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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年8月号

「雇用・就労」分野から見た障害の定義に関する課題と提言

朝日雅也

“定義”なき闘い!?

障害者自立支援法を中心とした就労支援が強化され、障害福祉計画における数値目標の設定等、「量」への関心が高まっている。長年にわたって、法定雇用率が達成されてこなかったことや、福祉施設利用者が、一般の職場での就労を希望しながら移行が極めて低い状況であったことの改善は確かに期待される。しかしながら、就職に結びついたか否か、何人の福祉サービス利用者が就職できたかといった量的な目標達成の側面が強調され、職業生活の質やその前提となる職業的な障害に対する支援のあり方など、障害者就労支援が目指すべき肝心の部分が置き去りにされているのではないだろうか。特に、対象となる障害の定義やその程度についての検証が後回しにされ、就労支援が声高にスローガンとして喧伝される、まさに“仁義なき”ならぬ“定義なき”闘いが繰り広げられているのではないか。

職業的障害をどう捉えるか

雇用・就労の分野において、曖昧にされ続けてきた定義問題の筆頭が職業上の障害の問題である。

今日、日常生活、社会生活における障害がその個人の固有の要因によって発生しているという考え方は払拭されている。さまざまな環境要因と個人の条件の相互作用によって、それらの障害が発生する。ある程度、機能障害が職業上の障害に規定されることは否めないが、環境条件を改善することによって、職業上の障害、特に業務遂行上の障害を軽減することは障害者福祉や職業リハビリテーションの到達点である。

しかしながら、わが国の障害者の雇用・就労に関する基本的な法律である、障害者の雇用の促進等に関する法律では、前身の身体障害者雇用促進法が1960年に制定された時から今日に至るまで、障害者福祉関連法に規定される障害の概念を用いて、その対象としてきた。

同法の対象者規定では、「身体障害、知的障害又は精神障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者」としながら、実際には、主に医学的基準に基づく、「心身機能・身体構造」上の障害で捉えている。この点については、すでに行政監察当局(当時)によっても指摘されてきた1)。さらに、機能的な重度障害者の雇用の促進に資することが目的とはいえ、機能上の障害の“重度さ”に直目したダブルカウントや短時間労働者の雇用率算定等の措置を図ってきた。

具体的には、重度障害者である身体障害者と知的障害者については、雇用率の算定にあたって、1人で2人分とみなされる。その際に、なぜ、「重度」が2倍なのか、重度障害者ゆえに、必要以上に事業所の負担(特に経済的負担)との関連ではあるが、「基準点」は不明なまま、すなわち、負担は2倍という根拠は明確でないまま、相対的に2倍されている。

短時間労働者についても同様で、法定雇用率自体は、分母に週の労働時間が30時間以上の常用労働者を当てているが、分子には、週の労働時間が20時間以上30時間未満のいわゆる短時間労働者である重度身体障害者または知的障害者を入れている。さらに、昨年度からは短時間労働者である精神障害者についても、0.5人分として計算しているが、たとえば、該当する「週20時間以上の労働をする精神障害者」は、30時間以上の労働をする精神障害者に比べて、時間的に半分でないことはいうまでもない。

重度障害に対して、あるいは雇用推進施策上遅れをとっていた障害種類に対して一定の配慮をすること自体は必要なことであるが、基準が不十分なままに、数合わせだけが展開しているとすれば、実質的な支援の構築とは程遠い。

このことは、逆に機能障害が重くても、職業上の障害が軽い者も、雇用率制度上、重度としてみなされる不条理を生んでいる。

職業上の障害の適切な判断を

では、今後、雇用・就労における定義については、どのように考えていくべきであろうか。

まず、機能障害と職業上の障害を結びつける「障害観」からは完全に脱却すべきである。

次に、職業的な障害をどのように基準化していくのかということになる。これは、すでに障害者団体である日本障害者協議会等によっても、新しい職業的観点からの障害認定として要望されてきた2)。現実的には、個別性が高く、また、それぞれの職務や環境との関係によって影響を受けるので実践上は難しい面はあるが、今後、福祉施設や医療、教育の場面から一般就労への移行を促進するうえでは、個別の支援計画や、的確なアセスメントに基づく、就労支援のためのマネジメントがさらに求められてくる。そうなれば、障害のある人自身と具体的な職務や職場との関連の中で、職業的な障害の評価、判定がその「重度さ」も含めて当然視されることになろう。

そして、究極的には、たとえば、被雇用者が障害者手帳を所持していたとしても、職業的な障害が実質的になければ、障害者雇用率にはあえて算入しない、といった企業が増えてくることが、職業上の実質的な「障害」を明確化する積極的な考え方として、職場のノーマライゼーションを切り拓く牽引力となることを願ってやまない。

(あさひまさや 埼玉県立大学)

【参考文献】

1)総務庁(現 総務省)行政監察局編、障害者雇用の現状と課題、大蔵省(現 財務省)印刷局、1997年

2)日本障害者協議会、障害者施策に関する総合提言、同協議会、1999年