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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年5月号

「障害のある方の人間ドック」について

佐久間肇

1992年国立身体障害者リハビリテーションセンター病院は、「障害のある方の人間ドック」を開設して、健康管理の一翼を担ってきている。ここに、開設に至った経過、現状などについて紹介する。

1 日本の「人間ドック」

定期的に精密検診を受けることが、生活習慣病の予防対策として極めて有効であることが認識されるようになり始めた1954年に東京の国立病院で「短期入院精密身体検査」という名称で、障害をもたない方を対象とした1週間の入院精密検診システムがスタートした。これが、わが国における人間ドックの始まりと考えられている。

その後、この検診システムは、「人間ドック」と呼ばれるようになって全国的に普及し、今日では、老人保健法に基づいて自治体が主催する健康診査、職域検診(労働安全衛生法に基づく年1回の定期健康診断)とともに国民の健康管理体制における重要な柱になっており、高齢化が進む中で増える生活習慣病やメタボリックシンドロームの早期発見に果たす役割はますます大きくなっている。

2 「障害のある方の人間ドック」開設の背景

障害者においても高齢化は確実に進んでおり、障害特性に基づくさまざまな二次的障害とともに生活習慣病やメタボリックシンドロームも日常生活を脅かす重大な健康阻害因子として認知されてきている。

しかしながら、障害者においては、老人保健法に基づいて自治体が主催する健康診査の受診率は極めて低く、就職率も高くない中での職域検診を受診できる方は限られている。また、在宅の車いす生活者を対象とした在宅重度障害者健康診査事業が一時期、国と地方自治体が半分ずつの予算措置を行うことで行われていたが、その後、全面的に地方自治体の事業におろされた結果、同事業から撤退していく自治体が増えており、障害者の健康管理体制はお寒い限りである。

「障害のある方の人間ドック」を開設するにあたっては、肢体不自由者、視覚障害者の方を中心に、その需要についてアンケート調査を行ったが、過去に60%位の方が人間ドック受診を希望したが、実際に受診できている方はわずか4%程度にとどまり、調査時点で、今後の人間ドック受診を希望された方は70%にのぼった。

また、日本人間ドック学会に登録されている全国の病院・施設に協力をいただいて、障害者受診状況の調査を行ったが、やはり、受診数は極めて少なく、多い施設でも年間3~4人程度にとどまっており、受診阻害因子として、「施設・病院内での移動や検査機器やベッドへの移乗」の対応が一番にあげられた。一般的に行われている人間ドックでは、数多い検査を受診者が移動していくことで、流れ作業的に実施されていくので、移動、移乗動作に介助を要することが障害者の受診を阻害する大きな要因となっているのである。

また、老人保健法に基づいて自治体が主催する健康診査については、私どもの病院のある埼玉県の状況について調査を行っているが、車いす利用の障害者の受診は確認されておらず、県内で最も検診受診率の良かった町には直接訪問して担当者の面接調査を行ったが、ここでも車いす利用の障害者の受診は確認されなかった。検診場所も、段差解消、障害者用トイレの整備などの配慮がなされている状況は極めて少なかった。また、検診内容については、食道・胃透視(バリウムを飲んでレントゲン撮影する検査)を受けられない脊髄損傷者に対して、代わりに食道・胃内視鏡検査を行うなどの代替措置が配慮されている自治体はなかった。

3 「障害のある方の人間ドック」の状況

以上のような検討と試行を経て、1992年から「障害のある方の人間ドック」の運用が開始された。検査内容は一般の病院・施設で行われているものと大きな違いはないが、たとえば、ベッド上で行う検査はできるだけ1か所でまとめて、機器をそこに移動させて行うことや、移乗・移動のしやすい車いすを利用していただくなどに配慮し、前述のように、バリウムを飲めない(飲んではいけない)方には、食道・胃内視鏡検査を選択するようにしている(表1)。

表1 「障害のある方の人間ドック」の基本項目(日帰りコース)

