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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年1月号

モニタリングの重要性

池田直樹

障害のある人々の法的地位を確立するための国際規範が成立したことは、日本を含め国際社会が障害のある人々を単に「保護の客体」とするのではなく「権利の主体」として位置づけ「社会の一員として完全参加と平等の地位」を認めたことになる。基本的人権の普遍的保障は現在の国際社会における基本理念であるが、その理念を現実のものにする上で、確かな一歩を踏み出したものといえる。

この条約の意義についてはさまざまな指摘がなされているが、私が強調したいことは、この条約を実施するために、各国内に「モニタリング制度(日常的かつ継続的な点検・監視制度)」を設置することが定められたことである。

条約33条第2項によれば、締結国は、この条約の実施を促進し、保護し、監視するための枠組みについて、自国内にすでに存在する場合は、それを維持・強化し、まだ設置されていない場合は新たに指定し、設置することになった。そして、新たに設置する場合は、その監視機関が人権の保護及び促進のための国内機関としての地位及び役割を与えられていなければならない。

権利条約の制定によって、障害のある人に関する新たな基本的な国際規範が成立したわけであるが、この規範が国際社会で、そして個々の締結国の中で、障害のある人々の日々の生活の中で基準とされ、この規範に従って社会が運営されていくようにするためには、このような規範が新しく制定されたことを社会に周知させていく取り組みが必要であり、さらにこの規範に違反する行為が行われていないか、違反する状態が放置されていないか、について目配りをして、もしそのような行為がなされている場合、そのような状態が放置されている場合は、これを是正し障害のある人々の本来の法的地位を回復できるように働きかける必要がある。このような監視(モニタリング)機関が各地できめ細かく活動することによって、新しい規範が実施され、社会に受け入れられ、規範として定着していくことになるのだと思う。

ところで、このような監視機関が監視の役割を果たせるようにするためには、その機関自身が障害のある人々によって運営され、担当者全員が権利条約の理念と規範の内容を熟知し、違反事実があれば迅速に行動するための人材と設備と権限を持っている必要がある。

権利条約の条項の中で監視制度を予定している分野がある。その一つは「第9条アクセシビリティ」で、締結国は「公衆に開放されまたは提供される施設及びサービスの利用可能性に関する最低基準及び指針の実施を発展させ、公表し、及び監視する」ために適切な措置を取ることとされた(同条2項〔a〕)。アクセシビリティに関して、特に最低基準及び指針の実施を「監視するための適切な措置」を認めた背景には、障害のある人の社会参加にとって設備やサービスが障害のない人と同様に利用容易なものになっていることは前提条件である。さらに、いったん設備ができてしまってから、これを改造するというのは余分なコストがかかり、設備を運営する側に「過度の負担を強いることになる」との反論を許さざるを得なくなる恐れがある。そこで、監視の目をきめ細かく、しかも早期発見、早期修正を求めていく必要がある。

さらに「16条搾取、暴力及び虐待からの自由」の中で、締結国は「あらゆる形態の搾取、暴力及び虐待の発生を防止するため、障害のある人向けのすべての設備及び計画が、独立した当局により、効果的に監視されることを確保すること」とされた(同条3項)。搾取、暴力、虐待は、個々の障害のある人の弱みに付け込んだ、人格に対する重大で卑劣な攻撃であることから、特に発生防止を徹底する必要がある。そして、発生防止のための設備や計画が搾取、暴力虐待防止のため力を発揮できるよう「効果的な(結果の改善につながる)監視」が求められている。形だけの監視では駄目である。

ところで、権利条約は、さらに33条3項で「市民社会(特に、障害のある人及び障害のある人を代表する団体)は、監視の過程に完全に関与し、かつ参加する」と定めた。この規定は障害のある人々の法的地位の確立のためには障害のある人自身が積極的に関わり、社会に対して発言していくべきであるというスタンスを示しており、他方で、この権利条約の当事者として個々の規範の意味内容を実感できている者が監視の役割を担うことが合理的であるとの配慮がある。そして、「NOTHING ABOUT US WITHOUT US(我々の問題を我々抜きで決めないでほしい)」という障害のある人自身のメッセージが取り入れられている。このような意味でこの規定は極めて重要といえる。

このように障害のある人自身がこの権利条約の理念を推進し、実現していく役割を期待されていることから、障害のある人々及び団体がこの条約の個々の規定を学習し、定着化させるための工夫を考えるなどの取り組みを開始する必要がある。行政にお任せするのではなく、「自分たち自身でこの権利条約を育てていく」というスタンスが必要である。

日本政府は昨年9月やっとこの権利条約に署名したが、いまだ批准していない。また、個々の条項ごとに関係省庁は国内法整備(改正、廃止、追加など)を行いつつ、早急に批准するよう迫る必要がある。そして、この「監視(モニタリング)制度」が整備されると、次に、当然個々の合理的配慮義務違反行為に対して個々に救済していくシステムも併せて設立させていく必要がある。

「監視(モニタリング)制度」をいかに監視していくか知恵を出し合って、着実に前進していく必要がある。

(いけだなおき 弁護士、大阪アドボカシー法律事務所)