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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年1月号

「障害者権利条約」に期待する
―第2条「定義」の言語平等の原則

高田英一

1 第2条の「定義」

障害者権利条約第2条の【定義】は「言語とは、音声言語及び手話その他の形態の非音声言語等をいう。」としています。

手話を言語とする定義は、この「条約」の原型ともいえるバンコク草案のESCAPのワークショップにて筆者が初めて提案しました。国連のアドホック委員会で採用され、最後のアドホック委員会にて中国から反対意見が出されましたが、全日本ろうあ連盟(以下連盟)の石野、西滝両理事を含む世界ろう連盟の仲間たちが団結し守り抜きました。この定義は私たちにとり「条約」の貴重な宝です。

2 言語平等の原則

この定義の重要さを示すのは言語平等の原則です。この原則は、具体的には法的平等と実質平等によって裏付けられます。

法的平等を示すのは「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)」及び「市民的、政治的権利に関する国際規約(B規約)」の第2条【人権実現の義務】にある規定です。文面の違いはありますが、どちらも「この規約の締結国は(中略)人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見(中略)による如何なる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。」とあります。実質平等とは、自国以外では自国言語の優位を主張できず、どの国の人も自ら使用する言語をどの言語とも取り替えることができない事実です。

3 口話教育

わが国のろう教育は戦前から長い間、口話教育を掲げて手話を排斥してきました。口話教育による手話排斥は、連盟に結集したろう者の闘いによって、平成5年の文部科学省の諮問機関が手話を言語と認めたことで基本的に解決し決着しました。

しかし、手話を排斥した口話教育はなくなりましたが、聴覚口話教育と装いを変えて補聴器を使用した実質的な口話教育が今も続けられています。

口話教育とは目で音声を読み取り、発音させようとする「視音・発音訓練」、聴覚口話教育とは補聴器を装用した耳で音声を感知させ、発音させようとする「聴音・発音訓練」です。それは言語教育といいながら訓練そのものです。言語といえば音声語しか思いつかない健聴者の傾向と、それを受け入れた教師のろう者及び手話に対する無知、無関心がその背景にあります。この事態を憂いた一部教師の努力によって、聴覚口話教育から手話教育に転換しようとするろう学校が出てきております。

しかし、聴覚口話教育から手話教育への転換は急ぐ必要があります。なぜなら行きすぎた聴覚口話教育は、低学年での難聴学級を生み、ろう学校を消滅させ、ろう者を分断してしまう可能性があるからです。難聴学級などで教育を受けても健聴者になれません。さらに同じ「子どもたち」から隔離されれば、その成長の途上で手話に巡り会わない限り手話のできるろう者にもなれません。

人生途上で中途失聴・難聴者となった人はろう者とは違いますが、多くの共通した課題をもち、ろう者と共に「完全参加と平等」の運動に参加しています。

幼児の早期に「聴覚に障害のある子どもたち」から隔離されてしまうと、「聴覚口話・障害者」ともいうべき新しい障害者、自己主張のできにくい障害者に育つ可能性が大きく、自らの帰属集団を見つけられなくなります。それは同時に手話を生み育てた『ろうコミュニティ』の規模を小さくしてしまいます。

4 手話教育

手話教育とは、手話によりリテラシー(読み書き能力)を獲得し、ろう者として「完全参加と平等」をめざす教育です。そして、ろう者とは手話と音声語(主に文字、以下同)を獲得して「完全参加と平等」の社会を築く人です。手話を使うか、音声語を使うかはそれぞれが置かれた条件、環境によって決まる問題であって、どの言語を使用するかは本人の権利に属することです。

欧米の先進国と同様に日本でもろう者の社会参加が進みました。それは日本の社会発展の単なる追随でなく、連盟に結集したろう者等の運動によって、手話通訳制度、障害者雇用促進制度が生まれ、運転免許資格が獲得でき、高齢聴覚障害者を対象とする老人ホーム、ろう重複障害者施設等々が誕生するなど社会制度が整備されたからです。さらに、手話通訳者や手話サークル会員等によるボランティア活動は暮らしをインクルーシブにしています。

ろう教育における手話否定にもかかわらず、ろう学校があればこそ手話を使うことで仲間意識を育て、卒業生を核とする『ろうコミュニティ』を育み、連盟などの組織を作り、ろう者の社会参加を運動として進められたのです。

現在、社会で活躍しているろう者は、「聴音・発音」の上手下手を問わず、手話コミュニケーションができる人であり、音声語を使える人であり、『ろうコミュニティ』の一員という自覚をもって他の障害者や健聴者と協力してろう者の社会参加に努める人たちです。

私たちは手話を否定し、単なる添え物とする聴覚口話教育に反対するのであって、限度をわきまえた「聴音・発音訓練」に反対するものではなく、手話と音声語を対立させる訳でもありません。手話を通じてこそ、仲間との情緒的安定を得て、音声語を獲得できると考え、その全面的実施を果たそうとします。

手話と音声語に限らず、音声語内部でも言語差別はいまだ世界に残っています。しかし、「言語とは、音声言語と手話である」とする定義こそ、手話と音声語を含むすべての言語の実質平等を達成し、私たちの「完全参加と平等」を果たす鍵であると確信しています。

(たかだえいいち 財団法人全日本ろうあ連盟参与)