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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年12月号

ワールド・ナウ

スウェーデンにおける重度の心身障害をもつ人の地域生活支援

竹端寛

筆者はかつて、スウェーデンで半年間、障害者の地域生活支援について調査していたことがある1)。帰国後、その報告を行うと、少なからぬ方が筆者にこう尋ねた。「いくら施設解体をしたといっても、やはり重度の人は入所施設で暮らしているのでは?」。スウェーデンとノルウェーは障害者の入所施設は統計上ゼロである、というEUの報告書2)を見せても、疑り深い人は、「たとえば“重症心身障害児(者)”のための入所施設も本当にないのか?」と筆者に重ねて尋ねてくる。

そこで今回は、筆者が取材したスウェーデンにおける重度の心身障害をもつ人の地域生活支援に取り組む2つの団体の紹介を通じて、その疑問の真相に迫ってみたい。

エルドラードは可能性開発の拠点

スウェーデン第2の都市、イエテボリ市で重度の心身障害をもつ人の日中活動を提供する場である「エルドラード」を筆者が訪れた時、時刻はちょうど朝の9時。利用者が続々と福祉タクシーに乗って訪れる時間帯だった。移動にも多くの介助が必要な人々が建物に入っていくのを見届けた後、筆者も中に入ると、そこは入り口から綺麗なピンク色の壁や調度品や置物等で飾られた、美しい非日常空間があった。「音、色、匂いなどを使って、重い障害をもつ人が『エルドラードにやって来た』ということがわかるようにしています」と所長のエラインさん。ご自身のお子さんで利用者でもあるピアさんがグループホームからエルドラードに週に1度やってくる際には、家の中からエルドラード訪問に向けた関わりが始まる、という。

「まずその日は家にいる時から、エルドラードの写真を本人に見せ、エルドラードに向かう車中でも写真を本人の手元にずっと置いておきます。また車内では、エルドラードに行く時にはいつも同じ歌を支援者が歌っています。そして、車がエルドラードに到着したら、写真はしまいます。そうやって感覚を刺激することによって、今から何が始まるか、を本人にわかってもらい、心の準備をしてもらっておくのです」

エラインさんの説明に象徴されるように、ここでは、「重度で意思表示や理解が難しい」と従来はみなされてきた人々のコミュニケーションを活発にし、感覚を刺激するための仕掛けであふれている。水・火・土・空気、のそれぞれをテーマにした4つの部屋では、日本でも最近、お馴染みになったスヌーズレンやジェットバス、アロマテラピーなど、五感を刺激するさまざまなアイテムがそろっている。

また、意思表示のパネルであるブリスや文字盤など、コミュニケーションを円滑にするための補助具やその専門家もいる。さらに、重度の人に自分のアイデンティティを感じてもらうための鏡も、建物のあちこちに設置されている。カフェは季節ごとに季節感あふれる装飾に変更され、庭では嗅覚を刺激するハーブを植えている。

このような“ハコモノ”だけでも私たちは圧倒されがちだが、エラインさんはハードよりソフトの大切さを強調していた。「エルドラードの利用者の大半が、“ここ”と“今”で生きている人です。彼ら彼女らにとって、見た目が綺麗で居心地がいいことが、すごく大切です」。

綺麗で居心地のよい空間は、エルドラードだけで十分、ではない。イエテボリ市内だけでも140か所ある重度の心身障害をもつ人を支援しているグループホームやデイセンター、学校などにエルドラード職員が出張し、利用者の“ここ”と“今”を豊かな空間にするために、支援者や家族などへのレクチャーもたびたび行っている。

また、エルドラードでは支援者のためのセミナーを毎月何度も開いている。つまりは、地域で暮らす重度の心身障害をもつ人たちの“ここ”と“今”の可能性を刺激し開発するために、ハードとソフトのトータルの環境づくりを行う場所、それが「エルドラード」という場なのである。

JAG協会は生活保障の拠点

読者の中には、「重度の人向けの日中活動の場は日本でも、最近増えている。でも住まいの場を考えたら、最重度の人は家族介護か施設での暮らし、の二者択一なのでは?」という疑問をもつ人もいるだろう。そこで、以下では二者択一のどちらでもない選択肢を作り出した、JAG協会3)の取り組みをご紹介したい。

