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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年11月号

精神障害のある人たちと成年後見制度

内嶋順一

はじめに

2000年4月に、現行の成年後見制度がスタートしてから、はや6年が経過しました。成年後見制度というと認知症高齢者の方の利用を思い浮かべる方が多いと思いますが、精神障害がある方が利用されるケースもあります(当たり前ですが…)。ここではまず、私が経験した精神障害者の方の成年後見利用ケースをご紹介します。

事例1 成年後見利用

私が、後見人を担当した精神障害者の方は、女性の高齢者で、妹さんと2人でお父様の遺された自宅にお住まいでした。かなり以前から、姉妹だけで生活されていたようですが、いつからかご本人は妄想性の障害に、妹さんは認知症になってしまい、徐々に身の回りの管理ができなくなっていったようです。私が、ご自宅に伺ったときには、家中の窓に目張りがされており、怪しげな業者が施工したと思われる監視カメラがそこかしこに取り付けられ、ご多分に漏れず不要品やゴミが部屋の中に山積みという異様な状態になっていました。ご本人は、調子が悪くなると、外から黒い小人が家の中に入ってくるという妄想が出てしまい、そのため窓の目張りや監視カメラの取り付けを行ったようです。

それでも、ご本人は、妄想以外には認知症などの問題はなく、私が後見人に就任するまでも、不十分ながらご自分で買い物をしたり妹さんの面倒をみたりされていました。そうは言っても、妹さんの認知症がかなり進んでおり自宅での監護は難しいこと、ご自宅自体も相当程度老朽化しており居住継続は危険であること、ご本人の精神科への通院や投薬の管理を継続的に行うためにも施設入所が必要であることなどから、ケアマネジャー、行政、ご本人の通院先のPSWなど福祉関係者とカンファレンスを繰り返し、ご本人の納得が得られるように施設入所への移行を行うことになりました。

そうは言うものの、私は、ただの弁護士ですから、妄想性障害と認知症の高齢者姉妹を引き受けてくれる施設の情報など全くわかりませんでしたので、専ら、前記福祉関係者に骨を折ってもらい、いくつかの施設を候補として絞り込んでいきました。そこでは、次のポイントに注意をしました。

第一は、ご本人も、妹さんも、妄想性障害、認知症を抱えているため、精神科への定期的な通院が必要で、かつ、従前通院されていた病院との関係が良好でしたので、その病院へ通院できる地域内の施設が望ましいという点です。病状をよくご存じで、ご本人も信頼を寄せている先生に継続的に診ていただけるというのは、精神障害を抱えた方の場合、大変重要だと思います。

第二は、やはり今までお住まいだった地域からできるだけ離れないということでした。このケースの場合、認知症の妹さんは、自分がどんなところに住んでいるかもよく理解されていませんでしたが、ご本人の方は、一人で買い物に出かけ、銀行でお金をおろしてくるぐらいですから、自分が住んでいる地域の記憶はかなりしっかりしていましたので、突然、全く知らない土地に転居した場合、ご本人の妄想性障害が悪化する虞(おそれ)がありました。また、現にご本人も、自分が慣れ親しんだ土地を離れたくないというお気持ちでした。

このような点に留意して、最終的には、ご自宅と近接した地区内にある有料老人ホームへ白羽の矢を立てました。幸い、従来通院していた病院との連携もとれることがわかり、後は、いかにご本人の納得を得るかでした。この辺りの説得は、病院のPSW、老人ホームのケースワーカー等の方々にすべてお任せしました(こういうことになると弁護士はからっきしダメです)。ショートステイの利用や前述の方々の上手な説得が功を奏して、お2人とも、無事、老人ホームに入居してもらうことができました。しばらくは、ご本人がホームシックにかからないか心配もしましたが、今はお2人とも落ち着いて生活をされています。

このケースを担当してつくづく感じたのは、精神障害を抱えた方の場合、妄想などの症状以外の部分はしっかりしており、その分、ご本人もはっきりと意思表示をするため、たとえば地域から離れたくないという思いがある場合、身上監護とのバランスをどうやってとるかが重要であるということです。

事例2 任意後見契約利用

この経験がヒントとなり、精神障害者の方に予防的に成年後見制度を利用してもらおうと取り組んだのが、次の、任意後見契約を利用したケースです。

この方は、高齢のお母様と生活されている男性で、若い頃、統合失調症を発症され、過去に入院経験があるものの、現在は、通院と投薬で非常に安定した生活を送られていました。親子とも知的水準が高く、自宅の他、相当の財産もお持ちであったため、どこかで成年後見制度を小耳に挟み、弁護士会の法律相談に来られました。

たまたま、私が相談の担当で、お話を伺いながら、事理弁識能力の状態を拝見しましたが、きちんと病識もお持ちで全く日常生活には問題はありませんでしたので、直ちに成年後見制度が必要な状態ではありませんでした。お二人のお話をよく伺ったところ、ご本人は、今は病状が安定しているが、今まで家事などの面倒をみてくれた母親にもしものことがあった場合、今までのように安定した病状でいられるのか自信がないといわれ、お母様も自分の亡き後の息子さんのことを心配されていました。

私は、今のご本人の状態では、いわゆる成年後見制度は利用できないということを説明したうえ、もしもの時のために、今から後見人を指定できる任意後見契約を利用されたらどうかと提案しました。

お二人は、その後も、何度か私に法律相談をされ、結局、ご本人と私との間で任意後見契約を結ぶことになりました。実は、この時、お母様は、任意後見契約を結ぶべきか悩まれていたのですが、その理由というのが、任意後見契約は、もっと財産がある人が結ぶものである、弁護士を任意後見人にすると多額の報酬を取られると福祉関係者から聞いたというものでした。

私は、このケースの場合、財産の額というより、ご本人が将来の生活に安心感が持てるようにすることが重要であること、弁護士が任意後見人になっても報酬は一般の場合と変わらないこと、現在のご本人の財産からすれば、任意後見人の報酬を支払っても、経済的な悪影響は考えにくいこと等をご説明しました。

いざ任意後見契約を結ばれると、お母様も、ご本人も、将来についてとても安心感が持てるようになったと大変喜ばれておりました。

さいごに

成年後見制度というと、つい判断能力を失った後の事後的な手当に目がいきがちですが、精神障害をもつ方の場合、安定しているときと状態が悪くなるときの変動がある方もおられ、前述のケースのように、今は安定しているが、また状態が悪くなったらどうしようと不安を抱えていらっしゃる方も多いと思われます。そのような方は、予防的な任意後見契約を利用されることにより、システム上もまた気持ちのうえでも、安心感を得ることができると思われます。

しかし、現在の成年後見制度や任意後見契約は、必ずしも精神障害をもつ人に利用しやすいとは言えない面もあります。

それは、現行の成年後見制度が、認知症などのように、事理弁識能力の低下が不可逆的、恒常的に生じた場合を想定しているからです。精神障害をもつ方の場合、病状が流動的な場合もあって、このような場合、成年後見制度を用いたのでは、かえって硬直的な保護に陥ってしまうこともあります。今後は、このような点を、制度的に改善できるのか検討する必要があるでしょう。

(うちじまじゅんいち 弁護士、みなと横浜法律事務所)