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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年12月号

フォーラム2006

ESCAPワークショップ
―第二次「アジア太平洋障害者の十年」中間年に向けて―

高嶺豊

国連ESCAPは第二次「アジア太平洋障害者の十年」の中間年である2007年に向けて、前半10年の目標達成に関するレヴューを開始している。十年の政策指針であるびわこミレニアム・フレームワーク(BMF)は、7つの優先領域を定めているが、その中でも「障害者の自助団体及び親や関係する団体」「女性障害者」が最も重要な領域と認識されている。

国連ESCAPは、レヴューの最初の取り組みとしてこの2つの領域を検証するために、去る10月18日から3日間、タイのバンコクでワークショップを開催した。筆者は、本ワークショップの発表者として招聘された。前半10年の評価と、それに基づいた後半への新たな戦略の提言を行う重要な会議であるので、筆者の目を通して、今回の会議の討議内容と提言を報告したい。

本会議の目的は、2つの領域に掲げられている5つのターゲットの達成の評価をし、自助団体や関連団体、そして女性障害者の新たな役割を検討し、10年後半に向けてその役割を強化していく方策を提言することであった。

会議には、インド、ベトナム、パキスタン、日本等の政府代表、アジア太平洋障害フォーラム(APDF)メンバーのNGO代表が参加した。

大きな会議の流れとしては、1.自助団体及び親や関係する団体(以下SHOと略す)と女性障害者に関するターゲット1から5の達成評価、2.インクルーシブ開発の動向とSHOの役割、3.アドボカシー(権利擁護)とSHO、4.ソーシャルキャピタルとSHOによるソーシャルエンタープライズの活用、5.障害者の権利条約とSHO、6.障害統計の取り組みとSHO、7.びわこプラス5(中間年会議)と盛りたくさんの議題があった。すべての議題についての論評は紙面の都合でできないので、筆者が重要と思った点に絞って報告したい。

SHOと女性障害者に関するターゲット1から5に関しての評価は、インド、パキスタン、ネパール、パプアニューギニア、日本等の10か国の政府や団体からの報告に基づくものであった。それでも、BMFがSHOと女性障害者を重要な領域と定めているため、この2つの領域に関する域内の認識は高くなっており、さまざまな取り組みが行われていることが報告された。しかし、女性障害者の女性団体へのメインストリーム化は、まだ少し取り組みが弱いようである。全ターゲットの達成評価は今年中にESCAPが加盟、準加盟政府及び主なNGOへアンケート調査をする予定であるので、来年の結果が待たれる。

2のインクルーシブ開発とSHOの役割に関しては、筆者が発表した。BMFが採択されて以降これまで、国際及びアジア太平洋地域において障害関連分野で新たな動きが出現した。これらはBMFを実施するのに新たな機会を提供するものもあるし、新たな解決策を必要とする出来事もある。筆者の発表では、これらの新たな動きを検証し、それに対するSHOや女性障害者の新たな役割を提案した。

まず、新たな動きとして、障害者の権利に関する条約案の合意、開発銀行等における障害者支援を包括する取り組み、障害統計の動き、アジアにおける最近の地震や津波等の自然災害への対応、HIV/AIDSと障害者、そして、世界情報社会サミットの動きを取り上げて障害分野への影響の検証を試みた。

特に筆者の発表で中心になったのは、開発銀行や国際協力機関の事業の中に障害者支援を取り入れる動きが強まっていることである。

国連は、2000年のミレニアムサミット会議で、貧困削減を主目的としたミレニアム開発目標(以下MDG)を採択した。世界銀行は、MDGの貧困削減を実現するためには、最貧困層に属する障害者を事業に含める必要があることを表明し、さまざまな取り組みを展開し始めている。その一環として02年に障害と開発に関するアドバイザーを任命し、また障害支援チームを設立した。世銀はさらに、障害の一般統計への包含や障害統計の質の向上、インフラ事業へのアクセシビリティの義務化等にも取り組んでいる。

世銀グループの最重責務国への対応として、貧困削減戦略文書(以下PRSP)の作成を義務付けている。しかし、世銀のこれまでの調査では、障害者をPRSPに含めている国は少数にしか過ぎないことが判明している。今後、途上国の障害者問題を貧困削減事業に主流化する方策として、PRSPへ障害を包含するための推進活動が重要になってくる。今回のESCAP会議では、この点が1つのハイライトとして取り上げられ、共同声明文にも書き込まれた。

世銀の他にアジア開発銀行(ADB)、米州開発銀行(IDB)、米国国際開発庁(USAID)、日本国際協力銀行(JBIC)と日本国際協力機構(JICA)等多くの国際援助・協力機関が障害支援を包含する方向に動いている。特にインフラ事業へのアクセシビリティ基準の義務化は、IDBとUSAIDではすでに実施されており、JBICやJICAもその方向にある。

開発関係の国際機関が障害支援を包含する動きが顕著になるなか、障害と開発に関して、今後さまざまな取り組みがなされると思われるが、SHOや支援NGOの新たな役割としてこれらの開発機関との協働関係を樹立していくことが重要となる。

次に、障害者権利条約はすでに合意されており、正式な承認をまって各国による批准が行われることになる。共同声明文には、批准の促進や、障害者差別を禁じる国内法の整備、政府関係者、障害当事者、一般住民の条約に関する意識向上等に取り組むことが盛り込まれた。

障害統計に関しては、ESCAPの統計部による住民のニーズを基盤にした統計調査の質問項目の開発の取り組みが紹介された。これまでの国勢調査の質問項目は、機能障害のあるなしを問うことが主であったが、今回の質問は、市民の日常生活での制限を測るように作られている。今後この質問項目が共通な基準として普及すれば、これまでは難しかった障害統計の国際間の比較が容易になると思われる。

今回の会議で画期的であったことは、障害者の自助団体(SHO)と自助グループ(SHG)との違いを明らかにしたことである。SHGは少人数(10人から15人程度)の障害者で構成されたグラスルーツの組織であり、それ以上の構成員であれば、自助団体(SHO)と認識されることになった。特に農村部においては、近年SHGを結成することにより、個々の障害者のエンパワメントを達成するのと同時に、経済的な自立を支援する取り組みが始まっている。

会議では、南インドのアンデラプラデッシ州におけるSHG結成の取り組みが紹介された。この事業は、インド政府が世銀からの融資を受けて実施している貧困削減事業の障害者部門である。03年に始まり、これまで、13万4千人の障害者が1万4千以上のSHGとして組織化されている。これらのSHGはさらに120の連合体を形成しており、地域社会において障害者の発言力を高めている。今後、このようなSHGの結成が農村部の障害者への有効なエンパワメントの取り組みとして普及していくことが期待される。

今回の会議では、十年の中間年を迎えるにあたり、地域の障害者を取り巻く環境が十年の初期より大きく変化したことが認識された。このような変化のなかで、障害者の自助団体・自助グループ、家族やその関連団体、女性障害者の新たな役割が提起された。特に、障害者の権利条約の批准と各国による実施に関してこれらの団体の責務は大きい。さらに、障害と開発に関する取り組みもようやく始まったばかりである。

来年、中間年のハイレベル政府間会議「びわこプラス5」に提出される文書は、このような地域の環境の変化による新たな機会と課題を踏まえ、後半5年間にBMFを完全に実現するための効果的な戦略を含むことになる。今会議の共同声明は、そのための重要な提言を含んでいる。

(たかみねゆたか 琉球大学教授)