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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年11月号

列島縦断ネットワーキング【大阪】

「働きたい」を支えるために

酒井京子

「働く」環境をつくる

本年4月より障害者自立支援法が施行され、障害のある人の生活が大きく変わろうとしています。人が生活を送るうえで「働く」という要素は重要で大きなウエイトを占めるにもかかわらず、これまでは働きたいという思いをもちながら、就労に向かうための環境や働くことを支援する環境が十分でなかったため、あるいは働くことそのものが選択肢として用意されていない環境にあったため、自分の能力を社会の中で発揮することができないままでいるという現状がありました。

特定非営利活動法人「大阪障害者雇用支援ネットワーク」(http://www.workwith.or.jp)は、「人は一定の年齢になったら働くという〈当たり前〉」を実現するために、障害のある人の働くチャンスと働き続ける環境をつくっていくことを目的に活動を行っている団体です。障害者自立支援法が施行され、福祉施設から一般就労への移行が強化されるなか、障害の有無にかかわらず、働くことにチャレンジし、生活の中に働く喜びを感じとることができる社会の実現に向け、大きく前進できるものと期待しています。

ジョブコーチとは

さて、障害のある人が働くことを支えるための制度が多岐にわたり用意されていますが、その中の一つである人的支援の制度として、職場適応援助者(ジョブコーチ)の制度があります。新しい環境の中に身を置き、仕事をするということについては、程度の差はあれ、だれもが不安を感じることですが、ジョブコーチの支援により、本人はもちろん、雇用企業側の不安も解消し、安心して働ける環境づくりを行うことによって、安定した職業生活が送れるようサポートする制度です。

これまでジョブコーチの養成については、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構による養成研修のみでしたが、今年度より民間機関においても養成研修を行うことができるようになり、当ネットワークも研修機関としての認定を受け、今年度より年2回の養成研修を実施しています(ちなみに、現在、認定を受けている機関は全国で2か所です)。

この養成研修では、福祉サイドから支援を行う第1号職場適応援助者を「ジョブ・メイト」、雇用する事業主サイドから支援を行う第2号職場適応援助者を「ジョブ・コンダクター(通称ジョブコン)」と名付けました。両者とも立場の違いはあれ、働く主体者である本人を側面からサポートできるようにとの思いを込めて命名しました。第1回目の養成研修は、平成18年7月19日(水)~7月26日(水)の期間に「アミティ舞洲」(大阪市此花区)において開催しました。

当初の予定では、ジョブ・メイトとジョブ・コンダクターがそれぞれ15人ずつ、合計30人の定員でしたが、実際、募集を開始するとジョブ・メイトの応募数のほうが圧倒的に多く、ジョブ・メイト22人、ジョブ・コンダクター8人という内訳で、長野県から大分県まで西日本を中心に広範囲にわたる参加がありました。福祉サイドからの支援を行うジョブ・メイトが当初の予定人数を大幅に上回ったのは、障害者自立支援法のねらいの一つとして掲げている「就労支援の抜本的強化」の効果の一つの表れでしょうか。

養成研修の内容

養成研修の内容は大まかに三つに分かれます(カリキュラム参照)。

NPO大阪障害者雇用支援ネットワーク第1号職場適応援助者(ジョブ・メイト)養成研修カリキュラム(案)

