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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年5月号

障害者とメタボリックシンドローム
~障害者スポーツセンターの現場から~

田川豪太

1 はじめに

メタボリックシンドロームの予防や改善には適度な運動が有効である。本稿では障害者スポーツセンターの現場に勤務する立場から、メタボリックシンドロームの予防、改善に役立つアプローチを提案する。また後半では、減量体験者3人の経験談を簡単に紹介したい。

2 メタボリックシンドロームの予防と改善のために

筆者の勤務する障害者スポーツ文化センター横浜ラポール(以下、横浜ラポールと略)は、1日平均1,200から1,300人が利用する国内でも利用者の大変多い施設である1)。特に人気が高いのは25m×6コースの室内温水プールと各種トレーニング機器の揃うフィットネスルームで、毎日多くの人が汗をかいている。彼らの多くは、メタボリックシンドロームのために体重や内臓脂肪を減らそうと運動しているわけではないが、結果的にはメタボリックシンドロームの予防や改善につながっていると思われる。

さて、メタボリックシンドロームの主たる要因が、内臓に蓄積される脂肪にあることは周知のとおりだが、これに対しては強度の比較的軽い全身運動を少し長めに、かつ継続的に行うことが有効(つまり効果的に脂肪を燃焼させる)である。

横浜ラポールの利用者にはフィットネスルームの自転車エルゴメーター(いわゆるエアロバイク)を漕いでからプールで泳ぐ(または歩く)といった方も多いが、これらに加えて散歩などの歩行を行うと「なんちゃってトライアスロン」とでもいうべき組み合わせとなる。このようなプログラムの継続的な実施は、メタボリックシンドロームに対するアプローチとして最適なものの一つになるだろう。

3 「なんちゃってトライアスロン」のすすめ

トライアスロンは「スイム(水泳)、バイク(自転車)、ラン(長距離走)」の3種目で競い合う過酷なスポーツだが、ここで取り上げる「なんちゃってトライアスロン」は前項でも触れたように軽めの運動の組み合わせである。

図1に「なんちゃってトライアスロン」の内容を示す。ここでは運動経験が少なかったり、障害の状況等によって思うように運動できない対象者も視野に入れ、いくつかのレベルでメニューを考えた。レベル1は最も運動強度が高く、2、3の順に軽い運動となっている。実施にあたっては、スイムはレベル3だがバイクとランはレベル2を行う等のように、必ずしも同一のレベルで種目を組み合わせなくとも良い。また近隣に適当なプールが無い等の場合は、バイクとランのみを行うといった変則の組み合わせでも構わない。

図1 「なんちゃってトライアスロン」レベル別プログラム

  スイム バイク ラン
レベル1 ・クロールで軽く泳ぐ
・30分~60分
・週2から4回
・自宅周辺でサイクリング
・20分~60分
・週3から5回
・自宅周辺でのジョギング
・20分~60分
・週2から4回
レベル2 ・水中歩行とビート板キック
・30分~60分
・週2から4回
・エアロバイク
・20分~40分
・週3から5回
・自宅周辺でウォーキング
・30分~60分
・週3から5回
レベル3 ・水中歩行と腿あげ等
・15分~30分
・週2から4回
・椅子に座って腿あげ
・15分~30分
・週2から4回
・その場で足ぶみ
・15分~30分
・週2から4回

大切なことは、無理の無い範囲で軽度の運動を一定時間持続的に行い、これをできる限り継続することなのである。これはメタボリックシンドロームに対する運動のコアになるため、次項で改めて述べる。

さて、図1の各プログラムについて簡単に紹介する。スイムでは、やはり泳ぐことが望ましい。レベル1ではクロール、レベル2ではビート板キックがこれにあたる。泳法としてはクロールが最適で逆にブレスト(平泳ぎ)は膝や腰にストレスをかけやすくあまりお勧めできない。いずれにしてもここでは具体的な泳法の詳細までお伝えするスペースが無いので、関心のある読者は中高年齢向けの水泳指導書等を参考にしてほしい。

泳げないケースでは、水中歩行をプログラムの中心とすべきである。これは、メタボリックシンドロームに対する運動では、筋力トレーニングのように局所的なものよりも、全身を使ったいわゆる全身運動のほうが効果的と考えられるためである。

バイクでは、風景や季節の移り変わり等を楽しめるので自宅周辺の安全な場所で自転車を漕ぐのが最も良い(レベル1)。レベル2では地域のスポーツ施設で行うエアロバイクが安全かつ効果的である。図2にバイクやランにおける工夫例を示す。図2右上のように現在はさまざまなタイプのエアロバイクが揃っているので、各々の状況に合わせて利用してほしい。自転車を漕ぐ動作が困難な場合(レベル3)には、図2左下のように椅子座位で左右交互に行う腿あげ運動が代用となる。その際、腿を上げ下げするだけでは面白みに欠け継続が困難なので、好きなテレビを見ながら行う等の工夫が必要である。

