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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年1月号

第24条 教育

中村尚子

「一般原則」と子どもの権利条約の視点

第24条は、障害のある人の教育権を認め、最大限の発達と社会参加をめざすインクルーシブな教育を生涯にわたって保障することを規定し、それを実現するために締約国に義務づけるとともに、多様なコミュニケーション、アクセス手段の習得、専門性のある教員の養成と確保、高等教育や生涯学習などについて、締約国の取るべき措置が具体的に示されている。

批准に向けた課題を検討するにあたって前提としておきたいことは、条約の一般原則と本条項の関係である。つまり、第24条は個人の尊厳の尊重、機会の平等の確保やインクルーシブな社会をめざすという条約の一般原則を教育領域において実現するものだという点、とりわけ「子どもの発達しつつある能力の尊重」が意識されなければならない。また、条約構成上総則的な位置にある、第7条「障害のある子ども」で確認されている「子どもの最善の利益」をはじめとする子どもの権利条約が認識される必要がある。

インクルーシブ教育の多様性

条約審議の過程で議論になったことの一つが、インクルーシブ教育の推進と障害のある人の必要とする特別な教育の関係であった。作業部会草案が提案された後、インクルーシブでアクセス可能な教育の「選択」をめぐって検討され、第6回特別委員会とその後は、一般教育制度内では十分にニーズを満たすことができない場合の「例外的環境」や「代替的な教育形態」が検討され、条約案は議長を中心とした各国の協議によって最終案へと向かっていった。文言上は「選択」や「例外」などの文言から生じる教育のランク化を避け、各国の一般教育と障害児教育の現状と制度上の到達点を踏まえた多様な理解を含んで、世界がインクルーシブ教育の実現に向かうことに合意が得られたわけである。

日本政府がこの条項の議論で一貫して消極的な態度をとってきたことは、すでに日本障害フォーラム(JDF)の傍聴記事などで指摘されている。第8回特別委員会で賛成に転じ、条約の署名に至った背景には、担当省庁である文部科学省による研究によって、国内法が条約に適合しているという判断ができたからだとされる。すなわち、文科省は、2004年の障害者基本法改正、特別支援教育体制のための学校教育法等の改正議論において国会両院において「インクルージョンの理念を踏まえ」た附帯決議が採択されていることなどが根拠とされ、国内法の改正や現状を改革する必要はないという判断をしたと伝えられる。

インクルーシブ教育に向けた条件整備

しかし、わが国の教育をめぐる現状は、条約のいうインクルーシブ教育をめざす方向にないばかりか、まったくそれに逆行するものであり、まずは大胆な改革が必要である。以下、条約批准に向けての課題を5点に絞って指摘する。

第1の点は、通常教育の大胆な改革が必要である。インクルーシブ教育の理念は障害のある子どもを教育から排除しないことにあるのだから、子どもの発達を阻害するほどの過度に競争的な教育のあり方がまずもって真摯に検討されるべきである。具体的には、学級編制基準を現行の40人から20~30人程度にする、全国一斉学力テストを見直す、学習指導要領の指導内容の精選と実際の指導の弾力化など、障害のある子どもが学ぶゆとりをもった通常教育となるよう制度の改正が行われる必要がある。

第2の点は、通常教育の改革とかかわって、教育における「合理的配慮」とは何かをもっと議論すべきである。「合理的配慮」は、すでに欧米では労働分野で実践的に取り組まれている。障害のある人の個別の特別なニーズに応じて、施設・設備などの物理的環境やコミュニケーションの人的支援、機器支援などが具体的に条件整備される。教育の場面では、こうした事項に加えて、教授法や教材などを子どもに適合させるための合意やそれを推進するだけの条件づくりが必要だが、実現についてはまったく展望されていない。

第3の点は、特別な場の教育の充実である。前述したように、インクルーシブ教育は、特別な場での教育のあり方や両者の関係において論じられてきた。特別な場での教育は、二次的なものであってはならず、その点では、児童生徒数が200~300人に達するため、特別教室もなくなり、体育館やプールの使用もままならないような特別支援学校の貧弱な教育環境を改善する方策が示される必要がある。同時に教育条件のみならず教育実践の質においても、「発達を最大にする環境」でなければならない。

第4の点として、訳語の問題がある。現在のところ、本条の政府仮訳中、たとえばinclusive education systemは「包容する教育制度」、goal of full inclusionは「完全な包容という目標」と訳されている。インクルージョンの概念を和語にするのはたしかに難しい。しかし、これらの政府仮訳の中に、「包容される障害者」という受け身的なものを感じたのは筆者だけではないだろう。条約の目的や一般原則でめざしている障害のある人の尊厳、権利性を明確にした翻訳を検討していく必要があろう。

最後に、第24条の守備範囲は学校教育、あるいは18歳までの教育にとどまらないという点にも注目し、第27条「労働及び雇用」の職業訓練との関連、わが国では施策がたいへん貧しい青年・成人期にある障害者の学校以外での学習の場について、現状の改善点を政府に訴えていかなければならないと思う。

(なかむらたかこ 立正大学)