音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年5月号

1000字提言

「働きながら聞こえなくなって」その2

新谷友良

会社に聴覚障害者のメーリングリストがあった。参加者が公表されておらず人数は分からないが結構若い人が多かった。その中で、「おやっ?」と思ったことがある。

会社ではさまざまな社内研修が実施されるが、このときの情報保障をどうするかという議論である。若い人は当然「会社に情報保障を要求する」と思っていたが、「私は手話通訳も要約筆記も求めない。事前資料を勉強していけば講義の内容は分かるし、分からないところは後で講師にメールで質問すれば十分。情報保障などと言っていると、研修が受けられなくなる」という意見が出てかなりの人がそれに賛成していた。その人の肩書きや、文章から若いと推測するだけだが、置かれている立場で考えもさまざまだと思った。と同時に、私のような老兵とは違う若い人の辛い職場環境も想像できた。

新入社員研修などは全員に強制されるので会社も認めることが多いが、情報保障付きの自主研修となるとことは簡単ではない。勤めていた会社では、研修予算が事業部・部単位に割り当てられていたので、情報保障付きの研修を受けると1人で多くの予算を使ってしまい、肩身が狭い、遠慮するという議論である。1人に要約筆記者2名2時間付ければ東京では1万2千円かかる。自主研修は勤務時間を使って実施されることも多く、それプラス研修費プラス情報保障費である。「研修の効果はどう?」と聞かれて若い人なら言葉に詰まることも多いであろう。

補聴器で聞き取れる、また口の形を読んで言葉を理解できる聞こえない人もいる。しかし、新しい言葉、横文字頻発の自主研修で、口形だけで講義に付いていけるとは思えない。聞こえないことは隠したまま、分からなくても事前資料に目を通し、講義中は講師の一挙手一投足にアンテナを張り巡らして緊張している姿が目に浮かぶ。しかし後日、講師にメールで聞くにしても、自分なりに理解の筋道を立てないと質問もできない。

「研修に対する投資は、個人を通じて会社のためになる」といった反論も出て、議論は「聴覚障害者対象の集合自主研修」を広げようということに落ち着いた。しかしその後、聴覚障害者対象の自主研修案内もそれほど増えてはいない。聞こえる人に混ざって講師の口元を一生懸命見続けているのかと思うと、「居眠りすることもできない研修など研修ではない」とへらず口の一つもたたきたくなる。

(しんたにともよし 社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会)