図2 「なんちゃってトライアスロン」工夫例
図2 拡大図・テキスト

ランもバイクと同様で、自宅周辺のジョギング(レベル1)やウォーキング(レベル2)がお勧めのメニューだが、歩行能力に不安のある場合は図2右下のように、椅子や机を支持したその場足踏みで代用すると良いだろう。

4 継続こそが最大のポイント

前項で強調したように継続が最大のポイントとなる。そこで、以下では「なんちゃってトライアスロン」を安全に継続していくためのポイントについて述べる。

図3に安全と継続のポイントを示した。たとえ「なんちゃってトライアスロン」のような比較的軽度のものでも、運動には一定のリスクが伴うので、安全面への配慮は欠かせない。まず各プログラムの強度は「ニコニコペース」6)が基本となる。これは、運動中に本人が「ややきつい」と感じる程度の運動ペースで、主観的な運動強度として一般的なボルグのスケールでは「13:Somewhat hard」に該当する7)

図3 安全と継続のためのポイント
図3 安全と継続のためのポイント拡大図・テキスト

次に継続時間は、図1に示した範囲を基本として各々の体力水準で調整してほしい。図1で示した時間よりも短い実施にならざるを得ない場合でも、15分程度の継続が最低限度である。逆に15分の継続が困難な場合は、「ニコニコペース」よりもさらに楽な運動強度(ボルグスケールで「11:Fairly light、やや楽である」や「9:Very light、楽である」)にして、最低15分の継続実施を優先するほうが望ましい。

安全面の最後は体調の自己管理の重要性である。図3に示したように自己の体調に気を配り、少しでも体調の悪い時は無理をせず、積極的に休養するよう心がけるべきである。

さて、メタボリックシンドローム対策としては、どんなに有効なプログラムでも定期的に継続しなければ、まったく意味が無い。継続にあたっては、まず実施記録をつけることがその第1歩であろう。実施記録といっても、メモ書き程度のもので良い。ここには、図3に示すように「体重」「実施内容」「体調」等を記載する。最初は少し面倒かもしれないが、記録がたまってくるにしたがい、自分の体重変化や体調等が実施内容と密接な関係にあることが分かってくる。これによって、運動継続の動機は一定程度保たれるはずだ。

そして、意外に思われるかもしれないが、「メタボリックシンドロームの改善」そのものを目的としないことも継続の鍵となる。本稿冒頭で、「彼らの多くは、メタボリックシンドロームのために体重や内臓脂肪を減らそうと運動しているわけではないが、(略)」と書いたが、実はこれが継続における最大のポイントなのだ。

一般にダイエット、運動不足解消や生活習慣病予防等を目的に運動を行う場合の動機づけを「外発動機づけ」といい、これは途中で挫折する確立が高いのである。一方、運動そのもの(サイクリング、ジョギング等)が好きになり、ダイエット等とは関係無く運動する場合の動機づけは「内発動機づけ」といって、運動を長く継続しやすい。

そのため、メタボリックシンドロームの改善そのものを目的とせず、ジョギング中に見る景色を楽しんだり、運動後に味わう爽快感等「なんちゃってトライアスロン」の実施が目的になるように心がけるべきである。これによって運動が無理なく継続され、結果的としてメタボリックシンドロームの改善あるいは予防が可能であろう。

5 体験談の紹介

(1)対象者

本項では、減量体験者を3人紹介する。3人とも筆者が横浜市総合リハビリテーションセンター(以下、横浜リハセンターと略)で指導したケースである。

ところでこの3人は、いずれも前項で紹介した「なんちゃってトライアスロン」を実践したケースではないし、メタボリックシンドローム改善を目的とした指導を行ったわけでもない。彼らに指導したのは10年以上前であり、当時はまだメタボリックシンドロームという言葉が無かったし、仮にあっても、メタボリックシンドロームの改善そのものを目的とした運動指導は行うつもりがないからである。

さて、3人のうち、1人は食生活の工夫により、他の2人は横浜ラポールの利用を中心とした運動によって減量を成功させている。以下では、彼らやその保護者から筆者がインタビュー形式で得た情報を基に報告する。

(2)M.I.さんの場合

M.I.さんは昭和42年生まれの女性で、脳性マヒによる四肢マヒで車いすを常用ケースである。18歳で養護学校を卒業し、横浜リハセンターで理学療法などの訓練と共に体育が医師から処方され、筆者が担当した。

学校卒業後は生活が変化して日常的な活動が減少、当所46kgだった体重が約6か月後には56kgと10kgも増えたそうだ。そもそもマヒによって身体を動かすことが容易でない彼女にとって、半年で10kgの増加は大変なことだったに違いない。そして、彼女の介助を行っている母親の負担はなおさらである。そこで、母親は減量に取り組んだそうである。具体的には食生活の改善で、次のようなことを心がけた。

●午後3時以降は野菜中心の食事とし、炭水化物をとる場合は蕎麦に限る

●水以外の水分補給はダイエット食品系のお茶を中心とする

●月1度程度のPT訓練時に体重を測定し、体重の変化を確認する

減量開始当初は月に100g単位での減少だったそうだが、母親の地道な努力の積み重ねにより、2年後には見事10kg減量、学校卒業時の46kgに戻ったという。

本稿の趣旨としては、当然運動による減量を取り上げたいところだが、彼女の障害状況では、持続的な運動の定期的な継続は難しいといわざるを得ない。このような困難な状況の中でも徐々に体重が減少していったのは、母親の努力の賜物であろう。

