言する」という積み重ねで築いてきました。

▼その集大成と位置づけられるのが、昨年4月にスタートした大和市自治基本条例ですね。

はい。この自治基本条例は、「大和市の憲法」と言えるものです。この制定にあたっても、市民を「共に働くパートナー」と位置づけ、市民の力を引き出すことに努めました。公募された市民、26人全員に「つくる会」の委員として活動していただき、市民との意見交換会を183回も開き、1年8か月という期間をかけて練り上げた条例です。この条例で、自治を支える市民、市議会、行政の三者が共有すべき考え方や自治の仕組み、本市がめざす自治の姿を明らかにしました。

▼市民のパワーがすごいですね。条例制定後は、どのような動きが進展しているのですか。

「自治と協働のまち やまと」を基本理念として掲げ、第7次総合計画がスタートしました。福祉関連では、「誰もが安心して暮らせる福祉環境をつくる」という目標を設定し、「誰もが必要な支援を受けることができている」「誰もが元気に活躍する場を持っている」という大和市の実現をめざしています。市民も押し付けられたことではなく、自分たちで考えた理念を具体化しているので、いろいろ動くことが「負担」ではなく、結果として「達成感」や「充実感」を味わうことになっています。こうした市民と行政との協働の積み重ねで、「大和市」が築かれていくのです。

▼このような大和市の特徴は、障害保健福祉施策にはどのように活かされていますか。

「誰もが元気に活躍する場を持っている」を念頭に、障害がある方が社会で役割を担っていただくために、一人ひとりの希望と能力に応じた働く場・活躍の場の基盤整備に努めています。今年4月には、その中核となる施設として、「大和市障害者自立支援センター」が開所しました。このセンターは自治基本条例の理念に基づき、自己決定・自己選択を尊重し、自己責任という視点も踏まえて、障害がある人の社会参加をサポートする施設です。生活や就労に関する相談事業を中心として、障害者の就労に向けた作業訓練なども行っています。

▼今年の4月から施行された、障害者自立支援法の大きな目的である「就労自立」についても、大和市では着実に動き出しているというわけですね。

大和市ではすでに、1995年度から、独自の就労援助事業に着手しています。この10年間の実績として、約50の事業所の協力を得て、毎年20人ほどの障害がある方を雇用に結び付けています。2004年度には、大和市の障害者の就労率は17.7%だったのですが、2011年度には32%にしたいという目標値を掲げています。また、「就労訓練パートナー」として、市民が一緒に働くというのもこのセンターの特色です。企業と類似した環境で働くことが、就労訓練として障害がある人に好影響をもたらしていますし、一般市民の理解を深め、さまざまな場で交流するきっかけを作ってもいます。

▼素晴らしいですね。障害者の授産施設等の全国平均の就労率は、この20年ほどずっと1%程度です。これを7%にしたいというのが、国が障害者自立支援法の制定とともに打ち出した目標値ですが、大和市はすでにこの目標値さえ上回っています。5年後には、現状の2倍近い32%をめざしているのですね。また、職員とは異なる位置づけの就労訓練パートナーが果たしている役割も大きいですね。こうした障害のない市民とともに働くという発想も、障害者自立支援法の新しい視点です。いろんな意味で、大和市の施策は国の先取りをしていますね。

これらの発想や実績も、決して行政だけで打ち出せたわけではありません。市民参加があるからです。障害者施策に限らず、国に先行していろいろなことがやれるのは、市民と直接にふれあい、市民の生活が見える基礎自治体だからこそです。そして、市民の生活は一律ではなく、地域によって違うということも大切な視点です。

これまでの行政サービスは、「市民全体に、すべからく、平等にサービスを」ということで、ずいぶん非効率なことをやってきました。地域によって住民の生活は異なり、ニーズも違ってくるのです。大和市では自治基本条例が施行されてから、「市民自治区」という活動がスタートしました。現在10の自治区があり、そのうちいくつかの所で独自の展開をしています。「安心・安全」を掲げて地域のパトロールなどを行っているところ、「シニアお助け隊」を組織し、一人暮らしの高齢者を支えている地区、世代間交流に力を入れているところ、それぞれが地域性を踏まえて、住民のニーズに的確に応える活動が広がっています。これが「自治」、「自らを治める」ということです。

