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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年10月号

フォーラム2007

著作権法の改正と視覚障害者の情報保障

岩井和彦

はじめに

視覚障害者は、活字で記されている情報を読み取ることに何らかの困難を抱える人である。日本語しか読めない人が、たとえばアメリカ南部に放り出されたような状態と同じと言える。そこでは、英語という言語で用いられる文字の読み、文法、単語の意味が分からない限り、情報にアクセスすることが不可能である。

また、視覚障害者サービスは、翻訳サービスとよく似た側面を持っていると言われることがある。翻訳サービスの場合には、自力で文字の読みや文法、単語を習得し、ある程度の訓練を積めば、そういうサービスを利用しなくても自力で情報へのアクセスが可能となる。しかし、視覚障害者サービスの場合はそうではない。視覚障害者は、視力という物理的な問題により、墨字で記されている情報に自力でアクセスすることが困難または不可能なのである。従って、視覚障害者サービスは、墨字以外の表現方法による情報流通が、墨字での表現方法によるそれに劣らない程度に行われない限り、視覚障害者が世の中に存在していれば、必ずなくてはならないものと言える。

私もほしい“街角の本屋さん”

2006年12月、「国連障害者権利条約」が採択された。これが“追い風”になったのか時期を同じくして、第165通常国会において著作権法の一部改正がなされた注)。2007年7月1日から視覚障害者向けの録音資料の公衆送信が可能となったその日の早朝、視覚障害者向け音声資料ネット配信サービス「びぶりおネット」は、「公開図書タイトル7049、許諾待ちタイトル0」と表示された。法施行前である前日の6月30日の夜には、録音のタイトル数は、「公開3409、許諾待ち3640」であった(グラフ参照)。法改正の効果が、見事なまでに数値に現れた瞬間である。ここにも、“街角の本屋さん”ができたのだ。

びぶりおネット(月別試聴タイトル数)2006年9月~2007年8月
折れ線グラフ びぶりおネット(月別試聴タイトル数)拡大図・テキスト
◎2007年7月著作権法改正の結果、タイトル数が倍増したこともあり、試聴対象図書が増えたことから、順調に伸びが見られる。また、前年が月平均1万タイトルで推移していたが、今年に入り平均1万5000タイトルと増加。

著作権法改正に向けて

1988年に、日本IBM社の社会貢献事業として、全国視覚障害者情報ネットワークの原型が産声を上げた。現在は「ないーぶネット」として、全国視覚障害者情報提供施設が運営するこのネットワークには、点字図書8万タイトルと30万タイトルの書誌情報が蓄積されている。視覚障害者の“情報の宝庫”である。ネットワークに集う5千人の視覚障害者は、「近くに本屋さんができたみたい」とその誕生を喜んだ。

それまでの視覚障害者の読書環境は、貸し出しタイトルの制限と貸し出し期間に制約されながら、名を名乗り、希望の書を地元の点字図書館に連絡すると、幸いにしてその図書があれば数日後送られてくるが、なければかなりの期間を経て、時には忘れたころに郵送されてくる状況であった。しかし、ないーぶネットでは、目録の検索で希望図書をクリックすれば、点字データが即座にダウンロードし、読むことができるのである。わが名を名乗らずして、である。となれば、それまで読みたいけれども、名を名乗ってはリクエストしづらかったポルノ小説であっても遠慮なくダウンロードできるようになった。人知れずに、である。この“匿名性”に歓喜したのは、私だけではないはずだ。ダウンロードランキングはつねにこの種の図書で独占されることになったことを、だれも批判することはできないのである。

近年、視覚障害者の読書環境は、点字図書情報を主とした、ないーぶネットに加えて、DAISYという、障害者にもアクセシブルなデジタル録音システムの出現により、一定の改善をみた。しかしCD等固定化された媒体によるため、貸出のための郵送にかかる日数は待たなければならず、また返却のために郵便ポストに投函しなければならないなど、移動の困難な視覚障害者にとっての負担は解消されない状況であった。

