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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年12月号

ワールドナウ

障害児のための防災教育
―インドネシアのろう学校でのケースとアジア太平洋地域での最近の試み―

可児さえ

はじめに

ArbeiterSamariterBund(ASB)は、1888年に設立されたドイツでも最も古い非政府援助団体(NGO)の一つである。国内はもちろん世界30か国で戦争や自然災害後の緊急援助や再建築に関わっている。筆者の働くインドネシア・ジョグジャカルタでは、2006年5月のジャワ島中部地震後に新しくオフィスを立ち上げ、1年以上経った今も被災者の支援に携わっている。

筆者が行っている防災教育は災害直後の緊急期間が過ぎた、2006年11月に始まった。インドネシアではここ数年、環境の変化にも伴い大型の自然災害が多発しているが、それに対する政府主導の防災教育は行われていない。必要であることは皆が認識しつつも、政府関係者、地元のNGO関係者の間などでも防災教育のノウハウが不足していることもあって、一貫性のない防災教育があちこちで小規模に行われているだけであった。

日本人である筆者はその状況に唖然とし、日本で当たり前に行われている学校規模での避難訓練、防災教育をインドネシアでもできないものかと模索し始めたのが、このプロジェクトの始まりである。

今年2月に小学校普通学級の教師たちを対象にしたトレーニングを開始し、9月にはジョグジャカルタ特別州すべての小学校2047校のトレーニングを終えたが、その途中で特殊学級や養護学校の教師たちに出会い、彼らの強い要望から障害児教育の経験が浅い教師たちでも簡単に使えるような教材作りをベースにした、防災教育プロジェクトが始まった。

ジョグジャカルタ特別州では60校の特殊学校があり、そのほとんどで盲児、ろう児、肢体障害児、知的障害児が1つの学校で学んでいる。ASBはそれぞれの学級に対応できるようなトレーニングを行っているが、ここでは紙面が限られているため、ろうの子どもたちを対象にした防災教育を紹介したい。

インドネシアのろう教育、現場の現状と防災教育

インドネシアのような発展途上国では独自の手話が確立されていないところが多い。ろう学校の教師たちも手話を使えず、口話だけで授業を行っているところがほとんどである。当然、子どもたちは読唇による限られた情報しか理解できていない。

そこでASBは、地元のろう児童たちとともに地震と防災に関するビデオを制作した。地元のろう児童が制作に関わることで健聴者が分からない、地元の子どもたち特有の手話表現を拾うことができた。足りない語彙はアメリカ手話で補った(注:東南アジアの手話はほとんどがアメリカ手話をベースにしている)。このビデオは単なる手話での説明ではなくリアルなドラマ形式になっているため、手話の知識のない子どもたちが見てもある程度は理解できるようになっている。

トレーニングでは「トータル・コミュニケーション」(注:手話や口話だけではなく表情、ボディランゲージを使ったコミュニケーションの方法)を使った教授法を主に説明する。まず教師たちに、ろうの子どもたちは目から情報を理解すること、そのため「ビジュアル」な教材、教授法でなければ理解を得られないことを説明し、手話に対するネガティブな先入観を払拭してもらう。その後、災害時に子どもたちに速やかな指示を出せるように、簡単な手話の組み合わせの「警報サイン」を教師たちに覚えてもらう。

その後、子どもたちとビデオを見て、地震時の正しい行動と間違った行動がセットになっている16枚のイラストの入ったカードを使って、実際の理解を計る。子どもたちにカードを見せ「トータル・コミュニケーション・パントマイム」を使って、実際にシチュエーションを演じてもらう。理解できている子であれば、表現豊かに正しい行動と間違った行動を演じてくれる。他の子どもたちはそれを見て「あっちが正しい!こっちが間違ってる!」と直接参加し、さらに理解が深めることができる。

ビデオだけで終わってしまえば、どこまで子どもたちが理解できているのかを教師が把握するのは難しいし、内気な子どもであればますます分からないままで終わってしまう。パントマイムは子どもの年齢、手話の理解度に関係なく、すべての子どもたちがプロセスに参加できるため、非常に効果的である。ASBではこれを「コンセプト・チェック」と呼んでいる。

