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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年10月号

フォーラム2006

障害者権利条約案採択される
―第8回特別委員会報告―

松井亮輔

8月14日から25日にかけてニューヨークの国連本部で、第8回特別委員会が開かれた。1月~2月にかけて開催された第7回特別委員会の最後に行われたドン・マッケイ議長の総括コメントで、次回の特別委員会で条約案を採択し、今年中に国連総会に諮るという意向が示されたこともあり、今回の特別委員会には、115か国の政府代表団(約600人)および障害NGO関係者など約300人(そのうち、八代英太元郵政大臣、原口一博衆議院議員、日本障害フォーラム(JDF)など、わが国の関係者は全体で約50人)を含め、過去最高の900人近くが参加したものと思われる。障害NGOは勿論のこと、政府代表団のなかにも障害のある人々が多数含まれていたのが、とくに目立った。

非公式協議中心の展開

前回の特別委員会で取りまとめられた修正議長草案各条項について、第8回特別委員会前半の最終日(8月18日)深夜に設定された期限までに各国政府代表団から提出された数多くの修正案を、後半の5日間で処理し、採択する方法として、マッケイ議長は、「各修正案提案国は、その提案に反対する関係国と協議し、合意を取りつけるか妥協案を作ること、もしそれができない場合には、修正議長草案の条項どおりとする」という提案を後半初日(8月21日)に行い、了承された。従って、後半の条約交渉は、非公式協議を中心に展開された。断続的に開かれる公式協議以外は、会議場のあちこちで条項ごとに分かれて政府間の協議が行われるとともに、とくに修正提案国の多い条項については、別の小会議室が割り当てられた。

小会議室での協議については、国際障害コーカス(IDC)(注1)など、障害NGO関係者も、傍聴が認められたため、協議の進捗状況を把握することができたが、それ以外の協議の状況については、IDCは手分けして、関係国政府代表団に一員として加わっている障害当事者などから情報を収集する一方、IDCとしての意見を協議に反映させるべく関係政府代表に働きかけるなど、あちこちで活発に動いている様子が、注目された。

交渉が難航した主な条項(注2)

今回の特別委員会で交渉が最後まで難航したのは、1.「障害」および「障害のある人」の定義とそれらを入れる条項、2.第12条[法律の前における平等]、3.第17条[個人のインテグリティの保護]、ならびに4.アラブ・グループから、前文および第11条[危険のある状況及び人道上の緊急事態]のなかに挿入するよう、修正提案のあった「外国の占領下の障害のある人の安全と保護の確保」などの取り扱いである。

とくに2、3および4については、特別委員会最終日になっても決着がつかず、一時は今委員会での条約案採択は困難で、第9回特別委員会に持ち越さざるを得ない、という情報まで流れたが、マッケイ議長の一見強引ともいえる好采配で、午後6時終了の予定を午後8時過ぎまで延長の末、どうにか採択にまでこぎ着けえたのが実情といえる。

採択時間が予定よりずれ込んだ一因は、4について米国などから投票による決着が求められたことから、途中で部屋を押しボタン方式による投票ができる(つまり、各国の投票結果〈賛否または保留〉が表示できる電光板がある)会議室に変更したことにもよる。

ぎりぎりの段階で妥協が成り立った第12条および第17条、とくに第12条の内容は、IDCなど障害NGOが期待していたものとは相当な落差があり、それらの団体関係者などに大きな不満を残すことになった。

採択された条約案での1、2、3および4の取り扱いは、次のとおりである。

1.「障害」については、前文(c)bisで、「障害が発展途上の概念であることならびに、障害がインペアメントのある人と、他の者との平等を基礎とした社会への完全かつ効果的な参加を妨げる、態度上及び環境上の障壁との相互作用から生じること。」と定義。

また、「障害のある人」については、第1条[目的]で、「障害のある人には、種々の障壁と相互に作用することにより他の者との平等を基礎とした社会への完全かつ効果的な参加を妨げることがある、長期の身体的、精神的、知的又は感覚的なインペアメントをもつ人を含む。」と定義。

この障害の定義は、マッケイ議長が第7回特別委員会で提示した、「障害は、インペアメント、状態又は疾患のある人びとと、それらの人びとが直面する環境上及び態度上の障壁との相互作用から生じる。そのようなインペアメント、状態又は疾患は、永続的、一時的、断続的な又は(そう)見なされる場合があり、かつ、身体的、感覚的、心理社会的、神経的、医学的又は知的なものを含む。」と比べ、より簡略化されただけ、その範囲が限定的になっている。

