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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年6月号

わがまちの障害福祉計画 静岡県富士市

静岡県富士市長 鈴木尚氏に聞く
「障害のある人は社会に必要な人」、その実現が目標です

聞き手:平野方紹
(日本社会事業大学准教授)


静岡県富士市基礎データ

◆面積:214.10平方キロメートル
◆人口:243,445人(平成19年4月1日現在)
◆障害者の状況: (平成19年4月1日現在)
身体障害者手帳所持者 7,023人
(知的障害者)療育手帳所持者 1,250人
精神障害者保健福祉手帳所持者 684人
◆富士市の概況:
富士市は、緑と地下水にめぐまれた静岡県東部の中核都市。東名・富士ICや新幹線新富士駅、田子の浦港などを持つ交通の要所。代表的な産業は、製紙産業。化学・電機などが盛んな県内有数の工業都市として発展している。
◆問い合わせ:
富士市福祉保健部障害福祉課
〒417―8601 富士市永田町1―100
TEL:0545―55―2911 FAX:0545―53―0151

▼富士市は、竹取物語の舞台となったり、源平合戦の富士川の合戦の主戦場となるなど歴史のあるまちと聞いています。一方で、紙パルプなどの製紙業に代表される産業都市であるとも聞いています。そこで、まず富士市を簡単にご紹介いただけますか。

富士市は、古くから交通の要所ということもあり、さまざまな地域と交流してきた歴史があります。市内にある「田子の浦」は万葉集にも登場しますし、江戸時代は東海道の宿場町としても栄えました。1966年に2市1町が合併して現在の富士市になって、昨年40周年の節目を迎えました。それぞれの地域の伝統や歴史を残しながらも、市全体としてもよくまとまっていると思います。

富士市の基本的な性格は工業のまちです。全国一を誇る製紙業がその代表です。交通の便が良く、自然環境にも恵まれ、工業が発展してきました。富士市と聞くと、以前は大気汚染などの環境問題がイメージされましたが、今では企業や市民のみなさんの努力で、すっかりきれいになり住みやすいまちになりました。人口減社会と言われますが、富士市は新たな企業の進出で若い世代が増加するなど、とても活気に満ちています。

▼これは計画作りにも関わるのですが、富士市は行政への市民参加の面でとても高い水準にあると聞いています。市民が行政に積極的に関わっていく秘訣のようなものがあるのでしょうか。

富士市では、毎年福祉まつりを開催しており、昨年で26回を重ねています。毎年多くの団体が参加し、昨年は114団体から1458人が参加しており、これに2万5千人の市民が加わり交流します。模擬店やバザーなどさまざまな交流がそこにはあり、とても盛り上がります。こうした活動は住民意識が変わる良い機会だと思っています。このように、市民が積極的に参加する基盤には地域での取り組みがあります。市内の小学校区には必ず公民館が一つあり、この公民館を拠点にして各地域での活動が活発に行われており、それが福祉まつりへの参加や行政への市民参加につながっていると思います。

当事者を中心にした市民と職員の手作りの計画

▼富士市の障害者計画は障害者計画と障害者自立支援法による障害福祉計画をまとめて一つにしてありますが、市民と市職員が一緒に作ったという「手作り感」がとてもよく伝わってきます。策定に当たり特に意を用いた点は何でしょうか。

決してお金がないということではありませんが(笑)、計画の策定をシンクタンクに外注せず、全部市役所で作りました。障害者福祉の充実には早くから取り組んでおり、その積み重ねがあったこともあり手作りでできたと思っています。市の障害福祉課では、以前から、市内の福祉施設職員をはじめ現場の方から直接話を定期的に聞くようにしていましたので、実際にどうすればいいのかが分かっていることが助かりました。また計画策定の作業では、障害当事者の方をはじめ、27人でワーキングチームを作っていただき、そこでもしっかりと議論をしていただきました。シンクタンクを入れないで、市と市民とが直接話し合う、そんな顔の見える環境で作ったことがポイントではないかと思っています。

▼2006年3月という大変早い時期に計画を策定しておられますが、その中で特に注目したのは障害者の定義です。富士市よりも後に策定した市町村でも、対象は、従来の身体障害者・知的障害者・精神障害者・障害児という枠組みですが、富士市では、この従来の枠組みに加え、「発達障害」や「高次脳機能障害」も対象とすると明示してあります。これには何かお考えがあったのでしょうか。

行政は、ともすれば数の多いほうに目が向きがちです。しかし、数が少ないから計画の対象にしなくてもいいというわけではありません。数の多い少ないではなく、「困っている度合い」で考えることにしました。計画の対象は基本的にすべての市民の皆さんです。「どなたも」という視点から考え、支援の必要な人に必要な手が届くようにしようと思いました。

