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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年8月号

知的障害者における障害の定義をめぐる問題と課題

北沢清司

1 「法に定義がない」との提起

身体障害者福祉法第4条で定義を掲げているのに対して、知的障害者福祉法には該当する条項はない。1993年「身体障害、知的障害、精神障害」と「障害者」を定義した障害者基本法(1970年心身障害者対策基本法の改正)、1995年障害者プランの発表以降の「障害の総合化」(2005年の障害者自立支援法では「一元化」)の論議・流れの中で、知的障害関係者により「知的障害者福祉法に定義がない」との主張がされた。加えて、定義問題の展延として厚生労働省の知的障害児(者)基礎調査により推計値として示されている約46万人とされる知的障害者数について「少なすぎる」とする主張もされている。

2 精神薄弱者福祉法制定過程で定義は

1960年精神薄弱者福祉法(1999年知的障害者福祉法に改称)の制定過程で定義はどう扱われたのであろうか。すでに、1950年制定の精神衛生法[1987年精神保健法、1995年精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)]に「精神病、精神薄弱および精神病質」と「精神障害者」を定義していたこと、「精神薄弱者手帳」の交付を巡って、統一的な根拠のある判定基準がないことから見送りになったこと、等で、定義の条項は設けられなかったと考えられる。

なお精神保健福祉法では、第5条で「統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質」と定義し、第45条で、同法の第6章保健及び福祉、第7章精神障害者社会復帰促進センターは、知的障害者は除外すると規定している。精神衛生法以降、精神保健福祉法までの法での精神障害者の定義は、身体障害者福祉法の別表のような規定はない。このことは、法に掲げた障害は、精神医学における定義に従うことを意味していると考えられる。

3 知的障害と精神医学

わが国最初の精神医学書とされる神戸文哉(京都癲狂院医師)による『精神病約説』(1876年)で知的障害は、「痴呆」と名義され、「脳の発育欠乏するがために、精神の発達もまた阻滞するものにして、先天のものあり、生後直ちにこれに陥るものあり」と定義された。

その後、精神医学界に長年にわたって大きな影響力をもった呉秀三の『精神病学集要』(1894年)で、名義は「精神発育制止症=白痴」とされた。医学的な治療法は無いとする「不治永患」観で定着していくなか、1902年日本神経学会(1935年日本精神神経学会に改称)の機関誌『神経学雑誌』創刊号「序文」で「白痴は教育家に委ねる」とされた。国際学会との連関が図られる1930年代には、「白痴」から「精神薄弱」に、そして1960年代には、「精神遅滞」と名義が変化した。

そして「疾病、傷害及び死因分類」[WHOのICD―10(1990年)の一部改正のICD―10(2003年)に準拠]では、「知的障害(精神遅滞)(F70―79)」としている。WHOは、「知的機能の水準の遅れ、そのために通常の社会環境での日常的な要求に適応する能力が乏しい」と定義する。

わが国の知的障害関係者は、アメリカ精神遅滞学会(AAMR)[2007年アメリカ知的・発達障害学会(AAIDD)に改称]の概念を多用してきた。AAMR―10(2002年)によれば、「知的機能(知能)が平均より2標準偏差以上低いこと、また同時に、適応行動の3領域の少なくとも一つの領域の得点、または、すべての領域の総合得点が平均より2標準偏差以上低いこと」と定義している。

知的障害が紹介されて約130年、医学が進歩したといっても知的障害の不治永患観は、払底されないままである。その意味で、医との距離は、身体障害が医療の結果から福祉サービス利用へ、精神障害が医療を継続しながら福祉サービス利用を、という関係性に対して、知的障害は診断名(心理学での知能検査に依拠した)のみ、という遠い関係(日常的な医療は頻度として高いが)となる。

4 行政における知的障害の定義

1953年文部事務次官通達「教育上特別な取扱を要する児童生徒の判別基準(試案)」で、「種々の原因により精神発育が恒久的に遅滞し、このため知的能力が劣り、自己の身辺の事がらの処理および社会生活への適応が著しく困難なもの」と、はじめて行政より示された定義であった。

一方厚生労働省は、1990年「精神薄弱児(者)福祉対策基礎調査」において、「知的機能の障害が発達期(おおむね18歳まで)にあらわれ、日常生活に支障が生じているため、何らかの特別の援助を必要とする状態にあるもの」とした。

5 一元化の中で、知的障害の定義の検討提起を

2004年発達障害者支援法、2005年障害者自立支援法、さらには2007年特別支援教育への転回の流れの中で、知的障害の定義については、教育・福祉・雇用において、共通認識を明示する必要があると考える。その意味での作業開始が待たれる。

(きたざわきよし 高崎健康福祉大学健康福祉学部教授)