2.第12条は、修正議長草案にあった2項とその代替案2項のうち、前者が削除され、後者が、「2 締約国は、障害のある人が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力(原注:アラビア語、中国語及びロシア語において、「法的能力」という言葉は「法的な権利能力」を意味する)を共有することを認める。」と修正された。

こうした原注入りでこの条項が採択されたことについては、IDCなどは強い遺憾の意を表している。そして、IDCは、条約成案づくりの過程でこの原注を削除するよう、各国政府に文書などで働きかけている。「法的能力」は、他の条項にもかかわる極めて重要なものだけに、この原注が条約成案に残れば、条約そのものの意義が損なわれかねないことが危惧されるからである。

3.第17条は、修正議長草案の冒頭の「障害のあるすべての人は、他の者との平等を基礎として、その身体的及び精神的なインテグリティを尊重される権利を有する。」以外は、1項から4項まですべて削除された。

とくに精神障害当事者団体などから強い反対があった、非自発的治療(強制的介入又は強制的施設収容)について触れた各論部分を削除し、総論部分のみにとどめたのは、この条項をクリアするためのぎりぎりの妥協策と思われるが、あまり実質のない内容となったことも事実である。

4.「外国の占領下の障害のある人の安全と保護の確保」については、前文に「国際連合憲章に含まれる目的及び原則の完全な尊重に基づく、平和及び安全の条件ならびに関係人権文書の遵守が、特に武力紛争及び外国の占領下の障害のある人の完全な保護に不可欠であることを想起し」((s)bis)として挿入するという妥協案が示されたが、それでも合意に至らなかった。そのため、この妥協案については、全会一致方式でなく、異例ともいえる投票による決着が図られることとなった。投票結果は、賛成102票、反対5票(米国、イスラエル、カナダ、オーストラリア、日本)、保留8票(アラブ・グループなど)で、圧倒的多数の賛成で、妥協案が可決された。

全会一致で採択

こうしてすべての条項について基本合意に至った結果、午後8時ごろ、障害者権利条約案(前文と全50条から構成)および個人通報制度や調査に関する選択議定書案を含む、報告書が採択された。

その瞬間、全員が拍手しながら一斉に立ち上がった。なかには歓声をあげたり、抱き合ったり、感極まって泣き出す人もいるなど、まさに歴史的場面にふさわしい、感動的な光景が見られた。

その後、ヤン・エイアソン国連総会議長による祝辞、各地域の政府代表などによるスピーチが続くが、いずれも条約づくりに大きく貢献したマッケイ議長およびIDCに対して、こころからの賛辞を込めたものであったのが、とくに印象に残った。

最後にIDCを代表して、キキ・ノルドストローム前世界盲人会連合会長が、これまで差別と抑圧の下で苦しんできた世界中の障害のある人の、権利条約までの長い道のりについてスピーチを行った。それは、その場に居合わせたすべての人の心に響く、極めて格調の高いものであった。

今後の課題

第8回特別委員会で採択された条約案は、起草部会(第1回会合は9月5日。その委員はすべて政府代表)で成案化される。マッケイ議長の説明によれば、起草部会で作られる条約成案は、11月下旬までに開かれる第9回特別委員会(その会期は、半日程度)での承認を得て、国連総会に諮られ、年内に条約として採択される予定という。

国連総会での採択後、同条約が発効するには20か国の批准が必要とされるが、EU諸国、ニュージーランドおよびメキシコなどがすでに早期批准の意向を明らかにしていることから、遅くとも再来年には発効する可能性が高いと思われる。

日本国内(国会)での批准に向けて、同条約に関連する国内法の見直し、障害者差別禁止法などの制定、ならびにモニタリング機構の設置を含む、国内実施体制の整備などがこれからの課題となる。その課題解決を早期に実現するためにも、JDFを中心に、国内関係団体が力を合わせ、国会や政府に強力かつ継続的に働きかけるとともに、この条約について、国民やマスコミなどの理解を得るための啓発活動などを積極的に展開する必要があろう。

(まついりょうすけ 法政大学現代福祉学部)

(注1)国際障害コーカス(IDC)は、障害者権利条約に関する特別委員会にオブザーバー参加を認められた障害NGOなどの大部分から構成されるネットワーク組織である。2002年7~8月に開かれた第1回特別委員会で創設されたもので、現在のメンバー数は、100あまり。これまで開催されたすべての特別委員会に参加し、2004年1月の作業部会で作られた条約草案や、2005年10月に提示された議長草案などの各条項について修正提案などを行っている。その提案は、今回の特別委員会で採択された条約案に少なからず反映されている。

(注2)本文で取り上げた障害者権利条約案各条項は、新潟大学大学院博士研究員川島聡氏による仮訳をほぼ引用させていただいた。