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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年1月号

障害者権利条約~国連総会における採択までの経緯と概要

鈴木誉里子

はじめに

12月13日、第61回国連総会本会議において、障害者権利条約案が全会一致で採択された。新たな国連人権条約の誕生である。

障害者の権利及び尊厳の保護及び促進が、今日の国際社会において最も重要な課題の一つであるとの認識から、障害者権利条約アドホック委員会第1回会合より、本条約交渉に積極的に取り組んできた日本政府としても、本条約案の国連総会における採択を歓迎する。

障害者権利条約は、障害者の権利及び尊厳を保護・促進するための包括的総合的な国際条約であり、すべての人に保障される権利が障害者にも等しく保障され、障害者の尊厳、個人の自律及び自立、非差別、社会への参加等を一般的原則としている。具体的には、法の下の平等、アクセシビリティー、身体の自由、家族、教育、労働等さまざまな分野において、障害者の権利を保護・促進する規定が設けられている。

国連総会における採択までの経緯

本稿では、まず、障害者権利条約が、国際人権諸条約の中でどのような位置づけにあるかにつき述べることとする。

現在、国連が中心となって作成した主要人権条約として、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(国際人権A規約)、市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権B規約)、女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(女子差別撤廃条約)、児童の権利に関する条約(児童の権利条約)、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別撤廃条約)、拷問及び他の残虐な、非人道的なまたは品位を傷つける取り扱いまたは刑罰に関する条約(拷問等禁止条約)の6条約がある。さらに、2006年12月には第61回国連総会において、強制的失踪に関する条約(仮称)の採択も目指されている。

これらは、世界人権宣言の内容を条約化した二つの国際人権規約が土台となり、そのうえに個別の分野により詳細な規定を置いた条約であり、かかる主要人権条約は障害者にも等しく保障されている。この他、国連においては、「障害者の権利宣言」や「国際障害者年行動計画」等が策定されてきたが、これらの宣言や行動計画は法的拘束力を持つものではなく、障害者に特化した条約の実現に対する期待が次第に高まってきた。

このような国際的な動きを踏まえ、2001年12月、第56回国連総会において、メキシコが「障害者の権利及び尊厳を保護・促進するための包括的総合的な国際条約(以下、障害者権利条約)」決議案を提案し、全会一致で採択された。この決議に基づき、2002年7月~8月、ニューヨークの国連本部において、障害者権利条約アドホック委員会第1回会合が開催され、本条約の作成の是非につき検討が行われた。また、同会合に先立ち、アドホック委員会へのNGOの参加を可能にする国連総会決議が採択され、日本も共同提案国としてこの決議を支持した。

2003年6月に行われたアドホック委員会第2回会合では、アドホック委員会の今後の取り進め方に関する決議が採択された。この決議に基づき、2004年1月、条約案の交渉の基礎となる草案を準備し提出するための作業部会が開催された。この作業部会は、政府代表27人(アジア7人、アフリカ7人、中南米5人、西欧5人、東欧3人)、NGO代表12人及び国内人権機構代表1人の合計40人で構成され、今後のアドホック委員会における議論のたたき台となる条約草案が作成された。日本も作業部会メンバーとして条文の起草段階からこの交渉に参加した。

以後、作業部会で作成された条約草案を交渉の基礎として、アドホック委員会は第8回会合まで開催された。これまでの交渉過程においては、各国の法制度や概念が一様でないことから、また宗教的また文化的理由から各条項において合意に至らなかった部分も多くあったが、できるだけ早期に障害者権利条約を成立させたいという参加国、議長、そしてNGOの熱意もあり、各国間で何度も協議を重ねた結果、2006年8月の第8回会合において障害者権利条約案は基本合意に至った。

2006年9月~11月には起草委員会(Drafting Group)において法技術的な調整が行われ、同年12月5日のアドホック委員会再開会期、そして12月13日の第61回国連総会本会議にて全会一致で条約案は採択された。

条文構成

(注:見出しについては暫定訳)

  • 前文
  • 第1条:目的
  • 第2条:定義
  • 第3条:一般的原則
  • 第4条:一般的義務
  • 第5条:平等及び非差別
  • 第6条:障害のある女性
  • 第7条:障害のある児童
  • 第8条:障害者に対する意識の向上
  • 第9条:アクセシビリティー
  • 第10条:生命の権利
  • 第11条:危機のある状況
  • 第12条:法の下の平等
  • 第13条:司法へのアクセス
  • 第14条:身体の自由及び安全
  • 第15条:拷問又は残虐な、非人間的なもしくは品位を傷つける取り扱い又は罰からの自由
  • 第16条:搾取、暴力及び虐待からの自由
  • 第17条:人格の完全性の保護
  • 第18条:移動の自由
  • 第19条:自立生活及び地域への包含
  • 第20条:個人のモビリティー
  • 第21条:表現と意見表明の自由、情報へのアクセス
  • 第22条:私生活の尊重
  • 第23条:家庭及び家族の尊重
  • 第24条:教育
  • 第25条:健康
  • 第26条:ハビリテーション及びリハビリテーション
  • 第27条:労働と雇用
  • 第28条:相当な生活水準及び社会保障
  • 第29条:政治生活及び公的生活への参加
  • 第30条:文化的生活、レクリエーション、余暇及びスポーツへの参加
  • 第31条:続計とデータ収集
  • 第32条:国際協力
  • 第33条:国内的実施とモニタリング
  • 第34条~第40条:国際的モニタリング
  • 第41条:寄託
  • 第42条:署名
  • 第43条:締結に対する同意
  • 第44条:地域的統合機関
  • 第45条:効力発生
  • 第46条:留保
  • 第47条:改正
  • 第48条:廃棄通告
  • 第49条:アクセス可能な形式
  • 第50条:正文

