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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年8月号

福祉のまちづくりの視点から見た課題

水村容子

2005(平成17)年7月、国土交通省から「ユニバーサルデザイン政策大綱」が発表され、さらに2006(平成18)年12月には、同省から「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(以下バリアフリー新法)が施行、これらの法制度の整備を機に、わが国の福祉のまちづくりは急速に進展しつつある。

それまでの福祉のまちづくりは、地方自治条例である「福祉のまちづくり条例」と「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の促進に関する法律」(以下ハートビル法、1994(平成6)年施行)および「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」(以下交通バリアフリー法、2000(平成12)年施行)により進められてきたが、鉄道駅などの旅客施設の整備およびバリアフリー化の基準を満たした認定建築物の普及などの点において一定の効果が評価される一方、3つの法制度の連携が不十分であり、地域規模での面的かつ総合的なまちづくり整備が進まないとの指摘もあった。

そうした課題を打開すべく策定された「ユニバーサルデザイン大綱」は、1.利用者の目線に立った参加型社会の構築、2.バリアフリー施策の総合化、3.だれもが安全で円滑に利用できる公共交通、4.だれもが安全で暮らしやすいまちづくり、5.技術や手法等を踏まえた多様な活動への対応、を基本的な考え方として、総合的なまちづくり整備の推進を図るものである。「ハートビル法」と「交通バリアフリー法」の一本化によって登場した「バリアフリー新法」も、ユニバーサルデザイン大綱での方針を受けたものであり、新法においては、旅客施設およびその周辺は含まない地域での面的な整備も位置づけられることになった。

2007年7月18日現在、わが国の「国連障害者の権利条約」批准は、残念ながらいまだ達成されていないが、前述した「ユニバーサルデザイン大綱」および「バリアフリー新法」成立の動きは、明らかにこうした国際的な動向に協調するものである。障害者権利条約第2条において、「合理的配慮」および「ユニバーサルデザイン」に関する概念が定義づけられている。「合理的配慮」とは、「特定の場合において必要とされる、障害のある人に対して他のものとの平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を享有し又は行使することを確保するための必要かつ適切な変更及び調整であって、不釣合いな又は加重な負担を課さないもの」と定義づけられている。また、「ユニバーサルデザイン」は、「改造又は特別な設計を必要とすることなしに、可能な最大限の範囲内ですべての人が使用することのできる製品、環境、計画及びサービスの設計(デザイン)をいう」との定義である注1。いずれも、今後のまちづくり環境整備に大きな影響を及ぼす重要な概念である。

このように、「すべての人」を視野に入れたまちづくり・地域環境整備の方向性が打ち出される一方、対応が遅れている障害をもつ人およびその家族の不満・不平は計り知れないものがある。障害をもつ人の中での、大多数者(マジョリティ)と少数者(マイノリティ)が生じてしまっているような感がある。身体・知的・精神の3障害の中で、ハード面の環境整備での対応が最も進んでいる身体障害においても、同様の状況である。

私は、15年近く先天性の上肢障害をもつ人の団体と関わりがある。「外出時、衣服の着脱・排泄の処理ができないため、外出を控える仲間が何人もいる。多機能トイレなど、ユニバーサルデザインを標榜し、だれもが使えるように言っているが、私たちには使用できない。自分にとって、ユニバーサルデザインとは、使えないデザインを意味するものである」。そのうちの一人の言葉であるが、非常に重要な意味を含んだ言葉である。

「ユニバーサルデザイン」には、その実現にあたり「スパイラルアップ」という考え方がある。環境づくり・ものづくりに際し、障害をもつ当事者などの参加のもと、事前検討・事後評価を繰り返し、より良いデザインを実現させていくプロセス作りを意味するものである。ユニバーサルデザインを福祉のまちづくりの基本理念として掲げている地方自治体では、この「スパイラルアップ」の考え方を受け、障害をもつ人を交えたまち歩き点検・ワークショップなどを盛んに開催しているが、そこに参加しない、あるいは参加できない少数者の意見をどのように反映させるか、考えるべき時期に来ているのではないだろうか。よりきめ細やかに小数者の意見を拾いあげる仕組みづくりが危急の課題である。さらには、知的障害、精神障害をもつ人の社会参加を支える観点からのまちづくりは、端緒についたばかりであり、このような障害をもつ人の具体的ニーズの分析および環境整備手法の検討を急ぎ進めていく必要がある。

「障害をもつ女性(ここでフェミニストに変貌するつもりはないが、日本の社会環境・制度は依然として女性の人生に厳しいものがある)が、仕事さらにはパートナーを得て、子どもを授かり、子育てと仕事を両立しながら生活していけるまちが、福祉のまちづくりが実現されたまちである」というのが、兼ねてからの私の信条である。そのようなまちであれば、障害の有無に関わらず老若男女が安心して生活することができる、すなわちユニバーサルデザインのまちとなるはずである。だれもが当たり前の生活ができるまちづくりの実現―福祉のまちづくりの課題は、依然としてその点なのである。

(みずむらひろこ 東洋大学ライフデザイン学部人間環境デザイン学科)

注1 国連、障害のある人の権利に関する条約、川島聡・長瀬修仮訳(2007年3月29日付訳)