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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年8月号

障害こと始め

ICFの中での「障害」のとらえ方

上田敏

ICF(国際生活機能分類)では「障害」をどうとらえているか、というのがいただいた課題ですが、前身である1980年の国際障害分類(ICIDH)と比べたほうが分かりやすいので、この二つによって、「障害」についての国際的な共通理解が今どこまで来ているかを見てみましょう。

「障害」から「生活機能」へ

「分類」というと統計の道具のような感じがしますが、大事なのは基礎となる考え方であり、それを分かりやすく示すのが「モデル」です。

図1が国際障害分類の「障害モデル」、図2がICFの「生活機能モデル」ですが、約20年の間に考え方が大きく変わったことが一目で見てとれます。

図1 国際障害分類(ICIDH)の障害構造モデル(1980)
図1 国際障害分類(ICIDH)の障害構造モデル(1980)拡大図・テキスト

図2 国際生活機能分類(ICF)の生活機能構造モデル(2001)
図2 国際生活機能分類(ICF)の生活機能構造モデル(2001)拡大図・テキスト

一番大きな違いは、対象が「障害」から「生活機能」に変わったことです。これは病気や「障害」といったマイナス面(不愉快に思われるかもしれませんが、もう少し読んでいただければ分かります)から「生活機能」というプラス面に視点を移したということで、いわば180度の考え方の転換です。

生活機能とは英語の functioning の訳ですが、英語でも全く新しい概念です。これは「人が生きることの全体像」ということで、図2にある「心身機能・構造」「活動」「参加」の三つの「レベル」を統合したものです。

「心身機能・構造」は読んで字の如くですが、「活動」(activity)とは生活行為、つまり朝起きてから夜寝るまでに行うことのすべて、それも身の回りのことだけでなく、家事・仕事・勉強・趣味・スポーツ・人との交際、等々の、あらゆる生活行為のことです。

また「参加」(participation)とは社会参加はもちろん含まれますが、それだけではなく、他の人とのかかわりの中で何らかの役割を果たすことのすべて、たとえば主婦であるとか親であるとかの家庭内の役割、働くこと、文化的・地域的・政治的・宗教的な組織や催しへの参加など多彩なものを含みます。

「マイナス」を「プラス」の中に位置づけて

ではICFでは「障害」は扱わないのかというと、そうではありません。ICFでは生活機能に問題が生じた状態、つまり「生活機能低下」が「障害」で、これも三つのレベルから成っています。つまり「心身機能・構造」に問題が生じた状態が「機能障害(構造障害を含む)」、「活動」に問題が生じたのが「活動制限」、「参加」に問題が生じたのが「参加制約」です。そしてこれらの3レベルが統合されたものが「障害」(disability)です。これは図1のICIDHモデルの3レベルを言い換えただけのものではなく、実は深い意味があります。

考えて見ますと、「障害者」という言葉がそう呼ばれる人にとって不愉快なのは、「害」とか「碍」とかの差もあるでしょうが、要するに根本は、マイナス面だけで人を代表させてしまって、それ以外のプラス面や個性を無視した表現だからではないでしょうか。「病人」「老人」なども同じです。

言うまでもないことながら、病人が「病気」という、老人が「高齢」というマイナス面をもつのと同様に、障害のある人は「障害」というマイナス面をもちますが、同時にさまざまなプラス面や、かけがえのない個性をもっています。ところがICIDHには障害というマイナス面を見る視点しかなく、プラス面を示す方法がありませんでした。そのために障害のある人のプラスの面を伸ばすことが仕事であるリハビリテーション医として、私は随分もどかしい思いをしたものです。

しかしICFでは、「こういう点にはこういうマイナスがあるが、他の点にはこういうプラスがある」ということをはっきり言い表せるのです。これは大きな違いで、人を見る場合にまずプラス面から出発して、マイナス面をもプラス面の中に位置づけて見るということにつながります。これからは医療でも福祉でも介護でもこういう見方がますます大事になるでしょう。

三つのレベルの間の「相対的独立性」

ICIDHに話を戻しますが、このモデルは1981年の国連国際障害者年の世界行動計画の基本理念に採用されました。それは「機能障害があっても、能力障害を起こさないようにすることはできるし、仮に能力障害があっても社会的不利をなくすることはできる」ということでした。これは障害を三つに分けることで、これらの間の「相対的独立性」、つまり「各レベルには独立性があり、他のレベルからの影響で決められてしまうことはない」ということがはっきりしたからです。ICFも当然これを受け継いでいます。

この他にICFがICIDHより進んだ点は、環境因子(物的だけでなく、人的、社会的環境も)の導入、矢印が一方向だったのを双方向の相互作用モデルとしたこと、「共通言語」(各種専門家間、専門家と当事者間)をめざすこと、その他非常にたくさんあるのですが、詳しくは拙著を参考にしていただければ幸いです。

(うえださとし 日本障害者リハビリテーション協会顧問)

(参考文献)

上田敏:ICFの理解と活用―人が「生きること」「生きることの困難(障害)」をどうとらえるか:きょうされん(発売:萌文社)、2005