びぶりおネット事業は、経済産業省が平成12年度の補正予算として「高齢者・障害者等情報通信機器開発事業」を予算化したもので、「視覚障害者用録音図書ネットワーク配信システム」として開発された。2004年、日本点字図書館と日本ライトハウス盲人情報文化センターが、共同事業として音声図書を中心としたサービスを開始した。ないーぶネットと類似のサービス内容であったが、ないーぶネットは点字データの公衆送信が2001年に著作権法上の解決をみているのと異なり、録音図書のインターネット利用には著作権の高い壁が残った。その結果が、貴重な録音図書が著作権処理作業のため「許諾待ち3640」という数字となって、むなしく利用されることなく時間を空費することとなった。

現在、全国の点字図書館では、録音図書カセットテープ48万4千タイトル、DAISY編集のCD23万タイトル(いずれも重複含む)を所蔵する。これだけの図書を製作し、所蔵できるようになった背景として、現行著作権法が制定された昭和45年より、著作権法37条で点訳と点字図書等における貸出のための録音による複製について著作権が制限されたことが大きかったのは言うまでもない。

しかし、現行法制定より30有余年を経過し、視覚障害者の周辺でもさまざまな技術の進展を見、昭和45年当時では考えられなかった状況も生まれて来た。デジタル音声データがあり、高速通信回線があれば、従来の郵便によらずとも聴きたい時に聴きたいものを聴くということは、技術面では可能となった。

著作権法の課題

視覚障害者以外にも、活字で書かれている印刷物を読むことに困難のある人たちがいる。困難の原因としては、知的または認知の障害によるもの、高次脳機能障害によるもの、上肢マヒ等の身体障害によるもの、高齢によるものなどさまざまである。このような読むことが困難な人たちが読書する権利を保障するために、録音図書を利用できるようになることは、私たち視覚障害者も望むところである。

著作権法第37条3項が、「専ら視覚障害者向けの」を「専ら障害者向けの等」に改正する動きがある。

「聴ける図書」身近に・視覚障害者に朗報

視覚障害者が朗読の録音で読書を楽しめる「録音図書」が、一般の図書館で自由に作成できるようになりそうだ。著作権者の許諾が必要だったが、文化庁が規制を緩和する方向で検討を始めた。…」(NIKKEI NET(2007/08/25 07:00)

著作権法での読書障害者への配慮は国際的に検討が進んでおり、この8月にはWBUの著作権法に関する提言が出された。この提言は、10月にロンドンで開催されるWBUの各種専門委員会と執行委員会でも検討されるということだが、WBUがBlindおよびPartially Sightedと並んでOther Print Disabled People を著作権の法的制限においては統一して扱うことを前提に勧告していることはまことに興味深い。国連の障害者権利条約の制定過程で障害者団体同士の交流と相互理解が進み、身体、認知・知的、精神とそれぞれ個別の分野で活動してきた国際団体が、いよいよ本格的に連携して共通の問題解決に乗り出した成果に学ぶところ大である。

わが国においても、著作権法が壁となって、障害者の社会参加が必要とするレベルでの情報アクセスが妨げられることのないよう、著作権法をはじめ各種国内法の見直しに結び付けたいものである。

(いわいかずひこ 日本ライトハウス盲人情報文化センター)

)著作権法第37条(点字による複製等)

第37条 公表された著作物は、点字により複製することができる。

2 公表された著作物については、電子計算機を用いて点字を処理する方式により、記録媒体に記録し、又は公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあつては送信可能化を含む。)を行うことができる。

3 点字図書館その他の視覚障害者の福祉の増進を目的とする施設で政令で定めるものにおいては、公表された著作物について、専ら視覚障害者向けの貸出しの用若しくは自動公衆送信(送信可能化を含む。以下この項において同じ。)の用に供するために録音し、又は専ら視覚障害者の用に供するために、その録音物を用いて自動公衆送信を行うことができる。