こうした活動は、地域の一人ひとりが尊重され、それぞれの生き方、価値観を認め合うからこそ根付いていくのです。大和市の自治の基本理念である、「市民一人ひとりが個人として尊重されること」、「自らの意思と責任に基づいて自己決定すること」という考え方が、この条例制定を機に、地域ごとに現実のものとなりつつあります。

▼「自治と協働のまち やまと」が、着実に進展していますね。

市民によるボランティア活動も活発です。移動支援として全国的な広がりを見せている、有償移送サービスも特徴的です。大和市では国が進める構造改革特区を活用して、2003年4月2日に、移動に制約がある方々を支援するために、「みんなで進める地域福祉特区」の認定申請を行いました。4月21日には、全国で初めて特区としての認定を受け、2つのNPO法人による有償運送事業が開始されました。2004年4月からは、この2法人と市との協働事業として、障害者や高齢者の社会参加促進を目的に、福祉車両による外出介助サービスがスタートし、多くの方々に利用していただいています。

▼行政の着眼点も素晴らしいですね。国の事業もうまく活用されているのですね。

それも市民の活躍があるから実現できるのです。「働く」という字は、「にんべんに動く」と書きます。「人が動く」ことによって、「傍(はた)が楽になる」、すなわち「ハタラク」なのだ、と私はよく言います(笑)。市民が動いてくれるので、市長や行政は楽をさせてもらっているのです。でも、これが「協働」の本質だと思います。大和市の市民は、「民度が高い」ということもよく強調します。これは単に収入とか履歴というだけでなく、その「人格」とか、「人間性」という意味で「民度が高い」のです。現役の頃、バリバリ活躍し、たくさんの蓄積があるリタイアした市民も本当に多くて、この方々が、そんな「過去」は表面に出ることもなく、一市民として着実に活動してくださるのです。だから、質の高い、先駆的な活動が大和市では展開できるのです。

▼なるほど。大和市の「協働」の意味がよくわかりました。それでは最後に、障害者自立支援法が施行されてからの障害福祉の状況、今後の展望などについてお話いただけますか。

障害者自立支援法の4月施行分については、説明会を何度も開催したこともあり、大きな混乱もなく動き出し、現在、10月施行分について準備を進めています。5月には、障害福祉計画策定委員会を発足させ、当事者団体をはじめ多様な委員の方々が参加してくださっています。

▼新しい地域生活支援事業への取り組みはいかかですか。

はい。まず、コミュニケーション支援事業ですが、本市では、手話通訳者、手話通訳奉仕員の養成に早く(1996年度)から取り組んでいます。現在、手話通訳士の国家資格をもつ人も含めて、12人の方が市の手話通訳嘱託員として市内で活躍しています。

次に、相談支援事業については、先に紹介した大和市障害者自立支援センターを、相談支援事業の基幹施設と位置づけ、地域自立支援協議会の役割も担います。やはり、ケアマネジメントが確実に機能してこそ、地域生活支援が広がっていきますし、地域も変わっていくと考えています。障害者自立支援センターの役割はますます重要になってきます。そして、南・中・北の3つのエリアにある社会福祉法人が、それぞれ三障害に対応した相談支援事業を展開することにより、身近な相談と大和市全域での役割とが、これも「協働」、コラボレートしていくことになると思います。

▼今日は、本当に有難うございました。今後も、「自治と協働のまち やまと」の進展に注目したいと思います。


(インタビューを終えて)多忙なスケジュールにもかかわらず、予定時間をかなりオーバーしてまで、大和市が誇る「市民」と「協働」、これからの障害福祉について、熱く語ってくださいました。歴史についての造詣も深く、専門書に論文なども多い土屋市長が尊敬する人物は、吉田松陰、後藤新平、渋沢栄一など、「なるほど」と思われる面々です。また、ジョン・F・ケネディも市長にとって大きな存在だということです。「国が何をしてくれるかではなく、私たちが国に何ができるのかを問いたまえ」という彼の就任演説は、市長にとっての座右の銘であり、市政を担当する者の基盤と認識しているそうです。人間としても本当に魅力にあふれ、この市長が舵取りをする大和市政、市民活動からは、今後も目が離せないな、ということを実感させられました。