その後、避難訓練を全員で行う。コンセプト・チェックがしっかりとできていれば子どもたちは間違うことなく、ビデオで説明されているように避難できるし、教師たちも引率できる。このように実際体を動かして覚えた知識は、本から学んだ情報よりも子どもたちにより浸透する。それは障害がある、ないに関わらず同じである。

世界規模で高まる防災教育―忘れられている障害者たち

過去30年の全世界での自然災害被害者の統計をみると、アジア太平洋地域での被害者数はアフリカ、南米などに比べてもダントツに高い。2003年末のスマトラ沖大地震とそれによる津波以来、国連や各国政府でも防災に対する意識やイニシアティブは年々高まってきている。

しかし、筆者の知る限りでは、今のところ障害者を中心に置いた発展途上国での防災教育プロジェクトはない。世界人口の10%が障害者であるという現実を前に、これでは将来ますます障害者の被害が増えるのは目に見えている。特にろうの子どもたちはしっかり防災教育を受けていれば、自分で避難し、難を避けることができるのである。ただ、知らなかったばかりに、亀裂の入った建物に残り、余震で亡くなった子どももいる。

最近、バンコクの国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)で、障害者と防災教育の問題が一歩進展した会議があった。10月8日から10日にかけて行われた国連国際防災戦略(UNISDR)主催の「アジア太平洋 学校教育と防災のワークショップ」である。これは2005年に神戸で開かれた国連世界防災会議での「兵庫宣言」に基づき、アジア太平洋地域での防災教育と耐震学校建築を推進させるために、各国の代表者とNGO、市民団体代表者などが今までの成果と今度の課題を話し合い、今後につなげていこうというものである。

ASBはこのワークショップで、先に述べたパントマイムを使っての防災教育をタイのろう児たちとともにデモンストレーションとして発表した。タイはすでに手話が十分確立しているが、参加した4人の子どもたちのうち13歳の少女を除きまだ手話理解が完全とは言えなかった。しかし、インドネシアのローカル手話でのビデオを見ても、4人ともおおまかな内容が理解できていた。その後、コンセプトチェックカードを見ながら、現地の教師とともに理解を深め、パントマイムでお互いに理解を表現するという練習を行った。

このトレーニング自体はたった3時間だったが、実際の国連でのデモンストレーションでは、各国の文部省代表者が感嘆するほどの表現力でパントマイムを演じ、「ろう」という障害の現実を全く知らなかった参加者はろうの子どもたちの表現力、理解力に驚いていた。また、体を使った学習の大事さもこの子どもたちは証明してくれた。

結果を述べると、このワークショップでは障害者のための防災に関する4つのポイントが新たに追加され、各国政府の防災戦略に使われるように提示された。これまでの「兵庫行動枠組」(兵庫宣言を受けて国際社会が合意した今後10年の防災戦略)には障害者を対象にした項目がなかったために、これは重要な第一歩と言える。

(以下筆者訳)

1.学校教育への防災教育の統合
あらゆる障害をもった子どもたちのための参加型防災教育プロブラムまたは教材の作成。これらの教材は障害の種類に基づき彼らのニーズにあったものであるべきである。
2.地域での防災耐久力の強化
就学できない子どもたち(障害児を含む)のために、学校外の地域での防災教育の強化。
3.安全な学校作り
災害を想定して、現在ある学校建築の最低基準と非常時の行動規範の見直し。地域の状況、体質にあった学校作りの奨励。学校新築の際は障害者のニーズ(非常時のアクセシビリティーを含む)を配慮したデザインであること。
4.防災活動に関しての子どもたちのエンパワメント
普通学級、特殊学級に限らず、障害のある子どもたちとその保護者、また教師を対象に独自の防災教育活動を展開すること。

以上のような項目で合意された。これはもちろん、「助言」という形でも提示なので、実際の施行は各国に任されている。しかし、日々高まりつつある「防災」への国際的な取り組みの中に障害者を対象にした項目が加えられた意味は大きい。

国際開発という大きな視点で見ても「ジェンダー」などに比べ、「障害」に対する取り組みは10年ほど遅れていると言われている。このように少しづつでも「障害」を開発論の主流に持っていく努力が続くことを願ってやまない。

(かにさえ プロジェクトマネジャー ArbeiterSamariterBund Deuschland e.V.)