・選択議定書(個人通報制度、調査制度)

主な条項

ここで、主な条項について簡潔に説明したい。

(1)「障害」「障害者」の概念規定(前文、第1条)

条約交渉においては、「障害」「障害者」の定義を設けるべきか、という点が議論された。交渉の最終段階まで、条約の対象を明確にすべきとの考えから定義を設けることを支持する国と、各国における「障害」「障害者」の定義は各国の状況により多様なものとなっていること、同一国内でも分野により法令の定める定義の対象が一様でないことから、定義を設けることを支持しない国に意見が分かれた。

最終的に、本件については各国の法制度に従い、各国に解釈の幅を持たせる必要があるとの考えから、定義という形ではなく、概念的なものを前文及び第1条に置くこととなった。

(2)合理的配慮

本条約には、合理的配慮という新たな概念が盛り込まれている。合理的配慮とは、簡潔に説明すれば、障害者が障害をもたない者と同じように自らの権利を行使することを可能にするために求められる個々の配慮であって、その配慮においては不均衡で過度な負担を課すことにならないものとされている。たとえば、車いすを使用する障害者のために、階段しかない企業や学校がスロープやエレベーターを設置すること等の配慮をすべきであるという考え方が合理的配慮である。

この合理的配慮を国内において具体的にどのように実施するかについては、新しい概念であることもあり、今後国内において十分な検討が必要である。

(3)障害のある女性(第6条)、障害のある児童(第7条)

女性や児童については、すでに女子差別撤廃条約や児童の権利条約で、障害者を含む女性や児童の権利が規定されているため、独立条項を設けるべきではないとの意見もあった。しかしながら、障害のある女性や児童は実際に社会の中で多重的に不利な状況に置かれているとの認識から、本条約でも独立条項を設けて規定し、併せて搾取・暴力及び虐待からの自由や家庭及び家族の尊重等の条項でも言及するという形となった。

(4)法の下の平等(第12条)

本条では、障害者がすべての場所において、法の下に人として認められる権利を有することが確認された。また、障害により自己決定ができない場合については、その人の権利や意思等を尊重し意思決定の支援を行うことも盛り込まれた。

(5)教育(第24条)

本条は、あらゆる教育段階においてインクルーシブな教育制度を確保することを規定している。条約交渉においてはインクルーシブな教育を支持する国が相次ぎ、国際社会ではかかる教育が大きな流れになっていると言える。日本政府も条約交渉の最終段階において、インクルーシブな教育をめざすことを支持した。今後は、インクルーシブな教育の実現のために必要な施策のあり方について十分検討する必要があると考える。

(6)国内モニタリング(第33条)

本条では、既存の他の人権条約にはない国内モニタリング、すなわち条約の実施に関連する事項を扱う中心機関を政府内に置くこと、また条約の実施を促進、監視する枠組みを設置することが規定された。

(7)国際モニタリング(第34条~第40条)

本条では、条約の実施状況を国際的に監視するため、新規の条約体(独立の委員会)を設置することが規定された。国際モニタリングの下では、締約国は、その条約の履行のために取った措置及びその措置によりもたらされた効果について、政府報告を作成し提出することとなる。

政府とNGOとの協力

条約交渉にあたり、日本政府は早い段階から国内のNGOと協力してきた。

日本政府は、アドホック委員会第2回会合から第8回会合まで、障害をもつ当事者として専門的知見を有する東俊裕弁護士に政府代表団顧問を委嘱した。東弁護士には、条約案の各文言が具体的にどのような場合を想定し、障害者にとってどのような影響を与えるのか、また障害当事者から見た国内制度の現況及び改善すべき点等、具体例を挙げながら政府代表団に対し丁寧な説明とアドバイスをいただいた。障害当事者のための条約作りには、このような説明やアドバイスは非常に有益であり、日本政府代表団長として大変感謝している。

また、アドホック委員会会合前には、国内の障害者NGO13団体が加盟する日本障害フォーラム(JDF)より、詳細な要望書が提出され、それに基づき障害者施策に携わる関係省庁とNGOとの間で意見交換会を開催した。また、アドホック委員会会合の議場においても、随時政府から非公式協議の模様を伝えるとともに、意見交換を行った。政府とNGOの間で考え方の相違があることは避けられないが、障害をもつ当事者が実際にどのようなことを障害者権利条約に期待し必要としているのか、施策を実施する政府との間でどの点に妥協点を見出せるのかにつき意見交換を行い、条約交渉に臨んだことは、実質的な条約作りに不可欠であった。

今後の見通し

今後、障害者権利条約は、2007年3月30日に、ニューヨークの国連本部において署名のために開放される。各国は本条約の署名・締結に向けた検討を国内において進めることとなる。

わが国は、アドホック委員会第1回会合より、本条約交渉に積極的に参加してきており、今後は、国内法制度による実施措置を含め、関係省庁とともに十分検討していきたいと考える。

最後に、これほどの包括的総合的な人権条約の交渉を卓越した手腕でまとめ上げた、ドン・マッケイ国連障害者権利条約アドホック委員会議長に敬意を表したい。

(すずきよりこ 外務省総合外交政策局人権人道課首席事務官)