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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年10月号

ワールド・ナウ

韓国における視覚障害者の職業事情
―視覚障害者按摩専業違憲判決を巡って―

指田忠司

今年5月25日、韓国憲法裁判所は「視覚障害者のみに按摩師資格を付与する現行制度は、国民の職業選択の自由を侵害するため違憲」とする憲法判断を下した。この判決に対して、視覚障害者が強く反発、大韓按摩師協会は緊急対策委員会を設置して全国的な抗議行動を展開するとともに、政府や議会への働きかけを行ってきた。

本稿では、これまでの研究成果とともに、7月初旬の訪問調査と、その後の情報をもとに、韓国における視覚障害按摩師の歴史と現状を踏まえつつ、本判決の持つ意義と今後の課題について検討してみたい。

韓国における按摩業の実態

按摩業は世界的に最も多くの視覚障害者が従事する職業であり、韓国でも1913年に視覚障害者の職業として導入されて以来、視覚障害者職業対策の中心になっている。

韓国における按摩業は、日本支配下の総督府済生院盲唖部(現・国立ソウル盲学校の前身)の設立と同時に始まり、按摩術、鍼術、灸術営業取り締まり規則が制定され、按摩師免許が交付された。第2次世界大戦後、この制度が廃止され、視覚障害者の熱心な働きかけに応えて、1960年に制度が復活するが、翌年の軍事クーデターのため、再びこの制度が廃止されてしまう。

これに対して、視覚障害者が按摩免許制度復活の建議を行い、これに応える形で1973年、保健社会部(現在の保健福祉部)が視覚障害者の職業対策として按摩師資格制度を制定した(「看護補助員、医療類似業者及び按摩師に関する規則」)。これによって、第2次世界大戦後問題となってきた按摩師資格が完全な制度として定着し、視覚障害者の按摩専業が確立したと言われている。

現在、韓国には視覚障害者が18万4千人おり、うち全盲者が5万5千人とされる。そのうち、按摩師資格証の所持者が約6200人いるが、その内訳は全国に散在する盲学校高等部出身者が約4600人、按摩修練院(日本の国立視力障害センターにあたる中途視覚障害者リハビリテーション施設)出身者が約1600人である。

韓国では、かつては流し按摩が多数いたが、現在では、共同風呂場にサウナバス付きの按摩施術所(マッサージ・パーラー)が全国に1073か所あって、これらで働く按摩師が多くなった。

このような視覚障害者による按摩専業の実態がある一方、韓国ではスポーツ・マッサージ、リラクゼーション、整体などさまざまな手技療法が市中に広まり、いわゆる無資格者問題が顕在化するとともに、自由貿易協定締結交渉におけるタイ・マッサージの導入問題など、日本における視覚障害者の職業問題と同様の状況が出現している。

憲法裁判所判決の趣旨

5月25日の憲法裁判所合議部(主審:ソン・インジュン裁判官)の判決は、“按摩師に関する規則”の第3条第1項が、視覚障害者以外の国民の職業選択の自由を侵害しているとして、賛成7、反対1で違憲とするものであった(憲法裁判所は9人の裁判官で構成され、違憲判決には6人以上の賛成が必要。この判決では1人が欠席)。

多数意見は、規則は「視覚障害者の生計手段を保障するためのものであり、目的自体は正当性が認められる。しかし、視覚障害者以外の国民が按摩師をめざすことを根本から否定しており、職業選択の自由を著しく侵害している」とした。他方、反対意見は、「規則は憲法第34条第5項の『国家の障害者保護』の規定に従って、就職に当たって極めて不利な立場にある視覚障害者の生計を保障するために定められたもので、必要かつ適切だ」とし、「視覚障害者以外の国民はマッサージ師でなくても理学療法士など他の資格を取得して、この分野の仕事に従事することもできる」と述べている。

このように、今回の判決における争点は、晴眼者の職業選択の自由か、障害者の保護かという点に集約される。そして、職業選択の自由における規制目的の正当性と、その目的を達成する手段の合理性の二つの側面から検討されている。多数意見は目的の正当性を認めつつも、その達成手段が厳しすぎて、他の国民の自由を侵害するほどに不合理だというわけである。これに対して、反対意見は視覚障害者の生存権に着目して、達成手段の合理性を導き出しているといえよう。

ところで、憲法裁判所が按摩師に関する規則について憲法判断をしたのは今回が初めてではない。3年前の判決では、これを合憲としていたのである。今回の判決はこうした従来の判例を真っ向から覆すものであって、国民が等しく按摩業に就く権利は、視覚障害者の既存利益よりも優先するという立場をとったのである。こうした経緯とあいまって、今回の判決には、何らの救済措置や留保条項も伴わなかったため、視覚障害者の世界から大きな反発を呼ぶことになった。

激しい抗議行動と解決の方向性

大韓按摩師協会は緊急対策委員会を設置して、5月29日から違憲判決糾弾集会やデモ行進、座り込み、関係省庁前での決起集会など、一連の抗議行動を展開してきた。筆者が現地を訪ねた7月7日夕方にも、首相公邸前で抗議集会が開かれ、周囲を警官隊が取り囲む中、約200人の視覚障害者が白杖を叩いたり、ドラや太鼓を鳴らしてアジ演説に呼応して気勢を上げていた。

