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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年2月号

1000字提言

優しい気持ち

稲垣吉彦

先日ある勉強会に参加するため、私は社員とともに、地方のターミナル駅に降り立った。その駅周辺は、点字ブロックや階段の位置を知らせるチャイムなど、視覚障害者が行動するための設備はきちんと整備され、駅前にありがちな放置自転車もほとんど見あたらなかった。

この駅のロータリーで、私は2人の視覚障害者を見かけた。1人目は白杖をついて歩いている男性、2人目は盲導犬を連れている女性である。それぞれが整備された点字ブロックを頼りに、単独で行動している。比較的大きなターミナル駅とは言え、わずか数分の間に2人の視覚障害者と出会うことなど、東京でも滅多にないことなので、私はちょっとした驚きを感じた。

バスに乗り込むと、盲導犬を連れた女性が座っていた。40分ほどバスに揺られ、病院のバス停に近づくと、車内の乗客は盲導犬を連れた女性と我々、他に1人の乗客を残すだけとなっていた。

「みなさん病院へ行かれるのですか?この時間は、バスは病院の前まで入れないことになっているのですが、雨も降っているし、とりあえず入ってみましょうか。他の車があると、入口の前で止まれるかどうかわかりませんが……」

バスの運転手さんは、マイクを通して乗客に話しかけ、バスを病院の入口の前に停車させた。

勉強会が始まるまでの時間、私はここにたどり着くまでの光景を、ふと思い返していた。なぜわずか数分の間に、駅前で2人の視覚障害者と出会ったんだろう? 確かに点字ブロックなど、我々視覚障害者が行動しやすい環境は整備されている。でもそれはこのターミナル駅に限ったことではない。駅周辺に福祉施設や病院があるわけでもない。自らの疑問に答えが出ぬまま勉強会が始まった。

私はその後2時間にわたり、20人弱の地元のみなさんとともに、アットホームな雰囲気に包まれた勉強会を楽しみ、自らの疑問にひとつの回答を見いだした。この地域では、人がみな他人に優しく、温かいのである。いくら物理的な社会資本の整備が進んでも、それだけでは障害者は社会の中で生き生きと生活することは難しい。周囲の人々の優しさや温かい心配りが必要なのである。この地域では、比較的そのバランスが取れているために障害者が行動しやすい環境が実現しているように感じた。

地域福祉の充実が求められる昨今、物心両面のバランスが取れた社会基盤の構築こそが、その実現へ向けてのキーポイントとなるのではないだろうか。

(いながきよしひこ 有限会社アットイーズ取締役社長)