音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年10月号

障害者110番―受話器の向こうの見えないクライアントと向き合う
―山梨県障害者社会参加推進センターの相談活動―

齊藤玉木

1 事業の性格

本県が実施している障害者110番運営事業は、国の「障害者の明るいくらし促進事業」(現、障害者自立支援社会参加総合推進事業)の必須事業として、「障害者の権利擁護に係る相談等に対応するため」の「常設相談窓口」として、1998(平成10)年にスタートしました。すでに全国的には59実施機関が事業をすすめておりますが、実施主体は都道府県社会参加推進センター、障害者団体、県社会福祉協議会等と多様で、いずれの窓口もすべての障害種別の障害者のために、原則として24時間体制で開かれています。

本県では山梨県障害者社会参加推進センターが、この事業を「障害者が安心して日常生活を送ることができるよう、その権利擁護に係る相談に応じるとともに、必要な助言を行うことにより障害者の福祉の増進を図ることを目的」とした事業であると位置づけ、障害者の人権を支えることに軸足を置きながら、広くその家族や関係者の日常の暮らし全般にわたる24時間体制の「障害者何でも相談窓口」として事業をすすめてまいりました。

2 相談の態様

受付時間は月曜日~土曜日の午前9時~午後4時までで、時間外は留守番電話がお伺いし、受付時間内にこちらから連絡して対応しています。この事業が個人の秘密を大切にする性質上、相談専用受付電話回線を設置し、私はワイヤレスインカム(ヘッドホン)を着けて、事務所内の特設の相談室に移動し相談を受けることにしています。

電話相談の他、来所を希望される場合は相談室での面接相談も行っています。特に、法的なアドバイスを必要とする事例や専門性の高い相談については、月に2回、第2・第4火曜日の午後2時~4時まで、弁護士による無料相談も実施しています。ただし、原則として予約制となっていますので、前もって電話で予約をしていただきます。また通常の相談に当たって、事案の内容によっては、私から弁護士相談を勧める場合もあります。

当センターは山梨県弁護士会と年間契約をし、弁護士に交替で対応していただいています。その際、担当である私も同席し、記録やフォローをしています。お立ち合いいただく弁護士は、障害者と日常的に接しているわけではないので、必要なフォローをします。

相談対象者は、身体・知的・精神すべての障害者、またはその家族・関係者ですが、たとえば障害者の雇用主とか、障害の子どもを持つ親、また障害者から職場内についての相談を受けた支援センターからの相談という場合もあります。また、私自身手話通訳士の資格を持っておりますので、聴覚障害者の相談にはじかに手話で関わることができますので、聴覚障害者と直截(ちょくせつ)に対応できる利点があります。

3 相談の内容

相談内容は、虐待・相続・財産侵害及び管理・金融・契約・婚姻・家族・隣人・職場・雇用・施設・教育・医療・生活・福祉と実に多岐にわたっておりますが、制度や利用機関の問い合わせ等を除くと、多かれ少なかれ障害に対する差別等の人権に係わるものが多いのが特徴です。

法務省人権擁護局が発行した平成17年度版「人権の擁護」によれば、平成16年中に取り扱った人権侵犯数は、「平成15年を約20%上回る大幅な増加」で、過去最大の件数であったと報告されております。

この中で、「差別待遇」の事案は、前年比約44.5%の伸びで、1068件となっており、対象別では「同和問題」に次いで「障害者に関するもの」が上位となっている傾向は、本県の実績からも十分うべなえるものです。

本県における相談の実績は、平成16年度が191件、17年度は380件、18年度は7月現在(4か月間)で175件と、大幅な増加の傾向にあります。これは、障害者の社会参加が大きく進む中、障害当事者が積極的に地域活動や社会活動に参加しようとして、否応なしにぶつかる障壁によるものと考えられます。

平成16年度は、障害種別では身体が83件と一番多く、精神59件、その他30件、知的18件、と続いており、相談内容では福祉サービス48件、金融契約44件、その他が38件となっています。平成17年度は、障害種別では精神が218件と急激に増え、この傾向はそのまま平成18年度に引き継がれ、中間4か月の実績でも精神障害者の相談がすでに131件とさらに増加し続けており、この状況は一層加速するのではないかと考えられます。相談内容中、「その他」が109件と他の相談より突出しているのは、そのほとんどが精神障害者からの心の相談で、傾聴という受け身の相談から一歩をすすめるクライアントの精神・生理・心理などのケアに少しでも近づける勉強や研修の必要性を強く感じております。