このJAG協会とは、重度の心身障害をもつ人とその家族で構成されるNPOである。創始者は、重度の心身障害をもつ当事者であるマグヌスさんと彼の母親のヤードさん。マグヌスさんは今から15年ほど前、グループホームから出て仲間と共同で介助者を雇って生活を始めた。それはグループホームでの“おまかせのケア”が安全ではない、と感じていたからだ。雇用者として当事者の意向に基づいたケアが提供される仕組みをつくらない限り、施設からグループホームに移っても、ケアの質は向上しない。その思いと、1994年に始まったLSS(一定の機能的な障害のある人々に対する援助とサービスに関する法律)という法律が重なった。同法の中で、「パーソナル・アシスタンスによる援助」が権利として得られる特別な援助サービスの一つとして明記されたからである。

このパーソナル・アシスタンスによる援助とは、障害者自身(あるいはその代弁者)が決めた介助者が、障害者側で決めた時間に介助に来てくれる、という「当事者管理」4)の介助サービスである。役所から派遣される支援者と違い、自分の納得できる介助者に、自分のニーズに合った時間で自分に合ったサービスを提供してもらえる、という点で大きな特色がある。本人にその必要性が認められた場合、無料でそのサービスが利用できる。

LSS制定時の94年に同協会内で協同組合を立ち上げ、重度の心身障害をもつ人がこのパーソナル・アシスタンスによる援助を使いこなすための仕組みも作り上げた。利用者の多くが週168時間(つまりフルタイム)の介護が必要と認定されており、330人の利用者を、2500人のパーソナル・アシスタンスで支えている。介護費用は1時間あたり205クローナ(約3300円)が社会保険事務所から雇用者に支払われる。そこから、JAG協会の運営費、職員教育の費用、雇用保険や各種手当を差し引いて、手取りの時給で平均100クローナ(約1600円)がパーソナル・アシスタンスに支払われる。

JAG協会の場合、意思表示の難しい当事者が雇用者となるために、その補佐役として「サービス保証人」という協会独自の制度を作った。当事者とともに雇用者として介助者の雇用管理を行いながら、介護の質を担保し、他の介護者の都合がつかない場合の最終的な介護保障責任を負っている。このサービス保証人と当事者の二人三脚で「当事者管理」をしていこう、という考えなのだ。重責が伴うこのサービス保証人には、利用者の家族や親戚がなるケースが多かったが、最近では、利用者から信頼され長い支援の経験をもつパーソナル・アシスタンスがなるケースもある、という。

JAG協会としては、パーソナル・アシスタンスの質を高めるため、初任者・現任者研修をするだけでなく、サービス保証人への支援や、よりよい制度となるための政治家への働きかけなども積極的に行っている。

従来型の支援モデル(JAG協会HPより)
図 従来型の支援モデル拡大図・テキスト

当事者管理の新たな支援モデル(JAG協会HPより)
図 当事者管理の新たな支援モデル拡大図・テキスト

共通する視点とは

エルドラードとJAG協会、この2つの拠点に共通するのは、本人の想いや願いを満たすために、本人ではなく社会や環境を変えよう、という視点である。

エラインさんとヤードさんは、共に重度の心身障害をもつ人の母親であり、30年前からスウェーデン国内でも一番遅れていた重度の人への支援の必要性を、家族会や政治家に積極的に働きかけてきた。重度の障害をもっていても普通の人と同等の生活を過ごす権利がある、というノーマライゼーションの理念を現実のものとするため、新たにシステムをゼロから作り上げてきた先駆者でもあった。そして、日中活動や生活保障の拠点を作った後、今では支援者の教育に力を入れている点でも共通する。

ハコモノやシステム、そして制度は、それを継続的に支える人々の力がなければ、形骸化する。重度障害者の脱施設、そして地域での「可能性開発」と「生活保障」の拠点作りにリーダーシップを発揮してきた2人の母親とも、次の目標を「人づくり」とさらなる環境構築へと定めていた。このソフトを豊かにする視点こそ、地域移行が叫ばれる今、日本の私たちが学ぶべき視点ではないだろうか、筆者にはそう感じられた。

(たけばたひろし 山梨学院大学法学部講師)

*この報告は、平成18年度科学研究費補助金(若手研究(B))「障害者の地域自立生活支援を担う支援者の能力開発と再教育プログラムに関する研究」の研究成果の一部である。

(注)

1)調査内容は、筆者が執筆した「スウェーデンではノーマライゼーションがどこまで浸透したか?」というタイトルでDINFにも掲載していただいている。
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/other/takebata.html

2)European Coalition for Community Living(2003)Included in Society
http://www.community-living.info/contentpics/226/Included_in_Society.pdf

3)JAG協会は英語のHPも持っている。http://www.jag.se/eng/eng_index.html

4)スウェーデンのパーソナル・アシスタンスについては、次の文献に詳しい。アドルフ D・ラツカ著「スウェーデンにおける自立生活とパーソナル・アシスタンス」現代書館。