基本項目  
血液検査 血球検査(白血球数、赤血球数、血色素、ヘマトクリット、血小板数)、肝機能(総ビリルビン、直接ビリルビン、AST、ALT、ALP、LDH、γGTPなど)、総コレステロール、中性脂肪、HDLコレステロール、血糖、HbA1c、尿素窒素、クレアチニン、尿酸、Na、K、Cl、Ca、P、RA、CRP、ワ氏、HBs抗原、HCV抗体など
尿・便検査 尿定性および沈渣検査、便潜血検査
生理学的検査 12誘導安静時心電図
レントゲン検査 胸部X-p、腹部X-p
腹部エコー検査 肝臓、胆嚢、腎臓、膵臓、脾臓観察
上部消化管検査 食道・胃透視(バリウム)検査あるいは食道・胃内視鏡検査
眼科診察 視力測定、眼圧検査、眼底検査など
内科診察 一般理学的診察、神経学的検査、身体測定(身長・体重・腹囲)、血圧、直腸診など

さらに、必尿器科診察(尿流計検査を含む)、婦人科診察(細胞診検査を含む)などを追加するコースがある。

日帰りコースの他に、1泊2日コースもあり、心臓エコー検査、糖負荷試験、呼吸機能検査などが基本項目に追加される。

1992~2006年末までに、106人の実受診者(男:女=95:11、年齢45.6±13.1歳)があり、繰り返しの受診者が多い。障害別では、脊髄損傷者64人、脳血管障害11人、脳損傷などの脳障害6人、聴覚障害5人などであった。

106人中104人に初診時検査上に何らかの異常値を認めており、うち、64人は肥満、高脂血症、高血圧、糖尿病、高尿酸血症であり、さらに、メタボリックシンドロームの診断項目の空腹時血糖高値(110mg/dl以上)、正常高値血圧(収縮期血圧130mmHg以上かつ/または拡張期血圧85mmHg以上)を加えると71人が、典型的な生活習慣病およびメタボリックシンドローム予備軍と判定された。腹部エコー検査では、肝異常が多いが、そのほとんどは、脂肪肝を疑う「肝の高輝度所見」であった(図1)。

図1 「障害のある方の人間ドック」の主な検査異常
図1 「障害のある方の人間ドック」の主な検査異常拡大図・テキスト

診察あるいは検査で異常を示した方には、私どもの病院も含めて、病院受診をお勧めし、早期の治療開始に努めている。

4 今後の障害者の健康管理について

前述のように、現在、障害者が安心して利用できる、あるいは利用しやすい検診システムは少ない。しかし、老人保健法に基づいて自治体が主催する健康診査は、決して障害者を排除するシステムではなく、利用を勧めたい。また所属の健康保険組合によっては、人間ドックにかかる費用の補助がある場合があり、これも障害者も積極的に利用したい制度である。

もちろん受診施設の障害者対応設備・支援整備が不十分であるが、これも、障害者の受診が増えなければ今後も改善されていく可能性は少ない。問題提起から制度の改善につなげるためにも、障害者の方も積極的に老人保健法に基づいて自治体が主催する健康診査を受診していただきたい。

人間ドックは、確かに他の検診よりも多項目検査であり健康チェックに有用であるが、全額自己負担が原則であり、負担が大きい欠点がある。

また、在宅重度障害者健康診査事業の撤退にあたって、「障害者の方は、医療機関に定期的に通院しているので、検診の必要性は低い」との議論がよくあるが、健康管理のための検診検査は、病院受診をしても保険対象外検査であり、誤った認識といえる。また、病院に通院していても、泌尿器科、整形外科などの単科受診者も多く、たとえば、高脂血症、糖尿病などが発見されずに経過している例も少なくない実態に目を向ける必要があり、せっかくできた障害者健康管理制度の一角である在宅重度障害者健康診査事業は、ぜひ、維持・発展を望みたい。

(さくまはじむ 国立身体障害者リハビリテーションセンター病院医師)