音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年4月号

所得保障政策への提言

障害種別を超え普遍的な所得保障を求める

岡部耕典

日本の成人障害者に対する所得保障制度は、障害基礎年金や障害厚生(共済)年金の制度および特別障害者手当などの各種社会手当制度が中心となり、さらにそれを現実的に補完するものとして、生活保護制度が用いられることも多い。

しかし、これらの諸制度の活用の実態は障害間で異なり、特に、年金・手当制度おいて、固定した身体障害中心・機能障害の程度を基準とする考え方がとられていることは、普遍的な障害者の所得保障の実現に対する大きなネックとなっている。

たとえば、1986年の年金制度改革に際し、福祉手当廃止に伴って「著しく重度の障害によって生じる特別な負担の軽減を図る一助」として創設された特別障害者手当は、その典型であるといってよいだろう。

「在宅の特別障害者(重度障害者)」の「所得保障の一環」であり、その「自立生活の基盤を確立するために創設」と位置づけられたこの制度は、障害者の地域生活を推進するエポック・メイキングな出来事であったといえる。しかし、その後の展開において、実際の制度の利用は身体障害者に大きく偏り、知的障害者や精神障害者、加えて制度に位置づけられていない高機能自閉症や高次脳機能障害、一部の難病などのいわゆる「谷間の障害者」にとっては、同じく地域に生活し、所得保障の必要を有していても、利用可能なものとなってはいない。

このような現状に対して、特別障害者手当の創設時から今日にいたるまで、数度にわたる支給額の引き上げや支給要件の改善などはあったが、当初に設定された、主として固定化した身体障害の程度に着目する支給決定基準、および機能障害が重度である障害者のみを手厚い所得保障の対象とする考え方に対して変更が加えられなかったことに、基本的な問題があるという認識がきちんと共有されるべきではなかろうか。

障害者自立支援法の附帯決議において求められた、障害者の所得保障のための施策を講ずるにあたっての具体的な手段として、この特別障害者手当が着目される可能性が大きいと思われることから、現実的にもこの問題の認識は重要である。障害者の地域生活の確立のためには、特別障害者手当の増額だけでなく、それにとどまらぬ支給決定基準やその手続きも含めた見直しを求める必要がある。

そこで、そのための最低限必要な検討項目として、以下の3点を挙げておきたい。

まず、1番目には、対象範囲の見直しが必要である。障害者自立支援法の附則との整合性も鑑(かんが)みるならば、対象を難病や高次脳機能障害、高機能自閉症などのいわゆる「谷間の障害」にも拡大されなくてはならない。

2番目に、障害の状態の継続に対する考え方の再検討が必要である。改正障害者基本法にも倣い、「永続性」や「長期にわたって回復しない状態」を要件とするのではなく、難病や精神障害者を中心として、断続的あるいは状態の好悪を含む「継続的」な状態であれば支給を認めるという方向での見直しが図られるべきである。

3番目として、障害間の受給格差の解消のための具体的な方策の実施がある。現状においては、非常に制限的で裁量に基づく実質的な受給抑制に結びつきやすい知的障害者や精神障害者の受給基準の改善と、実際に必要な受給の拡大が行われるように窓口行政の方針が転換されることは必須といえるだろう。

一方で、中長期的に障害者の普遍的な所得保障の拡充を担保するためには、特別障害者手当のような個々の具体的な現行制度の改革を求めるだけでなく、障害の分野を超えた普遍的な所得保障の在り方や具体的な再分配を求める議論とその構想も不可欠である。

基本的には、手当に拠るにせよ年金に拠るにせよ、あるいは生活保護制度を活用するにせよ、ただひたすら障害の分野のみの所得保障を追求し、その維持拡充を目指すことには限界があるだろう。また、関連して、「子ども保険」を設けることや生活保護を絞り込むために「負の所得税」を用いる提言がなされるなどの、新たな対象者別あるいは選別主義的な所得保障制度の議論についても一定の視座の確立が必要である。

個人的には、最も普遍的な所得保障を求める立場である障害の有無を含めあらゆる受給要件を廃し、高齢者から幼児まで、国民の一人ひとりに一律の給付を行うというベーシック・インカム(基本所得)の主張に注目している。障害の重さにせよ、稼得能力にせよ、何らかの基準によって常にその程度を測定されカテゴリー化され対象化されることの問題は残るわけであり、その点、「すべてのひとが、その生を営むのに必要なお金を無条件で保障されること」1)というその基本視点が示唆に富むからである。

具体的にどのような主張にコミットしていくかは今後の議論としても、この時代の閉塞の中で多岐にわたる所得保障の「対象者」同士の新たな連帯の地平を切り開くためには、まず障害の分野でこそ、「既得権益」の拡充にとどまらないラジカルで普遍的な視野のもとに所得保障を求める姿勢と議論が要請されていることを、最後に確認しておきたい。

(おかべこうすけ 早稲田大学)

(文献)

1)堅田香緒里+山森亮:「分類の拒否―『自立支援』ではなく、ベーシック・インカムを」現代思想2006年12月vol.34―14 p.94