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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年5月号

列島縦断ネットワーキング【群馬】

ハンディのある人が働くレストラン「あらまき」
~群馬大学構内での取り組みから~

長居由子

茶話会からNPO「夢(む)すばる」へ

社会福祉法人「あい」は昨年6月許認可になった、産声を上げたばかりの法人です。その前身はNPO「夢(む)すばる」。ハンディをもつ子どもの家族が中心となって、任意団体として活動を始めたことがきっかけでした。

11年前、子どもたちの将来に不安を覚えた母たちが「将来に向けて何かしなくては…」最初はこんな漠然とした、特に何をやりたいという目標も持たない集まりでした。お茶会や昼食会を楽しみに集まるというサークル活動は、とてもほんわか・のんびりしたもので、集まることが楽しかったことを昨日のことのように思い出します。

そんな中で、自分たちの思いを伝える「会報」を作って出してみたら、とアドバイスをくださった方がいて、それから、よく分からないけれどB4の大きさの紙1枚に文章を書くことに慣れていない主婦の面々がやっとの思いで綴りました。挿絵は2月だったので、ハートのバレンタインチョコレート。30枚ほど印刷して、身近な方にお配りした時は、紫陽花の挿絵に代わっていました。記念すべき1号も11年目の活動を迎え、130号になりました。

茶話会から始まった具体的な目標を持たない活動も、徐々に社会啓発活動に力を入れるようになり、講演会や勉強会、子どもたちが楽しめる活動等、積極的に企画しました。活動をするにはお金も掛かります。会報を読んでくださる方々に賛助会員になっていただきました。各種団体の助成金があることも知り、あちらこちらに申請しました。公民館でパンを焼いて身近な方に買っていただいたり、年2回のフリーマーケットにも参加しました。こんなふうに、たくさんの方々に活動を支えていただき、5年前「学校卒業後」という、何となく目を逸らしてきたことに向き合わなければいけない現実に直面することになりました。学齢期だった子どもたちが卒業を迎える時期になったのです。

分かっていたことでしたが、箱ものを作るということがどういうことか、資金はどうするのか、ある程度想像のつくことだけに、できれば避けて通りたい、とどこかで見ないようにしてきたのでした。

社会福祉法人「あい」の誕生

仲間と議論を重ね、子どもたちを寝かしつけた後、夜な夜な集まり深夜まで…。今考えると、みんなどこにそんなエネルギーがあったのかと思うくらい、子どもたちの将来を一緒に考えました。そして「夢すばるの法人化を実現する会」を立ち上げて5年、社会福祉法人「あい」として誕生しました。(I)・愛・一緒の・出会いの会・(距離)を置く間・重なる・寄り添うの、ささやかですが、いろんな「あい」の思いを込めて付けられた名前です。これまでには仲間の離合集散、数え切れないほどいくつものハードルを越え、活動そのものの目的とは違った副産物を、たくさんたくさん貰ったように思います。

大学の空きレストランを「働ける場」に

さて、ちょうどその頃でした。群馬大学構内の福利厚生施設・レストランが空いているとのこと。「こんなところでハンディのある人たちが働けるといいね」と他人事のように話していたところ、もしかしたら、そういうことも可能かもしれないとアドバイスをくださる方に出会い、そのためにはどうしたらいいかという勉強会を重ね、具体的に大学側に働きかけることになりました。と同時に、資金面での援助がないと進められないことですので、日本財団に相談し、事業が進められるよう準備しました。

商売はまるで素人、調理師はいてもシェフはいない現実の中で、どうやってレストラン経営ができるのだろうか。ただ、「働ける場」があったらいいな、と思ったことが話としてどんどん進んでいき、正直不安はずっと付いてまわりました。大学側と折衝を重ね、プレゼンテーションをさせていただくところまで、一つハードルを越えた思いでした。いわゆるしょうがいのある方々の理解を得るところから、どんな食事が提供できるのか、サービスの仕方はどのようになるか、価格的にはどうか等、当然のことばかりでしたが、今まで「福祉畑」という何だか少し温かい、優しい土壌に慣れていたせいでしょう、一般社会の厳しさ、子どもたちに対する一般社会の理解の様子、あらためて痛感しました。それから大学側のGOサインをいただき、試食会をするところまでこぎ着けました。

就労支援B型事業としてスタート

建物の構造上、ハンディのある人たちが働くレストランとしては、決して使い勝手がいいわけではありません。以前はフルコースの食事を提供されていたというだけあり、作りはおしゃれですが、食事を提供する側にとっては少々使い勝手の悪い構造でした。日本財団の補助金でホールの改装から、椅子の座面の張替え、大きな窓越しにはカウンターも取り付け、全体的に明るいトーンにしました。11月にプレオープンし、4月からはメニューを増やし、就労継続支援B型事業として本格的にスタートしました。ただ、送迎車両を購入する資金がなく、メンバーの送迎ができません。大学が前橋市北部に位置し、駅から遠いこともあり、通って来られる方は限定され、まだ空きのある状況です。

さて、食事の内容ですが、大学という場所柄、学生さんの栄養面を重視しています。「食育」という言葉もブームですが、野菜を中心に、五穀米等、食材にもこだわり、出汁は鰹と昆布で、洋ものは鶏ガラでとり、化学調味料を使わない食事が学生協との差別化を図った点です。日替わりランチが580円と安価な設定になっていますので、どんなに経営上の努力をしても、スタッフの人件費と売り上げとの採算がとれず、約半年は赤字を抱えてのスタートとなりました。

メンバーの笑顔とおいしい食事をめざして

学生協はさらに低価格ですので、多くの学生さんはそちらに流れます。大学職員さんのご利用もやや限定され、オープン当初はレストランでの食事提供を主に考えてきましたが、現在はお弁当販売も始めるなど顧客を伸ばしていこうと模索中です。また、パンコーナーも作り、別法人から調理パンや菓子パン等、毎日100個ほど仕入れて販売しています。ハンディをもつメンバーは、レジや食洗器を担当したり、お料理の提供、片付け、ホール内清掃はもちろん調理の下ごしらえまで、向き不向きもありますが、様子をみながらスタッフと一緒に挑戦しています。随分と力を発揮できる場面が増えてきているように思います。

母たちの思いと支援の輪で動き始めた事業、実際にオープンしてみて、試みとしては大学、法人双方にとって大変有益であると思うのですが、これまでの赤字と、補助金減額分の自己資金をどうやって工面していくか、運営の厳しさを突きつけられながらの日々です。毎日毎日一生懸命働いてくれるメンバーを見ていると、利用料をお預かりして、わずかな工賃をお支払いすることへの疑問を感じ、でもこの矛盾に心痛めている余裕もないのが正直なところです。それでも私たちは彼らに寄り添う心だけは忘れず、メンバーの笑顔とおいしい食事を提供していきます。ハンディのある彼らが心豊かに社会で暮らす姿を思い描き、それを実現するために。

(ながいゆうこ 社会福祉法人「あい」理事長)