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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年12月号

精神障害者の地域生活移行に関する現状と課題

厚生労働省障害保健福祉部精神・障害保健課

はじめに

厚生労働省においては、平成16年9月に、厚生労働大臣の下に設置された精神保健対策本部が「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(以下「ビジョン」という)を提示し、これまで、これに基づく施策を展開してきたが、その間、障害者自立支援法の制定・施行をはじめ、精神障害者行政を取り巻く環境が大きく変わってきている。今後は、そうした変化も踏まえつつ、さらに取り組みを進める必要があるが、本稿においては、精神障害者の地域生活移行についてのこれまでの取り組みを振り返るとともに、今後の課題について明らかとすることとしたい。

1 精神保健医療福祉の改革ビジョンの概要

ビジョンにおいては、「入院医療から地域生活中心へ」という精神保健医療福祉施策の基本的な方策を推し進めていくため、国民各層の意識の変革や、立ち後れた精神保健医療福祉体系の再編と基盤強化を今後10年で進めることを基本方針としている。患者調査の「受入条件が整えば退院可能な者」についても、精神病床の機能分化・地域生活支援体制の強化等、立ち後れた精神保健医療福祉体系の再編と基盤強化を全体的に進めることにより10年後の解消を図ることとし、具体的には、以下のような施策を盛り込んでいる。

○国民意識の変革

○精神医療体系の再編

精神病床に係る基準病床数の算定式等の見直し、患者の病態に応じた精神病床の機能分化の促進、地域医療体制の整備

○地域生活支援体系の再編

住居支援体制の強化、雇用の促進、就労支援・活動支援体制の強化、居宅生活支援体制の充実、社会復帰意欲を促す相談支援体制の整備 等

2 精神病床における入院患者の現状

(精神病床における入院患者の状況)

患者調査によると、精神病床における入院患者数は、徐々に増加し、平成17年には35万3千人となっている。

また、厚生労働省精神・障害保健課調べにより、精神病床における患者の動態をみると、年間新規入院患者数は近年増加を続け、平成16年には37万8千人となっている。各入院期間における退院患者の数をみると、入院期間3か月未満を中心に、1年未満の入院早期における退院が進んだ結果、新たに入院期間1年以上となる患者の数は、新規入院患者の増加にもかかわらず横ばいとなっている。一方、1年以上の入院期間における退院患者数は、近年5万人程度で一定しており、長期入院患者の退院は進んでいない。

(患者調査における「受入条件が整えば退院可能な者」の状況)

ビジョンで示された「受入条件が整えば退院可能な者」については、平成17年の患者調査では7万6千人となっている。これをより細かくみると、入院期間別では、1年未満の者が25万3千人で全体の3分の1、5年以上の者が27万8千人で4割弱となっている。また、疾患別では、統合失調症系の疾患の割合が約半数であるが近年減少傾向にある一方、アルツハイマー病や血管性の認知症が増加傾向にあり、4分の1強となっている。さらに年齢別では、65歳以上が約3分の1、55歳以上が約7割となっている。

3 精神障害者の地域生活移行に関する取り組みの状況

1 基本的考え方

精神障害者の地域生活移行の推進に当たっては、1.入院中の時期・症状に応じた適切な医療の提供、2.円滑な退院に向けた支援の提供、3.退院後の生活を支える支援の提供という各段階における課題に対応した取り組みを進めることが必要である。

たとえば、1については、病状期(救急、急性期、回復期、療養期)や疾患・状態(合併症、認知症、児童・思春期等)に応じた病床等の機能分化を通じて入院期間の短縮を図ること、2については、退院に向けた患者や家族等に対する個別支援や、退院や地域定着に必要な体制整備のための関係機関間の相互調整など、退院調整機能を充実すること、さらに、3については、地域において、通院や在宅での医療や、住まいの場や就労支援などの福祉の基盤を整備すること等が課題となっている。

2 これまでの取り組み

前述の課題に対応する観点から、厚生労働省においては、これまでさまざまな対策を講じてきたところである。

(診療報酬改定による対応)

平成18年診療報酬改定においては、入院早期に対する評価の引き上げなど、病状期に応じた病床等の機能分化を図るとともに、退院前の患者等への訪問指導に対する評価の拡充を行い退院調整機能の充実を図った。さらに、退院後の地域における医療の基盤整備の観点から、精神科訪問診療・看護に係る算定要件の緩和や精神科ショート・ケアの創設を行ったところである。

なお、本年11月16日には、中央社会保険医療協議会基本問題小委員会において、平成20年の改定に向け、精神医療に関する議論が行われたが、そこでは、精神障害者の地域生活への移行を課題の柱の一つとして掲げ、長期入院患者の地域生活への移行を進める医療施設の取り組みの評価、入院早期の退院前訪問指導の充実、急性増悪時の訪問看護の算定回数の緩和等の項目が提示された。今後は、具体的な評価方法等について検討が行われる予定である。

(予算面での対応)

精神障害者の退院や地域定着に向けた退院調整機能の充実については、診療報酬における対応のほか、予算面でも対応を図ってきている。

平成20年度予算概算要求においては、「精神障害者地域移行支援特別対策事業費」を要求し、精神障害者の退院に向けた個別の支援計画の作成、本人や家族に対する助言、退院後の生活に係る関係機関との連絡・調整など、円滑な退院・地域定着に向けた支援の実施を図ることとしている。

(障害者自立支援法の制定)

退院後の地域生活を支える福祉サービスの整備については、平成18年10月に完全施行された障害者自立支援法において、障害者が地域で安心して自立して暮らせる社会を実現するという理念の下、精神障害を含め、障害福祉サービスの提供責任を市町村に一元化したところである。また、都道府県による障害福祉計画の策定を法定化し、精神障害者についても、「受入条件が整えば退院可能な者」の減少目標値を設定するとともに、それに伴い必要となる福祉サービスを全体の見込量に反映し整備を進めることとされた。これを受け、各都道府県で、平成19年度からの計画を策定したところであり、今後、その実施等を通じて、福祉サービスの基盤整備が進められていく。

4 精神障害者の地域生活移行に関する今後の課題

精神障害者の患者像は、たとえば、患者調査の「受入条件が整えば退院可能な者」に着目しても、前述のとおり、疾患、入院期間、年齢等によりさまざまである。今後、地域生活への移行を進めていくに当たっては、さらに、入院患者の状態像や入院期間に応じた動きに関するきめ細やかな分析を進め、それに応じた対策を丁寧に講じていくことが不可欠である。

その際、入院期間1年以上の長期入院患者の退院が進んでいない現状や、患者調査の「受入条件が整えば退院可能な者」でも長期入院患者の割合が高くなっていること等を踏まえて、長期入院患者の地域生活の移行を支援する施策を講じることが必要である。

個別の課題としては、診療報酬改定等を通じて、今後も入院医療について、引き続き、病状期や疾患・状態に応じた病床等の機能分化を進め入院期間の短縮を図るとともに、訪問診療・看護など退院後の地域での医療の基盤を整備していかなければならない。

また、退院後の生活を支える福祉サービスについては、都道府県の障害福祉計画に基づくサービス整備をいかに順調に進めていくかが課題である。

さらに、精神障害者の地域生活への移行を進めるためには、地域住民の理解や地域移行に関わる関係者の意識の深化も大きな課題である。今後、さらなる普及啓発活動を進め、精神疾患や精神障害者の地域生活移行に対する国民の正しい理解や、関係者の気運の醸成を図っていく必要がある。

こうした課題に対応しながら、精神障害者の地域生活への移行が円滑に進むよう、今後とも、実効性ある施策の検討・展開を行っていきたい。