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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年8月号

高次脳機能障害から見た障害の定義に関する課題と提言

森田多賀枝

モデル事業が終わって

「高次脳機能障害」という用語は、脳のリハビリに関わってきた医療関係者には以前からよく知られた言葉である。脳損傷に起因する認知障害を示し、失語症、失認症、失行症等はリハビリテーションの対象ともなり、身体障害者として障害認定もなされてきた。

しかし救命医療の進歩により、以前は助からなかった重症の脳外傷や低酸素脳症などの受障後、外見からは分からない、「びまん性軸索損傷」など神経組織が障害されていることがあり、日常生活に困難がある人々が多数存在することが平成13年から行われた、高次脳機能障害支援のモデル事業で明らかになった。障害認定と支援策が急務であることが実証されたのである。

平成18年障害者自立支援法が施行され、高次脳機能障害者支援普及事業は「専門性が高い事業」として、各都道府県が関わっていくことになった。

当事者・家族会が要望していた支援拠点の設置や支援コーディネーターによる、長期にわたる個別支援を行ってもらいたいのであるが、現状では支援拠点の設置は全国20余りの自治体にとどまり、また、予算もゼロ予算であったり、地域格差は甚だしい。全国各地の当事者・家族会が独自のやり方を模索し、必死に支援活動を展開している現況である。

鳥取県の取り組み

鳥取県では平成14年に家族会を設立、ただちに県に支援策の要望書を提出した。支援拠点は現在も決まっていないが、鳥取大学などの協力も得て家族会が県内全域でピアサポートを実施している。平成15年度以降、県は家族会への補助金支給を決定し、相談事業を委託。会長である私のガソリン代、携帯電話代なども支給されるようになり、実質支援コーディネーターとして、県内を走り回って、手帳交付、年金支給へのアドバイス、利用施設への紹介などに当たっている。会員は約100家族、相談件数は年間1500件、家庭や医療機関等への訪問回数は300回に及ぶ。時には介護施設利用者の認定、障害程度区分の申請にも立ち会うことがあるが、見た目で分からない、自立と見られがちな障害への理解が判定者には無く、適切なサービスに繋がりにくいこともしばしば体験している。

医療全域での支援体制を!

脳損傷の場合、急性期医療では脳神経外科、脳神経内科にかかることが多く、回復期、慢性期ではリハビリテーション科を利用することが多い。

しかし、福祉サービスなど社会的制度を利用する場合の診断書の作成などに必ずしも統一的な手法が無いため当事者が混乱することとなった。現在、障害者手帳については、高次脳機能障害が明らかになっていれば前述の科でも取得は可能だが、自立支援医療の判断や障害年金申請についてはリハ科でよい、ということが医療機関に周知されていないため、本人は制度利用のために精神科も合わせて受診することになる。器質的な精神障害として精神保健医療の範疇とされているからである。実際、社会的行動障害への対応は投薬の調整など、精神科医師のほうがよく分かっていることが多いので、連携は欠かせない。しかし、精神科医にかかっても脳損傷の後遺症であることを認めずに、統合失調症などと誤診される場合も多く、精神科医への啓発活動も急務である。

リハビリテーションの充実と介護保険制度の矛盾

脳卒中などで特定疾病となる40歳以上の人は、制度上介護保険が優先利用となり、医療機関でのリハビリテーション期間に診療報酬上の制限が加わることになった。しかし頭部外傷などでは、身体介護が必要でも介護保険のサービス対象とはならない。ADLが自立していても24時間の見守りや指示が必要なことも多く、周囲の介護者が疲労しきっているが、介護保険サービスは利用できない。若年脳損傷の場合、長期のリハビリテーションを継続することで驚くほど回復が進んだ例も多く、厚生労働省は、主治医やリハビリテーション担当者が、毎月の数値によって証明できる場合は利用可能としてきた。しかし見えにくい障害でもあり、また脳の損傷を毎月の数値データとして表現することの困難さを感じる。医療側でもリハビリテーションに取り組みにくい現況である。

地域生活支援について

就労が厳しい高次脳機能障害者が、経済的に自立することはなかなかむずかしい。逆に障害された脳の状態は変わりないのに、周囲の多大な努力によって継続的な労働が可能になることで、障害年金の等級が変わる現実にも疑問を感じる。若年の高次脳機能障害者の場合、家族が共に生活している時は、多くの手助けがあり問題が表面化しないが、単身の場合、金銭管理、人間関係等の問題が起こることが多い。しかし本人にはその認識は少なく、支援が必要と自分から言わないこともある。本人の混乱や不安が生じない支援が重要である。そのためには不十分な制度ではあるが、成年後見制度の利用などを充実し、本人の権利擁護が必要である。

障害をもってもその人らしく住み慣れた地域で生活していくための包括的リハビリテーション、住居や日中の居場所の確保、経済的な支援策をどのように構築していくかは、行政の支援と地域住民の理解と人材確保が欠かせない。社会福祉を担う人材育成に財源を投入し、障害の種別を問わず必要な人に必要な支援を実施できる、不安のない社会こそ、美しい国だと主張したい。

(もりたたかえ 高次脳機能障害者家族会・鳥取会長)