市民や企業とのコラボレーションが実現の鍵

▼国が重度者の地域移行促進を計画に盛り込むよう示す前に、すでに重度者の地域移行を強調した計画を策定しておられるのですが、その具体的な推進についてはどうお考えですか。

地域移行だけでなく、計画全体に言えることですが、その実現には「官民協働」が大切だと思っています。市民が行政を育てることが大事なのです。官の考え方はどうしても固定的になりがりなので、民の人たちの柔軟な考え方や行動を学んだり、活用させてもらい、民の力を借りて方策を進めることが大事だと思います。こうしたコラボレーション、官民協働を作っていきたいと考えています。これからの障害者福祉は、行政だけではなく、市民も担っていくことに大きな意味がありますし、このことがノーマライゼーションの実現につながります。

障害者の地域移行ですが、地域の中で就労支援するための団体として「就労支援ネットワークふじ」が、障害のあるお子さんの親御さんを中心にして創設され、活動しています。その活動に対して、企業の人たちも理解してくれ、協力しています。有り難いのは、行政や市民の皆さん、そして企業が一緒になって、障害者が地域で暮らせるにはどうすればよいのかを真剣に考えてくれていることです。

▼障害者自立支援法でも「就労」を強調しており、企業の役割は大きいと思いますが、企業に対しての期待は何でしょうか。

企業の業種にもよりますが、障害があってもその人の力や能力をうまく活かすことが重要です。障害者ということで、ついついハンディの部分を見がちですが、持っている能力をしっかりと活かすことができれば、健常者にはない力を引き出せると思います。障害のある人も市民の一員なのですから、それを企業で活かせればと思います。

富士市は産業のまちなので、この点を活かしたいと思いますし、これは企業にとってもプラスになると思います。住民とのコラボレーションも大切ですが、産業とのコラボレーションも必要だと思いますし、これからの福祉はこの点を考えねばならないと思います。

障害のある人も働けるように援助してほしい、という意見をもらいますが、支えてくれる民間の人たちがあって初めて就労が実現するという大事なことを忘れてはいけないと思います。

「誰もが豊かな人生を謳歌できる富士市」を実現する活力は「富士山」

▼さまざまなコラボレーションということも提唱されましたが、こうしたさまざまな取り組みが盛り込まれた計画全体を貫く理念としてどのようなことを考えられておりますか。

一言でいえばノーマライゼーションです。私自身、障害のある方に接して思ったことは、「障害のある人は社会に必要な人たちだ」ということです。健常者だけでは得られない、気づかないことを障害のある人たちが教えてくれます。社会の構成員として障害者は必要とされていると思います。ですから障害のある人とない人が、お互いを認めながら一緒に社会を作っていくことを進めたいと思います。行政の役割としては、障害者が想いをあきらめることがないよう、その想いが可能だという環境作り、特に社会参加の環境作りは大事です。そして最終目標としては、豊かな人生を謳歌することだと考えています。

市長になって2期目になりますが、2期目の目標は「すべての市民のみなさんが豊かな人生を謳歌できる富士市」という考え方です。障害のあるなしに関わらず、地域の中で生きがいを持って生活できること、これが私たちの一番に目指すことだと思っています。

▼最後になりましたが、計画を推進するにはパワーが必要だと思いますが、市長の元気の源は何でしょうか。

富士市の市民は1日に一度は必ず富士山を見ます。不思議なもので、あの大きくきれいな姿を見上げると元気になります。日本一の山ということもありますが、その富士山に抱かれていることが富士市の最大のエネルギーだと思います。市内のどこからでも富士山は見えますし、その姿を見て、安心したり、励まされます。どうしてかは分かりませんが、ふるさとの力とは、こういうものだと思っています(笑)。


(インタビューを終えて)

市役所の窓いっぱいに広がる富士山の姿を見てると、不思議に私の気持ちも軽くなったようです。そして富士山の反対側の窓からは、大きな製紙工場や材料置き場があちこちに見られ、富士山と産業のまちということを実感しました。こうした富士市だからこそ、産業と福祉の連携を図った新しい福祉のあり方に着目したのだろうと思います。また、ノーマライゼーションに熱い想いを持っておられること、しかもそれを借り物でない、本物の自分の言葉にして語られたことに、市長の障害福祉に取り組む姿勢の真摯さが伝わってきました。ともすれば障害福祉計画作りが、国の後追いになりがちな中で、国を先取りする形で、地域の特性を踏まえた計画作りを進めた富士市は、今後、多くの市町村が学ぶべき貴重な材料を提供してくれたと思います。