ところで、読者やその周辺には、彼女と同様に運動の実施が困難なケースもあるだろう。これまた本稿の趣旨と若干ずれるが、そういったケースでも、工夫によっては減量が可能であることを彼女の例は示していると思う。

(3)S.N.さんの場合

図4にS.N.さんと、次項で紹介するT.S.さんのラポールにおける活動場面を示す。図で2人が行っているのはユニバーサルホッケーという種目2)で、彼らは共に同じチームに属し、既に10年以上活動を継続している。

図4 S.N.さんとT.S.さん
図4 S.N.さんとT.S.さん拡大図・テキスト

さてS.N.さんは、昭和29年生まれの男性で、平成7年に脳出血を発症し、右片マヒとなったケースである。身長は約170cmで、体重は最も重い時に99kgまで増加した。やはり横浜リハセンターで筆者が体育指導を行い、その後、自主的にラポールで活動している。

結果として、現在の体重は85kg前後と約15kg減量を達成。彼の場合も先例と同様2年程かかっており、体重減少についてはかなり長い目で見ていく必要があるようだ。本ケースではラポールにおける定期的な運動と日常的な散歩が運動プログラムの中心で、他に生活面での工夫をしていた。実は工夫といっても基本的に規則正しい生活を心がける、というオーソドックスなもので、「朝6時ごろ起床→8時に朝食→午前中に散歩1時間と掃除→昼食→午後も散歩を1時間→夕方6時にお風呂→7時に夕食を取った後は水等の水分のみ補給→12時過ぎに就寝」が基本パターンとのこと。これにラポールでのスポーツや他の活動が加わることになる。

いずれにしても規則正しい生活と定期的な運動は体重減少にとって有効であることを実証しているといえよう。

(4) T.S.さんの場合

T.S.さんは、昭和39年生まれの男性で、平成9年に脳出血を発症し、右片マヒとなったケースである。身長は約160cmで、体重は最も重い時に90kgまで増加した。やはり横浜リハセンターで体育指導を行い、その後、自主的なスポーツ活動をラポールで実施している。彼は週3~4回ラポールで活動しており、活動内容もプールで泳いだり他のさまざまな種目を楽しんだりと、前項で推奨した「なんちゃってトライアスロン」に一番近い運動の実践者だ。また、自分が運動するだけでなく、他の障害者のためにスポーツボランティアとしてサポートする等の社会的活動も行っている。

結果的に体重は約80kgと10kgの減少。図4の写真でも分かるように、もう少し減量する必要は残っている。ただし生活は規則的で、楽しく自主的にスポーツ活動を継続しているため、基本的には健康で、精神心理面も安定している。他者のためにボランティアをするといった行為は、その証拠である。

さらなる減量(あるいはメタボリックシンドロームの改善)を試みるのであれば、やはり管理栄養面へのアプローチとなる。今後は食習慣等へのアドバイスを行い、状況の改善を図っていく必要がある。とはいえ、良い運動習慣を基盤として、身体的、精神心理的、社会的に良好な状態(WHOではおおむねこのような状態を健康として定義している8))の規則正しい生活を送っていることは事実で、これを継続していくことが重要なのである。

6 おわりに

本稿では、メタボリックシンドロームの予防、改善に向けて、「なんちゃってトライアスロン」を紹介した。ポイントはいかに継続するかだが、動機づけ理論から考えると改善そのものを目的にするのではなく、運動そのものが目的となるようなアプローチが望ましい。

後半では、3人の減量体験を紹介した。彼らの例から、減量が非常に時間のかかるものであることがわかる。運動を始めても、体重が減少しないからといってすぐに運動をやめてしまうと、期待する効果は決して得られない。最低1年は様子を見て、体重やメタボリックシンドロームの状況の変化を確認すべきである。

(たがわごうた 障害者スポーツ文化センター横浜ラポール)

(参考・引用文献及びWebSite)

1)田川豪太:障害者スポーツ文化センター横浜ラポール、高齢者・障害者スポーツup to date、Monthly Book MEDICAL REHABILITATION、No.15、p.99―104、全日本病院出版会、2002

2)伊藤利之、白野明他編集:スポーツ活動の役割と実際、地域リハビリテーションマニュアル第2版、p.177―p.185、三輪書店、2003

3)メタボリックシンドロームネット: http://metabolic-syndrome.net

4)知っ得?納得!! メタボリックシンドローム: http://metabolic.jp/index.htm

5)日本生活習慣病予防協会ホームページ:
http://www.seikatsusyukanbyo.com/mt32/metabolicsyndrome/2006/06/001.html

6)ニコニコペース:

7)厚生労働省からだの健康部:
http://www.kenkozaidan.or.jp/healthy/aerobics/aerobics.html

8)健康、ウィキペディア:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%A5%E5%BA%B7