こうした抗議行動の一方、緊急対策委員会では、保健福祉部のリュー・シミン長官に代表が面会して視覚障害按摩師の実情を訴えるとともに、国会議員を通じて規則改定に向けた運動を展開している。

韓国には、2004年の総選挙で野党ハンナラ党から立候補して当選したチョン・ファンウォン議員(全盲)がおり、今回の問題では、同議員が積極的に活動し、国会における質疑を通じて違憲判決の拘束力について政府見解を質した。その結果、今回の判決で問題となったのは、保健福祉部令が按摩業の資格に関して医療法の委任範囲を超えて、視覚障害者の専業を定めているという点で、これについて7対1の違憲判断がされたこと、また、視覚障害者の専業そのものが憲法の定める職業選択の自由に違反するという点については、判決は5対3の判断を示したに過ぎず、違憲と考える判断が多数を占めたものの、裁判所として違憲判決を下すには至らなかったこと、等が明らかにされた。

5月25日の違憲判決がこのような拘束力を有することを確認したうえで、大韓按摩師協会などの関係団体は、視覚障害者の按摩専業について、医療法でこれを規定すべく国会議員への陳情活動に力を入れることになったのである。

法改正と今後の課題

法改正については、すでに6月16日に野党ハンナラ党から同法改正案が、また与党ウリ党からも7月24日に別の改正案が提出されていたことから、8月21日に始まった第261臨時国会では、これら2案の処理について、保健福祉委員会の下に設置された小委員会で審査が行われた。その結果、2案を統合したうえで1本の代案として委員会及び本会議に上程されることとなった。

法改正の骨子は、従来のように保健福祉部令(日本の厚生労働省令)で按摩師資格や業務範囲を規定するのではなく、障害者保護を規定する憲法第34条の趣旨を尊重して、「按摩師は、障害人福祉法に基づいた視覚障害人のうち次のそれぞれのいずれかの一つに該当する者で、市、道知事の資格認定を受けなければならない」として、一定の専門教育を受けた視覚障害者に資格を与えることを医療法で規定し、営業権と密接に関係する業務範囲の部分については保健福祉部令で規定するようにするものである。こうすることによって、憲法裁判所が指摘した「規則レベルで晴眼業者の職業選択の自由を規制してはならない」という批判に応えたことになるとするものである。

国会での審議中は、大韓按摩師協会が組織した陳情団が国会前で毎日アピール活動を続けた。その結果、8月29日午後5時過ぎ、賛成205、棄権10、反対0で改正法が本会議を通過した。

国会で改正案が通過した直後の演説で、大韓按摩師協会のクオン・インヒ会長は「これからが大変で、守っていくことの難しさを考えていかなければならない」と語り、今後の保健福祉部令の内容、スポーツ・マッサージ業者の巻き返し運動など、大きな課題が待ち受けていることを示唆していたという。

まとめにかえて

韓国における視覚障害者の按摩就業は、日本による朝鮮統治時代に始まった制度に端を発していることもあって、韓国で会った関係者の多くが日本の動向に注目していた。特に、日本における晴眼業者進出抑制策や、無資格業者の取り締まり、雇用機会の拡大に向けた施策などに関する情報が求められている。こうした中、大韓按摩師協会から日本の関係団体に支援要請があり、日本盲人会連合と日本理療科教員連盟から激励文が送られた。

両団体からの激励文に共通しているのは、韓国における按摩専業違憲判決は、日本においても決して対岸の火事として見過ごすことができない、という認識である。韓国では法律よりも下位の規則で専業を定めたことが違憲とされたため、これを法律で定めたわけだが、法律で晴眼業者の抑制策を定めている日本の昨今の状況をみれば、これとてもいつまでも守り抜くことは難しいことであろう。

今後は、より充実した教育カリキュラム、教員・指導者養成システムの確立など、按摩資格の根幹部分の施策を充実していくための長期的な取り組みが重要であろう。

(さしだちゅうじ 障害者職業総合センター研究員)

[参考]

大韓民国憲法(1987年10月29日公布、1988年2月25日施行)

第15条 すべての国民は、職業選択の自由を有する。

第34条第5項 身体障害者及び疾病又は老齢その他の事由により、生活能力がない国民は、法律が定めるところにより、国の保護を受ける。

〈参考文献〉

1)李相秦・金治憲(2003)「第3部アジア諸地域における視覚障害者の雇用システムの現状と課題 第1章大韓民国」『アジア太平洋地域の障害者雇用システムに関する研究』(資料シリーズNo.30)障害者職業総合センター、pp.91―100

2)指田忠司(2006)「韓国における視覚障害者按摩専業の歴史と職業選択の自由―韓国憲法裁の按摩専業違憲判決を契機として―」『視覚障害』No.219(2006.08)、pp.15―21

3)http://www.geocities.co.jp/WallStreet/9133/kenpou.html(大韓民国WEB六法憲法)

4)http://www.geocities.co.jp/WallStreet/3277/iryou.html(大韓民国WEB六法医療法)