精神障害者は、常に心に不安を感じ、だれかに頼りたいという思いが働いていて、ほんの些細なことでも得心や確認が得られないと、心が落ち着かないのです。

障害者110番運営事業(H16~H18)

年度 相談月別総件数 相談件数内訳
相談形態別 対応別 相談者別 性別 障害別
電話 来所 留守番電話 その他 一般相談 法律相談 本人 家族 関係機関 その他 身体 知的 精神 その他
H16 190 141 45 190 157 33 190 113 43 16 48 220 110 80 190 83 18 59 30 190
H17 380 333 40 380 346 34 380 298 47 37 382 284 91 375 111 12 218 39 380
H18
(4月~7月)
175 148 14 175 161 14 175 157 12 175 142 33 175 34 131 175
合計 571 474 85 570 503 67 570 411 90 16 85 602 394 171 565 194 30 277 69 570
構成比 83% 15% 1% 1% 100% 88% 12% 100% 68% 15% 3% 14% 100% 70% 30% 100% 34% 5% 49% 12% 100%
年度 相談月別総件数 相談件数内訳
相談内容別
体罰虐待 相続関係 財産侵害 財産管理 金融契約 婚姻離婚 家族との人間関係 隣人知人との人間関係 職場内の人間関係 雇用勤務 施設処遇 教育 保健医療 生活 福祉サービス その他
H16 190 14 44 11 16 48 38 190
H17 380 38 22 15 70 199 380
H18
(4月~7月)
175 10 10 109 175
合計 571 19 82 12 10 19 29 31 118 237 570
構成比 0% 1% 0% 3% 14% 2% 2% 0% 1% 3% 0% 0% 5% 5% 21% 42% 100%

4 緊要な課題

私が相談を受けていていつも苦しんでしまうのが、この精神障害者への対応です。精神保健福祉の専門家ではないので、ケースによっていろいろですが、一般的な見解で答えていいのか、すべて傾聴を受容して肯定的に答えるべきなのか…。相手によっては、1時間、2時間と電話に釘付けにされることもあります。これの適切な対応についてはこれからの課題ですが、一人の専任相談態勢では、自身の迷いや悩みの解決のほうが先決ではないかなどと思い悩んでしまいます。

私は喫緊の課題として、相談員の複数設置やスーパーバイザーの必置、さらには幅広い分野の専門家をメンバーとした強力な相談チームが必要だと考えています。

5 深刻化する相談

相談を受けていて最近感じることは、家族間の人間関係の希薄さです。

たとえば、脳梗塞で倒れ、片マヒの後遺障害が残った夫が、妻から離婚を求められたり、交通事故で身体と知的の重複障害を負ってしまった子どもを受け入れられず、別居に至ってしまった父親、精神障害者が祖父から遺言によって遺産を相続したが、叔母から嫌がらせを受けるなど、受話器の向こうから聞こえるすすり泣きや、胸につかえる思いをどう表現してよいか言葉を選んで戸惑っている様子に、そばにいればそっと肩に手を当ててあげたい衝動にかられて、絶句することがしばしばです。その他、聴覚障害者を対象に、手話で勧誘する詐欺行為が県内外で起きており、障害者の弱みにつけ込んだ許し難い人権侵害の事案は枚挙にいとまがない程です。

このような中、障害者自立支援法が施行され、障害者に係る負担増や先行きの不安を訴える相談もぼつぼつ寄せられてきています。

この先、障害者の自立を支えるための暮らしや人権をいかに守っていくのか、さらに問題は深刻化すると思われます。果たしてこうした重責を担い切ることができるかどうか、相談担当者としていささか心配が残ります。

目下の私は相談担当者として常に障害者に寄り添い、障害者の声をしっかり傾聴して問題の解決処理のための最大限の援助ができるように、懸命にそして必死に努力をしております。

(さいとうたまき 社会福祉法人山梨県障害者福祉協会障害者110番相談担当)