NO 科目 内容 時間数
職業リハビリテーション概論 障害とは何か(障害と職業的課題)障害がある人の就労 1.5
就業支援にかかる制度 就業支援にかかる制度 1.5
各種の助成金制度 障害者雇用促進に関する制度
障害特性と就労支援 医療サイドの精神障害のある人の就労支援の実践
職業能力とは 職業適性、職業能力、判定方法。テスト方法
障害者自立支援法の意味と流れ 平成18年4月より施工される障害者自立支援法の意味
福祉産業論 産業との接点を探りながら福祉サービスを展開することの意味・方法
職場開拓術 求職者と事業所との出会いとその支援
企業経営論 企業ミッション、CSR、雇用管理
財務諸表の見方・賃金はこうして決まる
10 工程分析とマッチング 工程分析の意味、製造工程・一般事務・情報処理部門での部門別工程分析の例
11 人事・労務 企業における障害者雇用のプロセスと雇用後の支援
12 第1号職場援助者の職務 第1号職場援助者の職務と役割
13 研修見学 重度多数雇用事業所や特例子会社、授産施設等における研修
14 職業生活支援の実際 職業生活を支える支援の考え方と支援方法
委託訓練、ジョブコーチ、グループ就労・施設外授産などの制度の利用
15 実地プログラム 自主解決プログラムの策定・検証
16 事業所での支援の実際 事業所での支援の実際
17 自主プログラムのまとめ スーパーバイザーによるケアマネジメント的な手法による解決プログラム
18 プレゼンテーション 自主プログラムの発表

一つめは「人や障害について知る」。障害のある人にとっての働くことの意味や障害特性、職業適性等についての理解を深めることにより、自分が支援をしようとしている人そのものについて深く知る手がかりとします。人は一人ひとり多様な存在であり、障害のある人はその多様な要素の中に障害という一つの要素が含まれており、働くための要素(能力)と障害の要素は別のものとしてとらえることが大切であるといえます。

二つめは「仕事や企業について知る」。利潤と賃金との関係、財務諸表の見方等、企業経営に関わる事柄について学ぶとともに、企業ミッション、製造部門・事務部門・情報処理部門における工程分析を学ぶことにより、ジョブコーチ自身がまず仕事そのものについて知り、企業や経営について知ることにより、より良い支援ができるものと思います。ジョブ・メイト向けのカリキュラムには、「職場開拓術」なるものもあり、事業所とどのように良い出会いをするのかについての講座も行いました。また、実際に事業所での実習で、支援を受ける側と支援者の役割を体験してもらいました。

三つめは「地域について知ったうえでマネジメントを行う」。就労支援にかかるさまざまな制度について知ることはもちろんのこと、自分の地域にどのような社会資源があるのか、効果的な支援を行うためには、どう資源をつなげていくのか、足りないものは何で、何を創り出さなければいけないのか、等を見直す作業をしてもらいました。実際に自分の地域の就労支援の現実を評価し、それまでのステップを見直したり、新たな社会資源を開発したり、あるいは、新たな就業の可能性を創造するための方法について具体的に考えるため、バズセッションも取り入れました。支援者としての課題、知識・経験・ネットワーク構築の欠如といった課題だけではなく、地域特有の課題など、さまざまな気づきがあったようです。

最終日には、研修の総括ともいうべき、受講生一人ひとりのプレゼンテーションがあり、研修後それぞれが自分の地域に戻ったときに、どのような活動を展開していくのかということについて具体的に発表していただき、各自で作成してもらった手書きのポスターが貴重な資料となりました。

研修実施にあたっては、実習受入事業所をはじめ、事業主や企業の人事担当者、障害者就業・生活支援センターのワーカー、労働基準監督局や雇用促進協会等の行政機関等々の協力を得ましたが、就労支援を進めていくためには、さまざまな分野のネットワークが不可欠であることを改めて痛感しました。7日間、びっしりと詰まったスケジュールでしたが、受講生30人全員が無事に修了書を手にされたときは、ほっとひと安心しました。

障害のある人の働く暮らしを支えるための資源の一つとして、ジョブコーチによる人的支援のニーズは今後、ますます高まっていくだろうと思われます。第2回目は来年1月下旬に実施する予定です。また今後、地域の要請に応えて、地域に根ざした出張講座も考えています。もし、ジョブコーチ研修に興味を持たれた方がいらっしゃれば、ぜひ一度、のぞいてみてください。

(さかいきょうこ 大阪市職業リハビリテーションセンター)