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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年10月号

弁護士による障害のある人のための法律相談

清水建夫

1 法律相談と事件依頼

私たち弁護士は、1.民事裁判における原告としての裁判の提起、2.民事裁判における被告としての応訴、3.調停事件における申立人または相手方としての代理人、4.法的手続きをとらずに相手方との折衝、5.刑事事件における被疑者もしくは被告人の弁護などの具体的依頼案件を事件と称しています。

法律相談は事件依頼を受ける前の相談で、法律的見解、裁判を提起したときの見通し、そのために必要な証拠や費用などについて弁護士に意見を求めることです。法律相談料は30分5,250円が一般的です。事件依頼のときは依頼を受ける際、弁護士費用を明示することが弁護士に義務づけられています。依頼の際、明確にしておくことが大切です。

2 各都道府県弁護士会と障害のある人の法律相談

1.高齢者・障害者支援センター

障害のある人の法律相談に適切に対応するためには、弁護士の側に障害や障害のある人の置かれている状況についての理解が不可欠ですが、その理解のある弁護士は少数なのが現状です。弁護士の側に手間がかかるうえにお金にならないという本音があることも事実です。それを補うために各都道府県の弁護士会は“高齢者・障害者支援センター”を設置し、障害のある人のニーズに応じようとしています。

弁護士会は各都道府県に1つあります。ただし、北海道は札幌、函館、旭川、釧路の4か所、東京は千代田区霞ヶ関の弁護士会館の中に東京弁護士会、第一東京弁護士会、第二東京弁護士会の3つがあります。

高齢者・障害者支援センターは、高齢で財産管理の十分にできない方や障害のある人のサポートをしようという弁護士が登録していますので、相談する適切な弁護士がいないときは、まず弁護士会に相談することをおすすめします。ただし、登録している弁護士が全員障害のある人に理解があるとは限りませんので、相談にあたっては、相談したい事項と要望を弁護士会や担当弁護士に明確に伝えることが必要です。

相談料は弁護士会の場合も30分以内5,250円が原則で、経済的に困っている方については無料とする扱いを設けています。弁護士による無料の電話相談を受けている弁護士会もあります。多くの弁護士会は敬老の日(9月の第3月曜日)や障害者週間(12月3日~12月9日)に「高齢者・障害者110番」を無料で開設しています。これらについては各弁護士会に直接お問い合わせください。ほとんどの弁護士会がホームページをもっています。

2.福祉の当番弁護士制度・精神保健当番弁護士制度

これは福岡県弁護士会が設けている制度です。福岡県弁護士会は全国の弁護士会の中でも先進的な取り組みをしている弁護士会です。

a.福祉の当番弁護士

行政機関、福祉団体、施設等において高齢者や障害者の相談を担当している方向けの相談で、福岡県弁護士会の高齢者・障害者支援センター“あいゆう”の専用電話・FAX(092―724―7709)まで、団体名と氏名、連絡先の電話番号、連絡可能な時間を指定して申し込みますと24時間以内に電話相談担当の弁護士から連絡し、電話相談を無料で実施します。この制度は、高齢者や障害のある人の相談を担当している方の疑問を法的な側面からアドバイスすることに主眼があります。

b.病院から退院したい!(精神保健当番弁護士)

精神保健福祉施設(精神病院など)に入院している人に対し、精神保健当番弁護士が精神保健施設に出張し、法律相談を行い、退所、処遇改善などの請求にかかわる相談を行っています。精神保健施設の協力を得て、入院している方にわかるよう公衆電話の近くに弁護士会の連絡先が明示されています。

残念ながら、ほとんどの弁護士会は福岡県弁護士会のような取り組みができていません。地元の弁護士会にない場合には障害のある人や障害のある人の団体、相談機関の方々の側から、地元の弁護士会に福岡県弁護士会のような取り組みをしてもらいたいと要望していただければ検討すると思います。

3 法テラス(日本司法支援センター)

2006年10月1日から「法テラス」が業務を開始します。法テラスは日本司法支援センターの愛称で、法務省が中心となり日本弁護士連合会(日弁連)などが協力し、全国どこでも法的トラブルを解決するための情報やサービスが受けられる社会をめざして設けられました。

法テラスは、国、地方公共団体、各種相談機関、弁護士、司法書士、弁理士、行政書士等の各種士業団体、犯罪被害者支援団体等と連携・協力し、相談者に最も適切な機関・団体の情報を無料で提供するとしています。ただ、弁護士が刑事の国選弁護事件を担当する場合にも法テラスとの契約を義務づけており、弁護士業務の根幹について、検察を司る法務省が関与することに関し弁護士グループから異論が出ています。

4 障害と人権全国弁護士ネット

日弁連は2001年11月9日第44回人権擁護大会で「障害のある人に対する差別を禁止する法律の制定を求める宣言」を採択しました。それ以降、法制化を実現するため「障害のある人に対する差別を禁止する法律に関する調査研究委員会」を設け、調査研究を続けています。これら人権擁護大会や調査研究委員会に携わった弁護士が中心となって、2002年9月に“障害と人権全国弁護士ネット”(以下「全国弁護士ネット」という)を設立しました。代表は視覚障害者の竹下義樹弁護士で、同弁護士は日弁連の調査研究委員会の委員長も兼ねています。調査研究委員会も全国弁護士ネットも障害のある弁護士と障害のない弁護士がチームワークを保って取り組んでいます。

全国弁護士ネットには北は北海道から南は沖縄まで、障害と人権に積極的に取り組んでいる弁護士が参加し、現在88人の弁護士が会員となっています。全国弁護士ネットは事例研究等を重ね、障害と人権についての裁判等障害のある人を積極的にサポートしています。事務局は銀座通り法律事務所(http://www.ginzadori-law.jp/)で、私が事務局長になっています。

5 働く障害者の弁護団

私が代表となり、障害や疾病をもって働く方をサポートするため結成した2つの弁護団を紹介します。

1.働く障害者の弁護団

障害をもって働く人のサポートを主な目的として2000年6月に結成した弁護団です(http://www.bengodan.net/shogaisha/)。

2.働くうつの人のための弁護団

働くうつの人のサポートを主な目的として2005年10月結成した弁護団です(http://utsu-bengodan.main.jp/)。

6 相談事例と解決

1.家主による不当な明け渡し請求事件

視覚障害のAさんが借りているアパートに羽アリが発生しました。家主BはAさんが部屋や風呂場を締め切っているから発生したという言いがかりをつけ、不動産屋Cを通じ出ていくよう求めてきました。Aさんにとって身に覚えのないことであり、弁護士Dに相談したところ、Dは「弁護士に相談したところ、障害者差別だから明け渡し要求を撤回するよう言われた」と伝えるようアドバイスしました。その後CからDに電話がかかってきたので、DはBの要求は許されないので、Aとよく話し合ってくれと説明しました。その後CからAさんに明け渡し請求を撤回し、他の人と同じように契約を更新する旨の回答がありました。

2.知的障害者の労働者の労災死亡事件

大きなクリーニング工場に勤めていた知的障害者のAさんは、就業中機械に巻き込まれ4日後に死亡しました。Aさんは知的障害者のリーダーとして知的障害者の世界大会に出席したり、知的障害者の仲間と本を出版したりして活発な活動をしていました。事故後、労働基準監督署が事故調査をしたところ、機械の前にAさんの靴が揃えてあり、Aさんが何らかの事情で自分の意思で機械の中に入って事故になったことが推測されました。

Aさんが勤めていたB社の社長Cは「何で機械の中に入ったのかわからない」と言って責任がAさんにあるような発言をしていました。Aさんの生前からの知り合いの弁護士が中心となり、弁護団を結成し、警察や労働基準監督署に事件の解明を求めました。労働基準監督署の若い女性の労働基準監督官が熱心に事件発生の原因を追究しました。

その会社はたくさんの知的障害のある労働者を雇用していましたが、安全配慮義務を欠いていることが明らかとなりました。Aさんの母Dさんは、B社とCを相手に安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求訴訟を提起し、裁判所はB社やCの責任を明確にしたDさん勝訴の判決を言い渡しました。

3.視覚障害教師解雇事件

修道女会が運営する宮崎県のミッション系スクールの高等学校B学園に25年間数学教師として真面目に勤務していたAさんは、網膜色素変性症により視力が低下したことを理由として解雇されました。Aさんは連合宮崎傘下の個人加盟の労働組合を頼りましたが、労働組合は退職やむなしという対応でした。Aさんは働く障害者の弁護団に依頼し、仮処分申立をし、訴えを提起しました。

B学園側はAさんに対する偽りの評価書を提出するなど不当な対応に終始しましたが、裁判所の勧告によりB学園は不承不承Aさんに対する解雇を撤回し、給与や賞与をさかのぼって全額支払いました。そして、Aさんを教壇に復帰させました。復帰後もAさんに対するB学園の嫌がらせが続いていますが、Aさんはそれにめげず授業に工夫を重ねて教鞭をとっており、生徒もAさんをサポートしてくれています。

4.自閉症児の学校事故

自閉症のA君(小学校3年生)は休みの時間に体育館内の倉庫に入ったことをとがめられ、障害児学級担任教師Bにドアを閉められました。A君はパニックになり、倉庫内の窓から飛び降り、あごや歯を折るなどの重症を負いました。Bや校長Cは、A君が倉庫内で倒れた時に起きたのではないかとして事件を曖昧(あいまい)にしようとしていました。A君の両親が警察に被害届を出すなどした結果、A君がパニックになり窓から飛び降りたことが明らかとなりました。

警察は熱心に捜査し、Bを業務上過失傷害容疑で検察庁に送致しましたが、検察庁はBに事故の予見可能性があったか疑問として不起訴となりました。A君の両親は起訴するべきであるとして検察審査会に審査請求の申立をするとともに、現在、市等を相手に損害賠償請求訴訟を準備中です。

5.雇用主が知的障害労働者を虐待死・傷させた事件についての国家賠償請求事件

B社は多数の知的障害者を雇用していましたが、社長Cは暴行・暴言・虐待により労働者を死・傷させる恐怖の職場支配を続け、年金横領や無償労働の違法行為を繰り返していました。亡くなったAさんの両親と労働者16人がB社とCに損害賠償を求めるとともに、国と滋賀県も共同被告として国家賠償を求める訴訟を大津地方裁判所に提訴いたしました。

裁判所は労働基準監督署や職業安定所が事件防止のための迅速な対応を欠くことを理由として国の賠償責任を認定し、また知的障害者更生施設が就職先の選定について注意義務を欠くことを理由として県の賠償責任を認定し、原告ら全面勝訴の判決を言い渡しました。

(しみずたてお 弁護士、銀座通り法律事務所)